8年前に引っ越した2DKの部屋。女性はこのゴミ山の上で眠っていた(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
住人の女性はこの部屋に住み始めて8年になるというのに、テーブルとして使っていたのは引っ越し業者のロゴが描かれた段ボール箱だった。
本連載では、さまざまな事情を抱え「ゴミ屋敷」となってしまった家に暮らす人たちの“孤独”と、片付けの先に見いだした“希望”に焦点をあてる。
YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信するゴミ屋敷・不用品回収の専門業者「イーブイ」(大阪府)代表の二見文直氏に、引っ越し先の新居がゴミ屋敷にならないための方法を聞いた。
動画:8年放置のゴミ屋敷が大変身!プロの手で片付けられない生活を改善
大阪市内にある2DKのマンション。家中を埋めつくすゴミで、玄関、キッチン、その奥にある2つの部屋まで床が見えない。
とくに多いのは紙ゴミだ。壁際には段ボール箱と衣装ケースが積み上げられ、部屋の真ん中にできたスペースに新聞、雑誌、チラシ、空き箱など、8年分のあらゆる紙ゴミが溜まっている。まるで、どこからか大量の紙を流し込まれたかのように、とにかく部屋中が紙ゴミであふれている。
紙というのは1枚だとペラペラで当然なんの重さもないのだが、束になると一気に重くなる。ゴミ袋いっぱいに詰めてしまうと持ち上げるだけでも重労働になってしまうので、ゴミ袋が半分になったあたりで外に運び出す。紙ゴミを取り除いただけでも羊の毛を刈り取ったように部屋の中はだいぶスッキリした。
うずたかく積み上がったゴミの山(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
リビングだった真ん中の部屋。紙類のゴミは段ボールやゴミ袋に詰めると重量が増し、運ぶのもひと苦労だ(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
【写真】「中に何が入っているのか…」一度も開けたことのない段ボールを開梱、そしてついにゴミ山を片付けた!【生まれ変わった部屋を見る】(43枚)
散乱していた衣類は、長年足で踏み潰し続けたことで圧縮されていた。作業にあたったイーブイのスタッフが服の袖を掴むも、紙ゴミと交じり合ってなかなか引っ張り出せない。
そんな部屋にできたわずかな窪みにクッションを置き、ゴミを枕にしながら住人の女性は眠っていた。クッションの横に置かれた段ボール箱はテーブルの代わりだ。インスタントコーヒーの瓶、ボールペン、ハサミといった使用頻度の高い身近なモノの置き場になっている。
寝室代わりにしていた奥の部屋は身体を休められるようなスペースはない(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
玄関に入ってすぐのキッチンにはゴミが散乱し、部屋の中に入ることも難しい(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
住人の女性が今の家に引っ越してきたのは約8年前のことだ。もともと片付けが苦手だったというが、ここまでゴミだらけになってしまったのは引っ越しが原因だった。女性が当時を振り返る。
「前に住んでいた家もここと同じ二間だったんですが、今よりはもう少し広かったんです。モノは捨ててきたんですが、引っ越し業者さんが捨てるモノまで一緒に全部持ってきてしまって。そのとき鬱がひどかったので引っ越しの日までにちゃんと箱詰めできなかったんです。
新しい家に来てから捨てるつもりでしたが、片付けようとしてもモノが広がるばかりで。いっときは親が週に1日来てくれていたんですが、がんで体調も悪くなってきていたので“もういいよ”って言ってからこの状態です」
おそらく、業者もやむを得ずすべての荷物を搬入したのだと思われる。引っ越し当日、客の家に行っても仕分けも箱詰めもまったく終わっていない。しかし、引っ越し自体は完了させないといけない。とはいえ、一緒に仕分けをする時間もなければ、そもそも仕分けは業務外である。そうなると、すべて持っていくほかない。
「引っ越しに向けた片付けは1カ月前から始めたほうがいい。どんなに遅くとも2週間前から」と二見氏は言う。
住人の女性とともに「いるモノ・いらないモノ」を仕分けていく(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
片付けが苦手な人ほど、引っ越しの目算を誤るそうだ。2日前になってようやく片付けを始めるが、そんな短期間では終わるはずがない。そして、この女性のように不要なモノまでひとまずすべて持っていくことになってしまう。
「だから、新居でもどの段ボール箱に何が入っているかもわからないし、出す気も起こらなくなる。そして、新しいモノを買ってしまう。引っ越しをするときにまずすべきことは断捨離です。新居での生活はモノが足りないくらいがちょうどいいんです」(二見氏)
どこに何があるのか把握できていないという女性(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
では、引っ越しのための断捨離において、真っ先に捨てるべきモノは何か。
「“細々したモノ”です。部屋を片付けるときにこう考えると思うんです。新居に持っていくのは、デスク、椅子、照明、本棚、パソコン、あとは細々したモノ……。結局この細々したモノがいらないんです。
最終的にそういうモノはとりあえず箱にごっちゃにして入れることになるんですが、これってそんなに邪魔にもならないんですよ。だから、そのぶん目を背けがちでもあるんです。新居に持っていったところでどこにしまえばいいかわからないので、箱に入ったまま放置されるんです」
細々したモノの代表例は、「100円ショップで買ったモノ」だ。安くて便利だが、よく考えると意外に使う場面が限られてくる。そういうモノはなくても困らないし、大抵安価である。だったら、いったん全部捨ててしまって、新居で必要に駆られたモノだけを新たに買えばいいというのが二見氏の考えである。
段ボールの中身は、キャラクターなどのグッズが多かった(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
ほかにも、スポンジや粘着ローラーのスペアテープなど、使う頻度は多くないのに5~6個入りでしか売っていないモノの余り。ついストックしたくなるが、引っ越しの際は思い切って捨ててしまいたい。片付いた後に購入して保管すればいいのだ。
入り口のスペースを空けるため、玄関とキッチン周りを急ピッチで片付けていく(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
女性が新居で片付けができなかった理由はもう1つある。マンションのゴミ捨て場の環境である。現場で作業にあたっていた二見氏が話す。
「マンションのゴミ捨て場を見させてもらったんですが、毎日ゴミを捨てられるわけではなく、それぞれ指定された日にゴミを捨てなければなりません。加えて、住まれていたのは5階でマンションにはエレベーターがありませんでした。ゴミを1階に降ろすだけで大変だと思います。
一歩行った先にあるマンションには24時間利用可能のゴミ捨て場がありました。そのぶん管理費は上がると思うのですが、片付けが苦手な人ほどゴミ捨て場の環境は重要です。管理費が安いところには安いなりの理由があるんです」
女性は夜勤の仕事をしていた。そうなると、さらにゴミ出しの時間は合わず、ゴミの量は一気に膨れ上がっていった。気力も追いつかず、もう自分の力ではどうにもできなくなった。
寝室もようやく床が見えてきた(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
何年もその姿を見ていなかったベッド。ようやくその上で作業できるまでに(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
ゴミ屋敷の住人はこうした状況になっても誰にも相談できずに孤立してしまう方が少なくないが、女性には幸い、そばにいてくれる人がいた。マンションの同じフロアの3部屋となりに住んでいた実の姉である。
「妹とは衝突もありましたね。私が片付けろって強く言うほうで、妹が病んでいるときはしばらく口をきいてくれないときもありました。でも、最近は手を怪我したりとかいろいろあって、片付けていないと部屋の中で転んじゃったりして。妹がぼそっと“片付けないとな”と言った瞬間に私からイーブイさんに連絡しました」(姉)
部屋のゆくえを心配する姉(写真左)と依頼者(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
女性とスタッフの1人が必要なモノが多いと思われる寝室の仕分けをしている間に、ほかのスタッフたちが玄関から片付けていく。生活空間から離れるにつれて不要なモノが増えていくからだ。
キッチン周りはシンクもきれいにクリーニングして完了(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
ベッドも解体し、引っ越してきた当初よりもスッキリした状態に(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
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ときどき3部屋となりにいる姉が不安そうに様子を見にきていた。ちゃんとモノを捨てられているか心配しているわけではない。というのも、直前まで「やっぱりキャンセルしたい」とまで言っていた妹が、あれもこれも捨て始めたからである。
「いるって言っていたモノまで捨てているから大丈夫なんかなって」(姉)
捨てるモノの量が増えたことで想定していた作業時間をオーバーしそうだったが、せっかく断捨離モードに入っている女性にイーブイも臨機応変に対応する。
片付けスイッチが入った依頼者(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
なぜ、いきなりモノを捨てられるようになったのか。「なんか、もういいかなって」と、本人もよくわかっていないようだが、二見氏にはその理由がわかっていた。
「ゴミが溜まり始めるのにもキッカケがあるように、片付けられるようになるのにもキッカケがあるんです。この女性はモノを捨てられないというよりも、部屋の中に何があるかがわかっていなかったんです。だから、1つひとつ手に取って判断したことで、捨てられるようになったんだと思います」
モノを捨てられない状態とは、家にあるモノを把握できていない状態とも言い換えられる。当初はモノを全体の5割まで減らすことを目標としていたが、気づけば女性は9割近いモノを捨て、想定をはるかに上回る断捨離に成功したのだった。
9割方のモノを捨て、すっかり生まれ変わった部屋。奥に見える寝室も片付いた(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
【写真】「中に何が入っているのか…」一度も開けたことのない段ボールを開梱、そしてついにゴミ山を片付けた!【生まれ変わった部屋を見る】(43枚)
(國友 公司 : ルポライター)