「3人暮らしで3人無事」…では「この遺体」は誰? “残されたメモ”から始まる火災ミステリー

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2022年2月6日午後11時過ぎ、茨城県稲敷市で起きた火災。住宅には83歳の農業を営む男性と50代の息子2人が住んでいたが、3人とも無事だった。だが、鎮火後“遺体”が発見された。
【映像】まるでミステリー…残されたメモ
亡くなったのは誰なのか? “残されたメモ”から始まった取材で浮かび上がったものとは? テレビ朝日社会部の川豊デスクに聞いた。
3年前の火災について川デスクは「住宅と倉庫を兼ねたものが燃えたが、中に農作物もあって激しく燃え、消し止められたのは翌日の午後3時。実に16時間燃えていた」と説明。
当時の社会部デスクが聞き取ったメモには以下のような内容が書かれていたという。・燃えたのは農家の倉庫で人が生活できるようになっている・野菜など農作物はまだくすぶっている・1000平方メートルくらいありそうだ(だいたい300坪)・Aさん(83歳の男性)は3人暮らしのはず(じゃあ遺体は誰?)Aさんは歯切れが悪い
川デスクは「僕は当時直接聞いたものではないが気になった。だが、様々な出来事がある中で忘れかけていた」という。
しかし、頭の片隅には残っていた。川デスクが初めて現場を訪れたのはその年の12月。火災から10カ月が経過した後、茨城で発生した鳥インフルエンザの取材の帰りに「そういえば近かったな」と足を運んだ。
すると、10カ月が経過したにもかかわらず、溶けている屋根が残ったままなどの状況だったという。
川デスクは周囲への聞き取りを開始。だが詳しいことは分からなかった。だが、Googleマップを見ると大きな建物であったことがわかる。
調べたり、話を聞いていく中で唯一分かったのは亡くなったのは東南アジア系の人だということ。
ある捜査関係者は(あくまで一般論だが)・成田空港に近く不法滞在や不法就労の外国人が少なくない・高齢化した農家の手伝いをしている住み込みで働くケースも・亡くなれば働かせていた人の口も重くなる・仮に名前が分かっても正確なものかどうかも分からない などと話した。
とはいえ、取材はここで頭打ち。次の手がなかなかない状況に。
しかし川デスクは諦めなかった。「亡くなったのは誰か」知りたかったのだ。
翌年の1月頃から現場の周辺で聞き込みを重ねたところ、当時の火災映像の提供者が現れた。
さらに、くまなく近所の人に聞いてみると・倉庫には10人いかないくらいの人が住んでいた・火事の前、バーベキューをやっていたらしい・女の人たちが中から3人ぐらい走って出てきて、黒のワンボックスに乗って行ってしまった(その話をしてくれた人は『何やってんの、火事だよ』と怒鳴ったらしいが、逃げてしまった) ことが分かったという。
さらに、火災からちょうど1年経った2023年2月6日、現場に足を運んだところ、「50代の息子の一人(弟)」に会うことができたという。
当日119番通報したという彼から「亡くなったのは父親が雇っていたタイ人の男性従業員だ」と聞いた。 50代の息子によると・男性2人、女性3人の不法労働者を父親が雇用・あだ名「シャイ」「クロ」が男性、「リア」「40」「50」が女性・女性1人はやけどの治療で病院に 数字の呼び名はそのくらいの年齢に見えたということで呼ばれていたという。
亡くなった男性の他に、女性1人が怪我をして、成田の病院で治療を受けていたという。
では遺体は誰だったのか?
「『シャイ』という男性。本人(50代の息子)曰く、ずっとあだ名で呼んでいた。不法就労だったため、書類などもない。だから、わからないと」(川デスク)
だが、一つ手がかりがあった。遺体を火葬して、その遺骨をタイに送る際に手続きなどで時間がかかったため、茨城県つくば市にあるタイの寺院に安置したという。
川デスクは何箇所かタイの寺院を周り、笠間市にある寺院「ワットメッタダム」にシャイさんが安置されていたことが分かった。亡くなってから約3カ月後遺骨が安置され、葬式のようなことが行われたという。
弔ったのは誰なのか?
「どうやらタイ人のコミュニティの中で『火災で亡くなったが不法就労で、身元がわからず連絡がつかない人がいる』とSNSで広がり『かわいそうだね』と何人か有志が集まった。その一人がタイ料理店に勤める女性であり、その方に聞いたことでようやく亡くなった男性の本当の名前もわかった」(川デスク)
シャイさんの本名はソムラック・チェムーさん。1997年の10月7日生まれで、当時24歳。タイ北部のチェンマイの出身だ。
タイ料理店の女性は、葬式をする際タイ大使館と連絡を取ることがあり、本名を知ったという。チェムーさんのFacebookを知っていて、ソムラックさんのFacebookが見つかったことで写真もたくさん出てきた。
その後、どのように取材を進めたのか?
「名前が分かると取材が進む。テレビ朝日バンコク支局の記者や通訳にも手伝ってもらって、ソムラックさんの兄にもインタビューができた」(川デスク)
ソムラックさんの兄によると・ソムラックさんは3人兄弟の真ん中・農家の父親が借金するなど困窮・2018年頃に観光ビザで来日・(あだ名のように)“シャイ”ではなく友達も多く、地元では「ガイ」と呼ばれていた・当時一緒に住んでいた3人の女の子の一人と結婚する約束も
生活が困窮し、それを打開するために2018年頃に観光ビザで日本へ。怪我をして病院に車で向かった女子がどうやら結婚を約束していた人だという。
さらに、川デスクはタイ料理店の女性と共に葬儀のお金を出し合ったという男性にも取材した。
「一番は安い給料でビザが無い人を使うのが手っ取り早いんじゃない? その人たちがいないと畑が回っていかない。日本人は畑やるのは嫌いだから。要するに外国の人はお金さえもらえれば嫌とは言わないし、仕事ができないのが1番辛いから。毎日安くても仕事があればどうにかいいとインドネシアの人が言っていた」(葬儀を手伝った男性)
男性は「日本で不法就労をして人知れず死んでしまう人は少なくない」とも話したという。
今回のように不法滞在の外国人の方で労働力不足を補っているケースは他にもあるのだろうか?
川デスクは「2024年10月時点で、正規の日本国内の外国人労働者は前の年から25万人ほど増えて230万人以上いて2007年以降で過去最多。国籍別で見ると、ベトナムが57万人と最も多く、中国=40万人、フィリピン=24万人と続く。特定技能や介護など専門的な在留資格を持つ人が71万人以上いることが分かっている」と説明した。
では、農業の領域ではどうなのか?
「日本全体の農業従事者は116万人。そのうち身元などがわかっている正規の外国人労働者は約5万人。また日本の不法滞在の外国人はわりと先進国の中ではっきしていて大体7万人ほど。その7万人全員ではないと思うが、そういう人たちが日本の農業を支えている部分がある。最近は制度と理解が進み、ちゃんと外国人を雇っているところもたくさんあるが、一方で、不法に就労している人たちは(冬にレンコンやサツマイモの収穫を行うなど)季節労働で需要がある。その時々で人手が急に必要になるところに応えるのは、一定の場所にいる必要がある技能実習生では難しい。そこで流動性が高い不法な人たちへの需要がある程度あることが今回のことで見えてきた」
不法に雇用していた83歳の男性はどうなったのか?
川デスクは「該当する不法行為は不法就労助長罪。雇った側が3年以下の懲役または300万円以下の罰金を課されるが、火事の3カ月後に病死している」と説明した。
川デスクは「取材を通して意外だったこともある」と振り返る。
「技能実習生と聞くと非常に困難な場所に置かれる印象があるが、写真を見ると、日本の生活をある程度楽しんでいたところも見て取れる。ソムラックさんの兄は『母親にお金を送ることができて、そこに関して(ソムラックさん)は誇りに思っていた』といっていた。マイナスだけじゃない、プラスに思って働いていたところもあったということ。とはいえ、不法行為であるためやはり一線を引かなきゃいけない」
また、川デスクは「もうひとつ、国籍に関係なく不可解な死を遂げた人に関しては全てではないにしろメディアが経緯を調べていくことは必要」と述べた。
「警察からは『こんな火事がありました。人が一人亡くなりました』という広報はある。あるいは行旅死亡人というような、死亡しても引き取り手のない人を官報で知らせる制度もある。そんな行政側がポーンと投げたようなボールをメディア側が受け取って、全ては難しいが、不可解な点があるものなどを調べて“チェック機能”を果たしていくことが情報公開の制度を保つためには大事だ。突然誰かが亡くなった時に、おかしいのに誰も調べられない社会は望ましくない。それを担保していくためには、メディアが『ちょっとおかしいな』と思ったことを調べて、当初は記号だった一人の死の経緯を明かし、名前を知らせることで『こういうことが起きた』と社会に報(しら)せることがメディアの役割として大事なのではないか」(ABEMA/ニュース解説)

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