じつはいま「宇都宮」が世界から注目を集めている…市内の新築マンションに起きている「異変」

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2023年8月、国内では75年ぶりとなる路面電車「ライトライン(正式:芳賀・宇都宮LRT)」が開業した。栃木県宇都宮市と隣接する芳賀町を最短42分で結ぶ、全長14.6キロメートルの路線である。利用者は平日で約15,000~18,000人、土日祝日でも約10,000人。想定外の多さだったことから開業1年以内にダイヤを3回改正し、増発した。現在の運転間隔はピーク時で5~8分、オフピーク時で約12分となっている。
記事前編は【路面電車の導入で地方都市・宇都宮が一変…タワマン乱立の一方で、見えてきた「東西格差」】から。
ライトラインという公共交通が、地方都市・宇都宮を活性化していることは明らかだった。その好例を見ようと国内外から大勢の視察団が足を運んでいる。2024年11月末現在556件(延べ9,733名)もの視察団が宇都宮を訪問している。その1人、広島工業大学工学部環境土木工学科教授の伊藤雅(いとうただし)に話を聞いた。
都市計画や環境計画を専門する6人の共著『路面電車レシピ 住みやすいまちとLRT』(技術堂出版/2019年刊)がある。都市地域計画、交通計画が専門の伊藤は、共著の1人としてLRTの工事がはじまった直後の2018年5月に宇都宮を訪問。同書に「工事が始まった宇都宮ライトレール」というコラムを記している。
「2023年10月宇都宮に2日間滞在し、ライトラインに乗ってきました。利用者が目に見えて増えている印象を受けました」
実際4000人の利用者が、自家用車からライトラインに変えたというアンケート結果もある。
同書には下記の一文がある。
〈LRTとは単なる交通手段の一つを示すのではなく、都市交通全体の中に位置づけられ、さらにはまちづくりのための基礎のひとつである〉
ライトラインは街づくりの基礎となっているのだろうか。
「都市の機能のひとつとしてうまくはまっていると感じました」
また同書には、〈LRTプロジェクトのゴールは、「歩きたくなる街、住みたくなる街をつくること」〉とある。記者の目には、住みたくなる街になりつつあるが、歩きたくなる街にはまだなっていないと映った。
「東側の郊外を結ぶ路線なので歩きたくなる要素は少ないのかもしれません。もともとの中心市街地だった西側に延伸されれば、歩きたくなる街づくりを実現できると思います」
ヨーロッパの街のように整備してくれることを期待していると伊藤は語ってくれた。
先述した556件の視察団のうちの23件が海外からだ。アジアを中心にヨーロッパ、アフリカなど計49か国の視察団が来日している。国内の視察団の多くはライトラインによる地域活性化を評価しているが、海外の視察団が注目しているのはそこではない。ライトラインがゼロカーボン・トランスポート、つまり二酸化炭素を排出しない公共交通であることが脚光を浴びているのだ。
ライトライン開業の2年前の2021年、宇都宮市などが出資し、再生可能エネルギーの地産地消を推進する宇都宮ライトパワーを設立。家庭ゴミなどの焼却によるバイオマス発電や、家庭用太陽光発電で余った電気だけでライトラインを走らせている。二酸化炭素ゼロの、地域由来の再生可能エネルギーでライトラインを走らせる世界初の試みが、海外の視察団から熱い視線を集めている。
宇都宮市では脱炭素社会を含めた、ネットワーク型コンパクトシティ(NCC)を目指してきた。人口減少、少子高齢化社会など社会環境が大きく変動する中、誰もが安心して暮らせる街をつくる。それがNCCのコンセプトだ。中心市街地や郊外の主要な場所に、住まいや医療、福祉、商業など生活に必要な機能を集約した拠点を配置。それらをライトラインやバスなどの公共交通でネットワーク化した持続可能なNCCを目標にかかげている。
そのためにも2030年までにライトラインを東武宇都宮駅や教育機関が集中する西側へ約5キロメートル延伸させようとしている。その後、大谷石の採掘で有名な大谷町への整備も視野にある。それと並行して栃木県知事は、東武線への乗り入れを構想している。近々宇都宮市と東武鉄道との三者会談が行なわれる予定だ。
東武線との接続はさておき、NCC推進のために宇都宮市と芳賀町では、ライトライン沿線に新しい工業団地を開発する意向だ。宇都宮市では、約70ヘクタールの候補地内で工業団地整備を検討中。芳賀町では、既存の工業団地周辺に約20ヘクタールの工業団地をつくる青写真を描いている。加えて、沿線に宅地分譲を開発する計画もあるという。
ライトラインは地域活性化に多大な好影響を与えているが、その結果、地価が高騰していると指摘する人がいる。市内で不動産業オーリアルを経営する大塚訓平に話を聞いた。
「これまでは3,000万円台で戸建てを購入できましたが、地価と建築費が高騰し、5,000万円を超える物件が増えています。購入者の所得に対してオーバーローンになりがちかもしれません」
地価と建築費の高騰を考えると、土地の規模を縮小しないと住宅ローンの総額が高くなり、そもそも売買が成立しない。このことからライトライン沿線では土地を35坪程度にコンパクト化して、販売する分譲業者が増えつつあるという。
「不動産を取り扱う立場としては、地価が上がるのは大変よいことだと思います。けれど、購入者目線でとらえると所得が上がっていないのに物件価格が高くなることから、40年を超える長期の返済期間になったり、夫婦ペアローンを利用せざるを得ないケースが増えています」
市内の新築マンションではどんなことが起こっているのか。
「新しいマンションを見ると夜に電気が灯っていない部屋が多いです。実際には住まない人が投資や転売目的で、新築マンションを買っているケースが見受けられます」
大塚の顧客のなかにもそういう人が多いそうだ。
「マンションを居住目的で購入し、移住してくれる人が増えるのであれば宇都宮にとっていいことです。しかし、投資や転売目的で購入する人が多いと、区分所有者で構成される管理組合がうまく機能しなくなり、実際に住む人にはデメリットに出てくる可能性もあります」
車椅子生活者でもある大塚は、バリアフリーのコンサルタントもしている。バリアフリーを謳うライトラインの車両を大塚はどう評価しているのか。
「自分の障害状態からすると、ライトラインは段差や隙間が少ないので、前輪(キャスター)を上げれば安全に乗り降りすることができます。でも、障害の度合いや使用している車椅子によっては、車両とホームの隙間に前輪がはまってしまうこともあるので、乗降をサポートする対策もあるとより安全だと思います」
ライトラインの目下の最大の課題は、西側への延伸につきる。宇都宮は都心からのアクセスがいいがゆえに、日帰り客が多い。ライトラインがJR宇都宮駅と東武宇都宮駅を結べば宇都宮で餃子を食べた後市内に泊まり、翌日日光へ足を伸ばす人が増えることが見込まれそうだ。
「その次はぜひ大谷町まで延ばしてほしい」と懇願する市民もいた。大谷町もインバウンドで観光客が多いが、ライトラインが延びれば国内外からもっと観光客を呼び込めるというのだ。
もうひとつ課題がある。前述したように沿線5つの電停に設けられたトランジットセンターで、タクシーやバスなどに乗り換えができる。ところが、現状では乗り継ぎバスの本数が少ないのが足かせになっている。時間帯によっては1時間に1本の電停もある。
まだヨチヨチ歩きで課題も多々あるライトラインだが、地方都市を活性化させたことはまちがいない。2006年に開業した富山ライトレール(全長約15キロメートル)の成功に続くライトラインが、全国の地方自治体に多大な影響を与えている。LRT導入を構想している地方自体が全国に50以上ある。その中でも旭川市、金沢市、和歌山市、那覇市が具体化しようと動いているようだ。ライトラインだけでなく、今後各地で導入されようとしているLRTの動向を見守っていきたい。(敬称略)
路面電車の導入で地方都市・宇都宮が一変…タワマン乱立の一方で、見えてきた「東西格差」

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