「麻薬取締官」を騙った“チンピラ密売人”に惚れて…美貌の女子大生はなぜ“シャブ地獄”へと堕ちたのか

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第1回【「潜入捜査で半月ほど留守にするけど心配するな」…美人女子大生をダマした「ニセ麻薬取締官」の呆れた手口】からの続き
知られざる麻薬取締官の活躍を描くWEB漫画『蜜の味』を無料で試し読み。『マトリ ―厚労省麻薬取締官―』(新潮新書)の著者・瀬戸晴海氏が監修する迫真のストーリーが話題だ
麻薬取締官だった筆者の名前を騙り、バーでアルバイトをしていた女子大生と交際を始めた密売人A(当時25)。まもなく自身のバッグに覚醒剤を所持していた容疑で、“ほんもの”の麻薬取締官によって逮捕された。
Aは「あいつ(彼女)や麻薬取締官のことは一切言いたくない……。オレは詐欺師じゃないんだ。黙秘する」と言いながらも、バッグの中の覚醒剤については「自分で使用するシャブだ。女は関係ない」と概ね容疑を認めた。彼女や叔母に迷惑はかけられないと思ったのだろう。逮捕時にも少量の覚醒剤を所持しており、これも自分のブツだと是認している。事件としては実に単純で、我々も容易に解決する思った。だが、事態は急変する。なんと彼女がブツをもって出頭してきたのだ。
(全2回の第2回)
「隠していてごめんなさい。これ、彼からもらったエス(覚醒剤)なの。“潜入捜査官は薬物をやらざるを得ない。特別な許可を得ている。オレと一緒だったら大丈夫だから”と勧められて一緒に使うようになって……。彼は注射だけど、私は炙り。彼が留守の間も一人で使っていました……」
どのような捜査であっても捜査官が薬物に手を出すことは許されない。当然ながら違法である。
一方で、彼女は“炙り”の方法を次のように説明した。ガラス製のアトマイザー(小瓶)の中にエスを少量入れて、下からライターの火で炙ると白い煙が立ちのぼる。それを短く切ったストローなどでゆっくりと肺に吸い込む。すると、数分もしないうちに意識が覚醒するという。
彼女は続ける。
「頭がスッキリして嫌なことを全て忘れられる……。でも、エスをやると眠れなくなって食欲も落ちる。その上、最近はやめられなくなっちゃて……。エスも彼との時間も全て清算したい。いまはそんな気持ちになっています。私を逮捕してください」
我々は衝撃を受けた。同時に、彼女の真面目さと律儀さに感動したのも事実だ。Aに彼女が出頭してきたことを伝えると「そんな、どうして……」と言葉に詰まっていた。
令状を取得して彼女の部屋を捜索すると、ガラス瓶などの使用器具が見つかった。尿からも覚醒剤反応が出た。
だが、彼女には、逃走及び証拠隠滅の恐れがないと判断でき、また、叔母と地方から出てきた母親が同居しながら監視すると確約したため、身柄不拘束事案にすることとなった。
彼女は執行猶予付き判決を経て、無事に社会復帰を果たす。他方、Aは懲役3年の実刑判決を受けて服役した。Aは弁護士を通じて、彼女に「ごめんな、巻き込んでしまった」と伝えたのみで、詳細なことは口にしなかったという。
それから4年が過ぎた頃、早朝にAから弱々しい声で電話があった。
「あの時はすみませんでした。本当にすみませんでした」
――おお、いつかの“にせもの”か。元気にしてるか?
「シャバには1年前に出てきました。すいません、実はお願いあるんです。自首させてほしいんです。ただ、いま動けなくて……」
――どうした? 怪我でもしているのか?
「はい、怪我をして知り合いの女のアパートに避難しています。ブツも少しあります」
Aは、はっきりとは言わないが、シャブの関係でなにやら揉めて、助けを求めてきたのだろうと私は思った。
我々はAから伝え聞いた知人のアパートを訪ねた。下町の路地奥にある、外階段が設置された昭和風のアパートだった。呼び鈴を押すと、恐る恐るといった感じで扉が開いた。
次の瞬間、「えっ!なんで……」と私は絶句してしまった。その部屋に“彼女”がいたからだ。痩せ細り、少し病んで見えるが、かつてAに騙された彼女に間違いなかった。髪はボサボサで化粧っけは全くない。
「ごめんね、ごめんなさい。実はあれから……」
私は彼女の姿を見て一瞬固まったが、まずはAの怪我の状態を確認しなければならない。部屋の奥にはAとおぼしき男が横たわっている。我に返った私は「まぁ、いいから。話は後で聞く」と彼女を遮ってAに近づいた。顔全体が腫れあがり、鼻も半分つぶれていた。前歯は折れ,右の下唇も少し垂れ下がっていた。髪には血糊が付着している。左足も怪我しているようだ。そして何より、怯えていた。
「商売用のシャブを盗んでしまい、ボコボコにヤキを入れられました。“指を持ってこい”とも言われてます。ブツは少しですが、ここにあります。お願いします」
女も懇願してきた。
「なんとかこの人を助けてください。このままだと殺されます。私もシャブ喰っているから一緒に連れて行って……」
私たちは女の言葉に耳を疑った。それと同時になんとも言えない寂しさを覚えたのも事実だ。
Aの治療が落ち着いた段階で、私はAと女を覚醒剤所持事実で逮捕した。Aはこれまでの経緯についてこう語った。
「若かったせいもあって、駅で彼女を見て一目ぼれしたんです。尾行してバイト先のバーを突き止めました。そして瀬戸さんを装って彼女を騙し、シャブを教えました。瀬戸さんの名前を使ったのは、外見が少しオレに似ている気がして。それに、実在する麻薬取締官なので、照会されてもバレないだろうと思ったからです……。2ヵ月留守にしたのはシャブの借金で追われて,地元の元カノのところへ匿ってもらっていたんです。彼女には拘置所から手紙を出して詫びを入れ、出所してから会いに行って許してもらいました。実はオレ、本気で惚れていたんです。出所した後、いまはある組織に所属しています。ですが、小分けと配達ばかりさせられてまともな金をくれません。それで何回か商品に手を付けてしまい、こんなざまに……。自分はヤクザにもシャブ屋にも向いていません。何をやっても“にせもの”です」
一方、彼女はこう語った。
「土下座して涙ながらに謝られているうちに、なんだか可愛そうになって許してしまいました。そしたら、いつのまにかこうなってしまって……。母からも叔母からも絶縁されています。大学も卒業目前だったのに、なんでこうなったのだろう。時々そう考えるけど,もう仕方がないですよね……」
我々は薬物事件を通じて多くの悲劇を見てきた。この男女のドラマもそのひとつだろう。シャブが絡むとこうなる。男も傷つくが、女はもっと傷つく。実に悲しい世界だ。
第1回【「潜入捜査で半月ほど留守にするけど心配するな」…美人女子大生をダマした「ニセ麻薬取締官」の呆れた手口】では、「ニセ取締官」がどのように女子大生と知り合い、恋仲となったかが明かされている。
瀬戸晴海(せと はるうみ)元厚生労働省麻薬取締部部長。1956年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒。80年に厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用。九州部長などを歴任し、2014年に関東信越厚生局麻薬取締部部長に就任。18年3月に退官。現在は、国際麻薬情報フォーラムで薬物問題の調査研究に従事している。著書に『マトリ 厚生労働省麻薬取締官』、『スマホで薬物を買う子どもたち』(ともに新潮新書)、『ナルコスの戦後史 ドラッグが繋ぐ金と暴力の世界地図』(講談社+α新書)など。
デイリー新潮編集部

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