「猫推しの街」に異変が…!東京・谷中の「夕やけだんだん」から猫が消えた理由

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

野良猫を見なくなった。猫の名所、東京・谷中の「夕やけだんだん」にはかつて、石段の左右に10匹近い猫たちがいて、思い思いにくつろいでいた。猫を目当てにやってくる観光客は、写真を撮ったりおやつをやったりして、猫を愛でていた。
いまも近くには猫グッズの店がいくつもあって、商店街のあちこちに猫オブジェが配される「猫推し」の街だ。けれども、その石段に、もう猫はいない。
谷中ぎんざ商店街の猫グッズ店にいた女性は、少し寂しそうにこう話す。
「猫、見なくなりましたね。2~3年前から、だんだん減ってたみたい。今はね、もう表通りでは見ないですね。たまに、ちょっと奥の空き地みたいなところにいるって聞きましたけど」
谷中ぎんざで長年商店を営む店主も、次のように語る。
「あそこはね、もともと区から餌やり禁止の通達があったんだよ。でもボランティアが集まって、餌の後始末もしますからって荒川区に掛け合ってね。コロナのころにその活動もちょっとしづらくなったりして。あと、あれでしょ。保護活動もあるからね」
海外の日本観光ガイドにも紹介されている「谷中の猫」を見にきたインバウンドの老若男女が石段で撮影をしているが、猫の姿はない。都心で、野良猫を見ることはなくなった。野良猫は絶滅してしまうのか。
「猫はね、絶滅なんかしませんよ。野良の猫がいなくなることは、ありません。ぜったい大丈夫」(なないろ動物病院院長・服部真澄先生)
猫の街・谷中に近い文京区エリアを中心に地域猫の保護活動をする獣医師の服部先生は、こう言い切る。
「猫の繁殖力って、すごいんですよ。TNRの活動が盛んな都市部では、飼い主のいないいわゆる野良猫の数は減りました。それでも、地域に暮らす猫が完全にいなくなるということはあり得ない。それほど、猫って強いんです」
飼い主のいない、主に屋外で生きる猫は「地域猫」と呼ばれ、保護団体などが行う「TNR」活動によって「増えなくなっている」。TNRとは、T=トラップ(捕獲)、N=ニューター(不妊手術)、R=リターン(元の場所に戻す)。元の場所に戻ったあとは、保護団体やボランティアらが、餌やりをしたり健康チェックをするのだという。
「しっかりしたボランティアさんなら、地域の猫は、ほとんど知ってますね。どこの公園にどんな子がいるか、妊娠しているとか、子猫が生まれたという情報も把握しています」(服部先生)
近隣だけでなく、都内のあちこちからTNR活動で捕獲された猫が連れて来られる。なかには、病気にかかっていたり、ケガをしている猫もいる。
「野良猫の生活は、ものすごくハードなんです。飼い猫の寿命は12~13歳といわれていますが、いまはどんどん長生きになっていて、15歳を超える子はざら。なかには20歳くらいまで生きる子もいます。
でも野良の猫は、2~3年で死んでしまうことも。生まれて、子猫のうちに死んでしまう子もいますし、成長しても、暑さや寒さ、事故、それに外敵によって、命を落とすことも多い」(服部先生)
外敵のひとつはヒトだという。野良猫や鳥に、暴力をふるう人間がいるからだ。捕獲された保護猫が、明らかにわざとつけられた傷を負っているケースもみられる。
「猫好きはたくさんいますが、大嫌いという人もいます。庭に排泄をするとか、植木をいたずらするという苦情は絶えません。その人たちにとって地域猫は、邪魔な存在なんです。
捕獲した猫は、原則的には元の場所に戻すのですが、人になつく可能性が高い子猫には里親を見つけて、飼い猫への道をサポートします。病気やケガで弱っている猫は、この病院の子として最期まで面倒を見ることもあります」(前同)
こうして、東京など都市部では地域猫の保護活動が進み、不妊手術を受けた猫はその証として耳に切り込みが入った「さくら猫」として生き、「一代限り」の命をまっとうする。
映画監督の想田和弘さんは、瀬戸内海の港町でドキュメンタリー映画『五香宮(ごこうぐう)の猫』を撮影した。
「ニューヨークに27年暮らして、2021年に岡山県牛窓に移住しました。ここで古くから親しまれている鎮守の社(やしろ)に、たくさんの野良猫がいたんです。僕も妻も猫が好きで」(想田監督)
想田監督は「観察映画」という独自のスタイルでドキュメンタリー作品を作り、国内外で高い評価を得ている。『五香宮の猫』は、その10作目になる。作品には、五香宮境内の清掃奉仕や、花木を育てる近隣の人々のようす、遠方から猫に会いにくる人、そして猫たちの日常が映し出されている。
猫たちに餌をやる人と糞尿問題に悩む人の意見は相入れない。TNR活動で捕獲された猫が、シートをかぶせた金網のなかで一夜を過ごすようすは、なんだか「かわいそう」に見える。
「野良猫の多い街はいい街だ、というのがぼくの思いです。けれども、それぞれの立場で意見があります。敵か味方か、どちらが正しいかという答えを求めるのではなく、なんとか折り合いをつけること。映画には、そんな姿が映ったと思います」(前同)
都市部でも、地方でも「猫のこと」は人の心を揺るがせるのだ。
自由に生きる野良猫を捕まえて去勢、不妊処置をすることに疑問の声もある。
「でもね、野良猫のハードな現実を知れば知るほど、考えてしまいます。
野良猫に不妊手術をしないまま餌をやっていたら、1年に2~3回子猫を産んで、あっという間に数が増えていきます。猫が増えたら増えただけ、トラブルも増える。猫が好きな人のためにも嫌いな人のためにも、猫のためにも、不妊手術は必要なんです。
猫って、かわいいじゃないですか。かわいがってくれる飼い主に出会って、暑さ寒さのしのげるおうちに住んで、毎日餌をもらって、にゃん!とか言ってるほうがよっぽど幸せなんじゃないかな、と私は思います」(服部先生)
目の前の飢えた猫、傷ついた猫を見て、放置しておくことは悲しい。獣医師や保護団体らの尽力は、確実にその命を救っている。他方で、野良猫を動物病院に連れてきて、ボランティアに押しつけて終わり、というケースも後を絶たないのだという。
「一度手を出したら、命への責任が生じます」(前同)
科学ジャーナリストの竹内薫さんはこう指摘する。
「理想は、たくさんの野良猫がいて人の生活と共存できる街。イスタンブールなんかはいいなあと思います。でもそれには、そもそもの街の作りだったり、文化だったり、猫に関する事情だけではない、包括的な状況が必要なんです。
いま日本は、とくに東京などの都会は、都市計画も脆弱で、人にとってもけっして暮らしやすい環境ではない。ここで、猫が幸せに暮らせるとは思えませんよね。野良猫が生きやすい社会は、人にとっても生きやすいはず。大きな視点で課題を解決していくしかありません」
猫には猫の猫生がある、と想田監督は言う。もちろん、人には人の人生がある。わたしたちの社会を、幸せに生きられる社会にしたい。猫を愛するひとたちの眼差しは、けっこう遠くを見ている。
日本は「野良猫に冷たい国」なのか…かわいい猫が直面する「過酷すぎる現実」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。