日が暮れて間もない夕方6時ごろ、板橋区内の踏切には遮断機の音が響きわたる――。その場で一台の軽自動車に乗っていた老人は、これまでの長い人生の中で、一番の危機を迎えていた。
今年で85歳になる彼がハンドルを握るのは、「自民党政治を終わりに」との看板が掲げられた日本共産党の宣伝カー。ところが、前方の車が詰まっていた影響で踏切内から抜けられず、車体の後方部分に遮断機のバーが引っかかったのだ。
車外に出てバーを外そうとするも、焦って上手くいかない。そのまま時間だけが過ぎていき、線路の方向を振り向くと、徐々にスピードを出した電車が押し迫ってくる。自らの命の危険を感じ、男性が身ひとつで逃げた、その直後――。
「ドンッッ!!」
まるで地震が起きたかのような衝撃音が周囲に響きわたる。宣伝カーは横転して大破し、看板も地面に落下。さらに電車からは警告音が響き続ける。男性はその光景を見ながら、ただボーッと立ち尽くすしかなかった。
10月31日の午後6時ごろ、東京都と埼玉県を結ぶ東武東上線の踏切内で、池袋行きの準急電車と、軽自動車が衝突する事故が起きた。この車は日本共産党の宣伝カーで、運転していたのは、今年で85歳になる現役の共産党員だった。
警視庁高島平署によると、今回の事故でケガ人などは出なかったという。その一方で、東武東上線は、事故の影響により一部区間で2時間半にわたり運転を見合わせた。帰宅ラッシュということもあり、多くの乗客に被害を与えた。
「男性は一人で軽自動車に乗っており、踏切を渡りきれずに、車体の後方部分と電車が衝突した。同署の調べに対して、男性は『前が詰まっていて立ち往生してしまった』と説明しており、詳しい状況を調べている」(全国紙社会部記者)
事故が起きたのは、池袋駅から北西におよそ7キロほど離れた位置にある、東武東上線「下赤塚駅」から200メートル先の踏切だ。道路幅が狭いため、踏切内にも遮断機は一本ずつしか設置されておらず、車の通行量も少ない。近隣住民の60代・男性は、事故当時をこう振り返る。
「ちょうど家にいたんだけど、いきなり『ドンッッ!』という地鳴りのような衝撃が響いたよ。そのあと電車が「ブーッッ!』という警笛音を鳴らし続けるもんだから、てっきり人身事故かなと思って恐る恐る見に行ったら、『自民党政治を終わりに』とか書かれてる看板を掲げた車が横転していて、その近くで小柄なおじいちゃんが一人でボーッと立ち尽くしてたの。
そのあと電車から慌てて駅員さんが駆け付けて、そのおじいさんと色々と話してたし、こんな状況なのにも関わらず、『車の中の荷物を取ってもいいですか?』なんて聞いてた。バカにするわけじゃないけど、自民党政治を倒す前にあんたが倒れてどうすんだって思ったよね」
その一方で、近隣住民の中には「事故を起こしたのは迷惑」と前置きしつつも、「ここの踏切は駅から近いから、遮断機が降りるペースも早くて危なく感じることがある」と話す人もいた。
取材に訪れたこの日も、事故が起きた夕方6時に近づくにつれて、電車の本数も増加。帰宅ラッシュと重なるため、遮断機が上がってからわずか10秒ほどで、ふたたび遮断機の音が鳴り出すことも珍しくなかった。また、道路幅が狭いため、歩行者が車や自転車に道をゆずるうちに踏切内から抜けられず、遮断機をくぐって通る姿も目撃した。
一連の騒動に対し、日本共産党の宣伝カーを運転していた男性が所属する、板橋地区委員会はどう考えているのか。同委員長の佐々木健市氏(64歳)は、「今回の事故で多くの方に迷惑をかけてしまい大変に申し訳なく思っております」と謝罪し、こう続ける。
「当日の状況としては報道されている通りですが、当然のことながら、周囲を見渡して安全を確認してから踏切内に入るのが交通マナーになります。ところが、本人もまさか前方の車両が詰まるとは思ってなかったようで、『不注意だった』と反省しています。また、車の後方部分に遮断機が引っかかった後は、なかなか外せずに気が動転してしまったようで、踏切にある『非常ボタン』も押せなかったと話していました」
事故の翌日、同委員会にはクレームの電話が殺到。東武東上線の乗客と思わしき人物からは「その時のタクシー代を出せ」と要求されたというが、今後の対応についてはこう語る。
「同委員会がタクシー代を支払うことは対応しかねますし、事故を起こした本人に対する、東武東上線からの損害賠償金についても今のところは未定です。ただ、実際にこうして色々な方に迷惑をかけましたし、本人も今後はできるだけ宣伝カーの運転は控えると話してたので、そのように対応するつもりです」(同上)
後編『「格差と貧困をなくすために自民党政治を終わらせたい」…共産党宣伝カーで電車と衝突した「85歳のベテラン党員」が、生涯をかけて叶えたかった「願い」』では、この男性の素顔について詳報する。
「格差と貧困をなくすために自民党政治を終わらせたい」…共産党宣伝カーで電車と衝突した「85歳のベテラン党員」が、生涯をかけて叶えたかった「願い」