「365日のうち360日は万引きしてた」35歳から2年間“万引きファースト”だったクレプトマニア(窃盗症)が明かす驚愕の日々

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十分な所持金があっても、逮捕・収監を繰り返しても、窃盗をやめられない心の病「クレプトマニア(窃盗症)」。35歳から約2年間、毎日のように万引きを繰り返した当事者(42歳)に、万引き沼に陥ったきっかけや「万引きファーストだった」と語る当時の心境、そして克服方法などについて話を聞いた。
【画像】「年間360日万引きしていた」と語るクレプトマニア当事者の高橋悠さん
「365日のうち360日は万引きしていました。盗らないのは台風などで外出できない日くらい。盗るのはパンや惣菜が多くて、全て自分が過食するためのものです」
そう語る高橋悠さん(42歳)は、クレプトマニア当事者だ。35歳からの約2年間、頭の中には常に万引きがあった。当時の生活を“万引きファースト”と表現する。
「服装も地味で目立たないものにして、大きなカバンを持って、通勤定期で行ける範囲の店をチェックして。うつで動けないような日でも、仕事が終わったら万引きしていいって、それを動機づけに何とか仕事に行っていました。仕事中も、ふと時間が空くと『今日どこで盗ろうかな』って頭に入ってきてしまうんですよ」(悠さん、以下同)
警察官やパトカーを見かけるたび激しい恐怖に襲われるが、成功した時の解放感や達成感がそれを上回った。
「実家に住んでいましたが、玄関から入ったらまず自分の部屋に直行して盗ったものを置いてくる。強迫的になっていたので盗らなきゃ一日が終わらない。品物を並べて、金額を計算して満足して過食嘔吐するまでがセットになっていました」
お金にルーズだったわけではない。むしろ融通の利かない、かっちりした性格だという悠さん。万引きにも自分なりのルールがあった。
「盗んだものは汚れている気がするから人にはあげません。ドレッシングなんかは、知らずに両親が使ってしまうかもしれないから盗らない。同じ店で二日続けて盗らない。そんな強迫的なマイルールがあったような感じです」
悠さんは10代の頃から摂食障害を患っている。男性や女性に属さない性自認を持つ「Xジェンダー」であることに加え、家庭環境もあって感情を抑え込んだ。手抜きができず物事にのめり込みやすい性格から、就職先ではワーカホリックさながらに仕事に打ち込んだ。うつ病を発症し、没頭する対象を失った悠さんは、「節約依存」とでも呼ぶべき状態に陥っていく。
「最初は割引シールの貼り替えやセルフレジで細工をするなど、金額をごまかすことから始まりました。ある日、賞味期限が近い、普通だったら割引コーナーに置いてあるようなパンがあって、店員さんに割引を頼んだら『いや、これもう売れないんですよね』って裏に持ってかれちゃったんですよ。
私、食べ物を捨てることにすごく抵抗や執着があって。別の日に同じようなパンを見て、捨てられちゃうのかな……と思った瞬間、カバンに入れてしまいました」
翌日からは坂を転がり落ちるように行為がエスカレートした。次第に「お金を払って食べ物を買う」ということができなくなった。
「始まりは節約だったけれど、この段階では盗ることが目的になっているから、例えば『買ってあげるから自由に選んでいいよ』と何か買ってもらってもそれとは別に盗る」
こうして万引きが、悠さんの日常になり、一日に複数の店を巡ることもあった。成功することの方が遥かに多かったが、これまでに何度か発覚している。
「捕まっても取り調べの時から『明日どこで盗ろう』『今回の反省をどう万引きに活かそう』とずっと考えていたし、翌日からまた盗りました。万引きをやめたいとは思えなかった。ただ、私が幸いだったのはそこで医療や自助グループに繋がれたことです」
クレプトマニアの知識があった悠さんは、比較的早期に専門病院に繋がった。しかし万引きは止まらない。自助グループのメンバーにも主治医にも万引きを隠しながら通院を続けた。
「自助グループに通い始めたら早々に司会を任されたりして、“いい子ちゃんスイッチ”が入って、未だに万引きをしていることを正直に言えなかった。そしてやめられない。でも、通っているからこの程度で済んでいると言い聞かせて、通院と自助グループ通いを続けました」
転機になったのは三度目の発覚だ。この時点でさえ本心から万引きをやめたいとは思えなかったが、悠さんは入院治療を決める。入院前日に「盗り納め」をして以来、現在まで万引きをしていない。
お金にしろ承認にしろ愛情にしろ、少しでも減ることに恐怖を感じる「枯渇恐怖」や「満たされない感覚」は、クレプトマニアのキーワードだと悠さんは考える。とはいえ良心の呵責はなかったのか。悠さんは象徴的なエピソードを話してくれた。
「二度目に発覚した時、店長がすごく怒っていて、なんでこの人こんなにイライラしてんだろうって思っていました。そのうち夜間店長との引き継ぎの流れになって、きっと早く帰りたいからだって思ったんですよ。
いや、万引きに怒ってんだよって今だったらわかるんですけど、それぐらいピンときてなかった。お金払うから許してよ、くらいの感覚で」
当事者活動でたくさんの仲間に会っていると、家族など身近な人への謝罪は出るが、被害者にまで思いが至らない人が多いという。
「相手を困らせたいとか、傷つけたいとかではない。被害者がいることや、心の痛みを想像できないという感じが近いです。自分の感情がよくわからないから、他者の気持ちもピンとこない」
入院生活で、悠さんはさまざまな経験をした。万引きをやめていなかったことの正直な告白に始まり、気持ちの言語化や店舗への被害弁済。思い入れのあるペンを盗まれるというショッキングな経験もした。
自分の感情を大事にできるようになるにつれ、どれだけ相手を傷つけ怒らせてきたかを理解できるようになった。顔を出して当事者活動をすることには大きなリスクもあるが、「罪償い」だと話す。
「厳しい意見があることは当然です。だって私、加害者ですから。私は一度も収監されず、前科もつかず来てしまったので、禊(みそぎ)を終えていない。店舗への被害弁済では事実確認ができないから受け取れないというお店も結構あって、過去に向かって罪償いをするのは限界があるとも思いました。
逆に優しい言葉をかけてくれたお店もあって、未来に繋がる“恩送り”をしたい。世の中から万引きを減らしたいんですよ」
悠さんはホームページ「クレプトマニアからの脱却」を運営し、オンライン自助グループ「Room K」も立ち上げた。グループには現在、400人もの登録者がいる。講義・講演活動も積極的に行い、収監中の当事者たちとの交流も続けている。贖罪の意味を込めて、悠さんは必要とされればどこにでも出向き、自分の経験を語るつもりでいる。
高橋悠●東京都在住。中1で摂食障害・過食嘔吐になりクレプトマニアに発展。通院と自助グループ参加を継続し、現在は盗らない生活を送れている。現在は理学療法士・ケアマネージャー・ASK認定依存症予防教育アドバイザーとして活躍。当事者ならではの経験から講演活動なども行う。http://www.facebook.com/profile.php?id=100054453790049
高橋悠さんHP
取材・文/尾形さやか

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