共産党に寄付、即売却された美智子さまゆかりのカフェ 「遺族は記念館として残したがっていた」

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昨年は能登半島地震を受けて中止となったため、2年ぶりとなる新年一般参賀が2日に行われた。3カ月前に右大腿骨上部を骨折され、現在リハビリに励まれている美智子上皇后も参列されたが、その上皇后ゆかりのカフェを、日本共産党が売り払っていて――。
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【写真を見る】美智子上皇も通った軽井沢のカフェの現在
総務省が昨年11月末に公表した政治資金収支報告書によると、共産党が2023年に土地の売却によって得た収入は17億円以上に上る。その中には、作家の故・森村桂さんが営んでいた軽井沢のカフェ「アリスの丘ティールーム」の跡地も含まれ、地元の不動産会社によれば、カフェ跡地だけでも8000~9000万円の価値があるという。
映画にもなったベストセラー『天国にいちばん近い島』で知られる森村さんは、1985年に「アリスの丘」をオープンした。
「手作りケーキが人気のこのカフェには、実は美智子上皇后が訪問されたこともありました」
とは、皇室担当デスク。
「森村さんのご主人の著書によれば、86年、当時皇太子妃だった美智子さまが軽井沢で静養されていたときに、森村さんが手紙を書いたのがきっかけです。美智子さまはすぐに『アリスの丘』を訪ねられ、名物のバナナケーキを注文なさりました」
その3年後には、
「上皇、上皇后両陛下が、森村さん夫妻と食事を共にしたいということで、『アリスの丘』でお食事会が開かれました。森村さんは中華鍋を振るって得意料理を作り、そのお礼に美智子さまはカフェのピアノをお弾きになったそうです」
美智子さまが皇后に即位されてからも、森村さんは両陛下のお誕生日や結婚記念日にお菓子を届けていた。04年に64歳で森村さんが亡くなった際には、美智子さまからお花が届けられたというから、その信頼関係と縁の深さは計り知れない。
そこで誰しもけげんに思うだろう。美智子さまゆかりのカフェがなんの因果で、皇室とは水と油であるはずの共産党の所有となったのか、と。
「『アリスの丘』が共産党に寄付されたのは、桂さんの意思ではありません」
そう語るのは、森村さんの友人で、「軽井沢新聞」元編集長の広川小夜子氏だ。
「桂さんは、作風通りにメルヘンチックな方で、政治にも縁遠く、お店もメルヘン的な世界観が築かれていました。桂さんの存命中、ティールームは大盛況で、全国各地からファンが来ていたのです」
森村さんが亡くなると、残された夫に変化が。
「桂さんを失った寂しさがあったのだろうと思います。カフェのスタッフが共産党員だったようで、感化されて支持者になったのです。『赤旗』を購読し、共産党の選挙ポスターをカフェの柵に張るようになりました」
客足は遠のくばかりで、店が営業しているかどうか、近隣住民にさえ分からない状態が続いた。そして、夫が21年に亡くなると、
「遺言によって共産党に寄付されることになりました。個人的にもカフェは残してほしかったし、遺族の方も記念館のようにして残せないかと思っていました」
だが、切なる願いもむなしく、前述の通り、共産党は早々とカフェを不動産会社に売却した。数奇な運命をたどったカフェは2年前に取り壊され、雑草の生えた更地には、寒風が吹きすさぶばかり。往時をしのばせる“よすが”は何もない。
共産党にカフェ売却についての見解を尋ねると、美智子さまとの縁を知っているとした上で、
「森村桂氏の業績・作品への敬愛の思いをお持ちの方が多くいらっしゃることと思います。(中略)ただカフェ店の建物そのものについていえば、すでに廃屋となっており、森村桂氏の業績をしのぶ設備としても活用不能な状態でした」
もちろんカフェの売却は法的に何ら問題はないわけだが、遺族やファンにとっては何とも物悲しい結果になってしまったのだ。
「週刊新潮」2025年1月16日号 掲載

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