京アニ事件で娘亡くした父、社員に向け「作り続ける作品が希望と感動を与えていることは遺族の誇り」

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36人が犠牲になった京都アニメーション放火殺人事件の発生から今月18日で5年となるのを前に、事件を伝えるための碑が14日、京アニ本社がある京都府宇治市内の公園に完成した。
遺族や京アニ社員ら93人が参加して報告会が開かれ、参加者らは犠牲者に思いをはせ、遺志をつないでいく決意を新たにした。(京都総局 森谷達也)
京アニには事件後、国内外から総額30億円超の寄付金が集まり、碑は、支援への感謝を示す象徴として、京アニや遺族らでつくる有志の会が制作した。
「志を繋(つな)ぐ碑」と名付けられ、宇治市の京阪宇治駅近くの「お茶と宇治のまち歴史公園」に設置。高さ約3メートルのアルミ製で、犠牲者の数と同じ36羽の鳥が空に向かって羽ばたく様子を京アニ社員がデザインした。「夢と情熱を人から人へ」との碑文が刻まれたプレートは、アニメの作画用紙をモチーフにしている。
報告会では「事件から5年がたとうとしていますが、私たちは大切な仲間のことを忘れたことはありません。(碑が)おもいを寄せる象徴となることを願っています」との社員代表のメッセージが読み上げられた。
その後、八田英明社長が「36人の志を鳥に託し、長く記憶にとどめるため、多くの支援に対する感謝の思いを込めて制作した」とあいさつ。碑は宇治市に寄贈され、八田社長から松村淳子市長に目録が手渡された。
事件で娘を亡くした父親も遺族代表としてあいさつに立ち、社員に向けて「亡くなったスタッフの情熱や技術は今も皆さんの中で生き続け、作り続ける作品が多くの人々に希望と感動を与えていることを、遺族は誇りに思っています。素晴らしい作品を作り続けてください」と語りかけた。
午後2時からは一般公開され、訪れたファンが手を合わせていた。京アニなどは献花は控えるよう呼びかけている。
碑には、犠牲者の名前は記されていない。京アニは今回とは別に、事件現場となった京都市伏見区の第1スタジオ跡に犠牲者の名前を刻んだ非公開の慰霊碑を設けるとしている。事件から5年となる今月18日には、跡地で非公開の追悼式が営まれる。
碑が設置された宇治市と京アニの関係は深い。
京アニは、多くのアニメ制作会社が東京に集中する中、1985年の会社設立時から同市に本社を置き、大手の下請けから国内有数の制作会社に成長した。同市は作品の舞台にもなり、事件では多くの市民が心を痛め、京アニを支えてきた。
「事件で地元も大きなものを失った」。同市にある許波多(こはた)神社の神主・木村顕治さん(59)は振り返る。
同市は、吹奏楽に打ち込む高校生らの青春を描いた京アニ作品「響け!ユーフォニアム」シリーズ(2015年~)の舞台になった。木村さんは、モデルとされる京都府立東宇治高校吹奏楽部出身で、「駅や通学路など何げない風景を丁寧に描き、地元の魅力を引き出してくれた」とファンになった。
2019年6月に続編の制作が発表されていたが、その1か月後に事件が起きた。4割もの社員が巻き込まれ、木村さんは再建は難しいと考えていた。しかし、国内外のファンの応援を受けながら、少しずつ制作を再開する京アニに力づけられた。
22年4月、その京アニから連絡があった。待ち望んでいた「響け――」の続編で、神社を舞台にしたいという。翌月には京アニのアニメーターが訪れ、境内や社殿を撮影していった。今年4~6月に放送された作品には境内に何げなく置いていた自転車まで描かれ、「ここまで細かく再現するのか」とその情熱に驚かされた。
今、神社はファンが訪れる「聖地」の一つとなっている。作品には大神輿(みこし)が登場し、これまでは祭事の時以外は非公開だったが、最近はファンが集まる週末を中心に公開している。
木村さんは「新作は以前と比べても見劣りしなかった。京アニが事件を一つ乗り越えたということだと思う。京アニやファンのため、この場所を大切に守り続けたい」と力を込めた。
◆京都アニメーション放火殺人事件=2019年7月18日午前、京都市伏見区の京アニ第1スタジオが放火され、社員ら36人が死亡、32人が重軽傷を負った。青葉真司被告(46)が殺人や殺人未遂など五つの罪で起訴され、京都地裁は今年1月、求刑通り死刑を言い渡した。被告は大阪高裁に控訴したが、控訴審の開始時期は決まっていない。

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