「この学校は普通ではない」2年余りで生徒2人が自殺…いじめを黙殺する「長崎・海星学園」と我が子を失った「両親」の葛藤

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《遺書公開》「どこか誰ひとりぼくを見てない場所に行きたい」16歳少年を自死に追い込んだ「長崎・キリスト教学校の闇」 から続く
「学校が設置した第三者委員会が約1年4カ月の調査の結果、息子の自殺の主たる要因を『同級生によるいじめ』と認めました。なのに、学校側は不服だとして受け入れてくれません」
【画像】自殺した勇斗くん(16)が残した遺書(全5枚)
『いじめの聖域~キリスト教学校の闇に挑んだ両親の全記録~』(11月9日発売)より、著者である石川陽一氏のまえがきの後半部分を紹介。いじめによる自殺によって16歳の勇斗くんを失った両親の思いとは?(全2回の2回目/前編を読む)
◆◆◆勇斗くんの死の原因は「いじめ」 絵に描いたように幸福で平凡だった一家にとって、勇斗くんの死はまさに晴天の霹靂だった。何が息子をそこまで追い込んだのか。当初、大助さんとさおりさんには全く見当がつかなかったという。遺書にわざわざ傍線付きで記されていた「そういうこと(リンクつける)」とは一体、何なのか。 当たり前のように送っていた日常は、もろくも崩れ去った。愛息の死の真相を知りたいと願う2人は、やがて「いじめ」という答えにたどり着く。 勇斗くんの死が世の中に広く知られるようになったのは、2019年2月のことだった。大助さんとさおりさんは長崎県庁の県政記者クラブで会見を開き、カメラの前でこう訴えたのだ。「学校が設置した第三者委員会が約1年4カ月の調査の結果、息子の自殺の主たる要因を『同級生によるいじめ』と認めました。なのに、学校側は不服だとして受け入れてくれません」 第三者委の結論を学校側が拒絶するという前代未聞の事態は、地元メディアだけでなく、全国紙やテレビのワイドショーもこぞって取り上げ、センセーショナルに報じられた。 2013年に制定されたいじめ防止対策推進法に基づき、子供が自殺して背景にいじめが疑われる場合、学校または学校の設置者には真相究明と再発防止が義務づけられている。その手段として一般的に用いられるのが第三者委というシステムで、これを否定することは現行のいじめ対策に関する法制度を骨抜きにする行為に等しいからだ。 騒ぎが大きくなる一方で、学園は沈黙を貫いた。長崎県・私立海星学園 杉山拓也/文藝春秋 報道陣の取材には何も語らず、弁明のために会見を開いたり、積極的に声明を出したりすることもない。頭と四肢を引っ込めて甲羅の中に籠城する亀のように、ただ嵐が過ぎ去るのをじっと待ち、やり過ごそうとしているようだった 大助さんとさおりさんの告発会見から約3カ月後、飽きっぽい世間の人々の記憶から勇斗くんの死が薄れ始めた頃に、海星高の別の生徒が学校の敷地内で自殺した。この学校は普通ではない 共同通信の長崎支局で事件担当の記者をしていた私は、ここに至ってようやく事態の深刻さを悟った。立て続けに生徒が死を選ぶ学校というのは、やはり普通ではない。何が悲劇を繰り返す温床になっているのかを知るために、勇斗くんの遺族に連絡を取った。別の用事があって2月の会見には出席していなかったので、私の勇斗くんに関する取材はこの時に始まった。 両親は私を含めてどんな記者に対しても親切で、たいていの質問には真摯に答えてくれた。「学校を息子の死と向き合わせたい」という気持ちが、そうさせたのだろう。私はその思いに少しでも応えたくて、2人が悩み苦しみ、もがきながら学校側と対峙する様子を記事に書き続けた。 だが、学校側が態度を改めることはなく、事態はなかなか進展しない。時間だけがいたずらに過ぎた。いつからか、勇斗くんの自殺はマスメディア的には「終わったこと」のように扱われ、ニュースに取り上げられる頻度は激減した。 気付けば、この問題にこだわっている記者は、私一人になっていた。後で聞いた話だが、遺族は当初、報道機関を全面的には信用していなかったそうだ。海星高がテレビや新聞に広告をよく出していたためで、裏で繋がっているのでは、という疑念を捨てられなかったという。 だからなのか、取材に応じてくれる割には、資料の提供は慎重だった。いじめと自殺の因果関係を認定した第三者委の報告書も、見せてはくれるが「私たちの手から渡ったことが学校に知られたらまずい」とコピーは取らせてもらえなかった。記者が入手した資料の出元を他者に明かすことはない、と説得しても駄目で、私は同僚と3人がかりで、A4用紙64枚に及ぶ文書の全てをパソコンでワードファイルに打ち込んだ(報告書は後に学校側がホームページ上で公開)。 付き合いが長くなるにつれて、少しずつ信頼してくれるようになったのか、遺族は2020年の春ごろ、「実は……」と、学校側や行政とのこれまでの会話をほぼ全て録音していたことを私に打ち明けてくれた。 大助さんとさおりさんは極めて理性的で、善良な人物だ。学校やいじめの加害者に対しては当然、強い憎しみもあるだろうに、それは決して表には出さない。そんな2人だから、相手に無断で録音したものを、第三者である私に託すことには、後ろめたい気持ちも少なからずあったことだろう。 一方で、勇斗くんの死後に何が起きたのかを検証する上で、これほど強力な物証は他にない。この録音に残された登場人物の会話を精査するうちに、まだ公になっていなかった事実が、次々と明らかになっていった。3年の取材で見えたもの 本書に記された当事者たちの会話の中身が生々しいのは、この録音の書き起こしを基に構成しているからである。そこに私の3年間の取材成果を加えて、大助さんとさおりさんが愛息の死後に辿った道筋の全貌を綴った。 子供が自殺すると、その親にはどんな現実が降り掛かるのか。何を考え、どう行動せざるを得なくなるのか。ましてや、いじめが原因と疑われるのに、学校側がそれを認めなかったとしたら。 そのリアルを少しでも感じ取って頂ければ幸いである。◆◆◆【厚生労働省のサイトで紹介している主な悩み相談窓口】▼いのちの電話 0570-783-556(午前10時~午後10時)、0120-783-556(午後4時~同9時、毎月10日は午前8時~翌日午前9時)▼こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556(対応の曜日・時間は都道府県により異なる)▼よりそいホットライン 0120-279-338(24時間対応) 岩手、宮城、福島各県からは0120-279-226(24時間対応)(石川 陽一/ノンフィクション出版)
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絵に描いたように幸福で平凡だった一家にとって、勇斗くんの死はまさに晴天の霹靂だった。何が息子をそこまで追い込んだのか。当初、大助さんとさおりさんには全く見当がつかなかったという。遺書にわざわざ傍線付きで記されていた「そういうこと(リンクつける)」とは一体、何なのか。
当たり前のように送っていた日常は、もろくも崩れ去った。愛息の死の真相を知りたいと願う2人は、やがて「いじめ」という答えにたどり着く。
勇斗くんの死が世の中に広く知られるようになったのは、2019年2月のことだった。大助さんとさおりさんは長崎県庁の県政記者クラブで会見を開き、カメラの前でこう訴えたのだ。「学校が設置した第三者委員会が約1年4カ月の調査の結果、息子の自殺の主たる要因を『同級生によるいじめ』と認めました。なのに、学校側は不服だとして受け入れてくれません」 第三者委の結論を学校側が拒絶するという前代未聞の事態は、地元メディアだけでなく、全国紙やテレビのワイドショーもこぞって取り上げ、センセーショナルに報じられた。 2013年に制定されたいじめ防止対策推進法に基づき、子供が自殺して背景にいじめが疑われる場合、学校または学校の設置者には真相究明と再発防止が義務づけられている。その手段として一般的に用いられるのが第三者委というシステムで、これを否定することは現行のいじめ対策に関する法制度を骨抜きにする行為に等しいからだ。 騒ぎが大きくなる一方で、学園は沈黙を貫いた。長崎県・私立海星学園 杉山拓也/文藝春秋 報道陣の取材には何も語らず、弁明のために会見を開いたり、積極的に声明を出したりすることもない。頭と四肢を引っ込めて甲羅の中に籠城する亀のように、ただ嵐が過ぎ去るのをじっと待ち、やり過ごそうとしているようだった 大助さんとさおりさんの告発会見から約3カ月後、飽きっぽい世間の人々の記憶から勇斗くんの死が薄れ始めた頃に、海星高の別の生徒が学校の敷地内で自殺した。この学校は普通ではない 共同通信の長崎支局で事件担当の記者をしていた私は、ここに至ってようやく事態の深刻さを悟った。立て続けに生徒が死を選ぶ学校というのは、やはり普通ではない。何が悲劇を繰り返す温床になっているのかを知るために、勇斗くんの遺族に連絡を取った。別の用事があって2月の会見には出席していなかったので、私の勇斗くんに関する取材はこの時に始まった。 両親は私を含めてどんな記者に対しても親切で、たいていの質問には真摯に答えてくれた。「学校を息子の死と向き合わせたい」という気持ちが、そうさせたのだろう。私はその思いに少しでも応えたくて、2人が悩み苦しみ、もがきながら学校側と対峙する様子を記事に書き続けた。 だが、学校側が態度を改めることはなく、事態はなかなか進展しない。時間だけがいたずらに過ぎた。いつからか、勇斗くんの自殺はマスメディア的には「終わったこと」のように扱われ、ニュースに取り上げられる頻度は激減した。 気付けば、この問題にこだわっている記者は、私一人になっていた。後で聞いた話だが、遺族は当初、報道機関を全面的には信用していなかったそうだ。海星高がテレビや新聞に広告をよく出していたためで、裏で繋がっているのでは、という疑念を捨てられなかったという。 だからなのか、取材に応じてくれる割には、資料の提供は慎重だった。いじめと自殺の因果関係を認定した第三者委の報告書も、見せてはくれるが「私たちの手から渡ったことが学校に知られたらまずい」とコピーは取らせてもらえなかった。記者が入手した資料の出元を他者に明かすことはない、と説得しても駄目で、私は同僚と3人がかりで、A4用紙64枚に及ぶ文書の全てをパソコンでワードファイルに打ち込んだ(報告書は後に学校側がホームページ上で公開)。 付き合いが長くなるにつれて、少しずつ信頼してくれるようになったのか、遺族は2020年の春ごろ、「実は……」と、学校側や行政とのこれまでの会話をほぼ全て録音していたことを私に打ち明けてくれた。 大助さんとさおりさんは極めて理性的で、善良な人物だ。学校やいじめの加害者に対しては当然、強い憎しみもあるだろうに、それは決して表には出さない。そんな2人だから、相手に無断で録音したものを、第三者である私に託すことには、後ろめたい気持ちも少なからずあったことだろう。 一方で、勇斗くんの死後に何が起きたのかを検証する上で、これほど強力な物証は他にない。この録音に残された登場人物の会話を精査するうちに、まだ公になっていなかった事実が、次々と明らかになっていった。3年の取材で見えたもの 本書に記された当事者たちの会話の中身が生々しいのは、この録音の書き起こしを基に構成しているからである。そこに私の3年間の取材成果を加えて、大助さんとさおりさんが愛息の死後に辿った道筋の全貌を綴った。 子供が自殺すると、その親にはどんな現実が降り掛かるのか。何を考え、どう行動せざるを得なくなるのか。ましてや、いじめが原因と疑われるのに、学校側がそれを認めなかったとしたら。 そのリアルを少しでも感じ取って頂ければ幸いである。◆◆◆【厚生労働省のサイトで紹介している主な悩み相談窓口】▼いのちの電話 0570-783-556(午前10時~午後10時)、0120-783-556(午後4時~同9時、毎月10日は午前8時~翌日午前9時)▼こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556(対応の曜日・時間は都道府県により異なる)▼よりそいホットライン 0120-279-338(24時間対応) 岩手、宮城、福島各県からは0120-279-226(24時間対応)(石川 陽一/ノンフィクション出版)
勇斗くんの死が世の中に広く知られるようになったのは、2019年2月のことだった。大助さんとさおりさんは長崎県庁の県政記者クラブで会見を開き、カメラの前でこう訴えたのだ。
「学校が設置した第三者委員会が約1年4カ月の調査の結果、息子の自殺の主たる要因を『同級生によるいじめ』と認めました。なのに、学校側は不服だとして受け入れてくれません」
第三者委の結論を学校側が拒絶するという前代未聞の事態は、地元メディアだけでなく、全国紙やテレビのワイドショーもこぞって取り上げ、センセーショナルに報じられた。
2013年に制定されたいじめ防止対策推進法に基づき、子供が自殺して背景にいじめが疑われる場合、学校または学校の設置者には真相究明と再発防止が義務づけられている。その手段として一般的に用いられるのが第三者委というシステムで、これを否定することは現行のいじめ対策に関する法制度を骨抜きにする行為に等しいからだ。
騒ぎが大きくなる一方で、学園は沈黙を貫いた。
長崎県・私立海星学園 杉山拓也/文藝春秋
報道陣の取材には何も語らず、弁明のために会見を開いたり、積極的に声明を出したりすることもない。頭と四肢を引っ込めて甲羅の中に籠城する亀のように、ただ嵐が過ぎ去るのをじっと待ち、やり過ごそうとしているようだった
大助さんとさおりさんの告発会見から約3カ月後、飽きっぽい世間の人々の記憶から勇斗くんの死が薄れ始めた頃に、海星高の別の生徒が学校の敷地内で自殺した。
共同通信の長崎支局で事件担当の記者をしていた私は、ここに至ってようやく事態の深刻さを悟った。立て続けに生徒が死を選ぶ学校というのは、やはり普通ではない。何が悲劇を繰り返す温床になっているのかを知るために、勇斗くんの遺族に連絡を取った。別の用事があって2月の会見には出席していなかったので、私の勇斗くんに関する取材はこの時に始まった。
両親は私を含めてどんな記者に対しても親切で、たいていの質問には真摯に答えてくれた。「学校を息子の死と向き合わせたい」という気持ちが、そうさせたのだろう。私はその思いに少しでも応えたくて、2人が悩み苦しみ、もがきながら学校側と対峙する様子を記事に書き続けた。
だが、学校側が態度を改めることはなく、事態はなかなか進展しない。時間だけがいたずらに過ぎた。いつからか、勇斗くんの自殺はマスメディア的には「終わったこと」のように扱われ、ニュースに取り上げられる頻度は激減した。
気付けば、この問題にこだわっている記者は、私一人になっていた。後で聞いた話だが、遺族は当初、報道機関を全面的には信用していなかったそうだ。海星高がテレビや新聞に広告をよく出していたためで、裏で繋がっているのでは、という疑念を捨てられなかったという。
だからなのか、取材に応じてくれる割には、資料の提供は慎重だった。いじめと自殺の因果関係を認定した第三者委の報告書も、見せてはくれるが「私たちの手から渡ったことが学校に知られたらまずい」とコピーは取らせてもらえなかった。記者が入手した資料の出元を他者に明かすことはない、と説得しても駄目で、私は同僚と3人がかりで、A4用紙64枚に及ぶ文書の全てをパソコンでワードファイルに打ち込んだ(報告書は後に学校側がホームページ上で公開)。
付き合いが長くなるにつれて、少しずつ信頼してくれるようになったのか、遺族は2020年の春ごろ、「実は……」と、学校側や行政とのこれまでの会話をほぼ全て録音していたことを私に打ち明けてくれた。
大助さんとさおりさんは極めて理性的で、善良な人物だ。学校やいじめの加害者に対しては当然、強い憎しみもあるだろうに、それは決して表には出さない。そんな2人だから、相手に無断で録音したものを、第三者である私に託すことには、後ろめたい気持ちも少なからずあったことだろう。
一方で、勇斗くんの死後に何が起きたのかを検証する上で、これほど強力な物証は他にない。この録音に残された登場人物の会話を精査するうちに、まだ公になっていなかった事実が、次々と明らかになっていった。
3年の取材で見えたもの 本書に記された当事者たちの会話の中身が生々しいのは、この録音の書き起こしを基に構成しているからである。そこに私の3年間の取材成果を加えて、大助さんとさおりさんが愛息の死後に辿った道筋の全貌を綴った。 子供が自殺すると、その親にはどんな現実が降り掛かるのか。何を考え、どう行動せざるを得なくなるのか。ましてや、いじめが原因と疑われるのに、学校側がそれを認めなかったとしたら。 そのリアルを少しでも感じ取って頂ければ幸いである。◆◆◆【厚生労働省のサイトで紹介している主な悩み相談窓口】▼いのちの電話 0570-783-556(午前10時~午後10時)、0120-783-556(午後4時~同9時、毎月10日は午前8時~翌日午前9時)▼こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556(対応の曜日・時間は都道府県により異なる)▼よりそいホットライン 0120-279-338(24時間対応) 岩手、宮城、福島各県からは0120-279-226(24時間対応)(石川 陽一/ノンフィクション出版)
本書に記された当事者たちの会話の中身が生々しいのは、この録音の書き起こしを基に構成しているからである。そこに私の3年間の取材成果を加えて、大助さんとさおりさんが愛息の死後に辿った道筋の全貌を綴った。
子供が自殺すると、その親にはどんな現実が降り掛かるのか。何を考え、どう行動せざるを得なくなるのか。ましてや、いじめが原因と疑われるのに、学校側がそれを認めなかったとしたら。
そのリアルを少しでも感じ取って頂ければ幸いである。
◆◆◆
【厚生労働省のサイトで紹介している主な悩み相談窓口】▼いのちの電話 0570-783-556(午前10時~午後10時)、0120-783-556(午後4時~同9時、毎月10日は午前8時~翌日午前9時)▼こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556(対応の曜日・時間は都道府県により異なる)▼よりそいホットライン 0120-279-338(24時間対応) 岩手、宮城、福島各県からは0120-279-226(24時間対応)
(石川 陽一/ノンフィクション出版)

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