東京都板橋区の住宅街の一角に佇む「縁切榎(えんきりえのき)」という小さな神社をご存知だろうか。
他人に呪いをかけられる、嫌いな相手と縁が切れるとの触れ込みでオカルト界にその名を馳せ、境内には誰かへの憎しみに溢れた絵馬が所狭しと奉納されている。
実は、この絵馬には、呪いたい対象の氏名はおろか、完全な住所まで記入されているケースが少なくない。今でこそ絵馬の内容を隠すシールが貼られているが、数年前までは呪詛の言葉と個人情報がずらりと並ぶ驚くべき光景が広がっていた。
今年創刊27年目を迎えた月刊誌「裏モノJAPAN」では、ごく普通の人々の暮らしや悩み、気になる行動を取材したルポルタージュを定期的に掲載。特に人気の22本を収録した新刊『調査ルポ この日本の片隅で』(鉄人社)では、「呪いの絵馬を書かれた側の言い分」にも迫っている(取材実施は2018年)。
自分の名前が書かれた“呪われさん” は、書いた人との間に実際、何があったのか?
同書より、一部抜粋、再編集した上で紹介する。
最初にピックアップしたのは下の絵馬だ。
【絵馬の内容】
●●●●(本名と住所)のクソ野郎にパワハラされた恨みを晴らしたい。お前は地獄に落ちて永遠に苦しめ!
どえらい罵られっぷりである。地獄で永遠に苦しめだなんて。パワハラの文字があるあたり、職場の部下から恨みを買ったとか、そういう類の話なのだろうか。
週末の午前、絵馬に書かれてあった住所へ。目的の家は新築の戸建てと古い民家が混在する住宅街にあった。建物自体はこぢんまりとしているが、オシャレな外観で、ガレージには外国の高級車が停まっている。
やや緊張ぎみにインターホンを鳴らす。
「はい」
大人の女性の声だ。当人の奥さんだろう。
「あの、●●さんはご在宅でしょうか」
「おりますけど、どちら様?」
「出版社の者なんですが、少しご主人にお聞きしたいことがございまして」
「はあ。少々お待ちください」
まもなく玄関のドアが開きパジャマ姿の男性が顔を出した。歳のころは50前後。かつてスポーツでもやっていたのか、大柄でガッチリとした体格だ。取材の趣旨を説明した後、絵馬の画像を提示する。
「これに、●●さんの名前と住所が書いてあるんですが、何 か心当たりはございますか?」
「何だこりゃ?ずいぶんヒドいこと書かれてるなあ。いやいや、ちょっと本当ナニこれ?うわ!!」
そう言って、しばし黙り込む男性。コワモテチックな顔に、ショックの色がありありと浮かんでいる。そりゃそうだろう。こんな憎しみのこもった罵詈雑言、誰に書かれようが気持ちのいいものではない。
男性が口を開く。
「最近、僕の部署で退職した人間が一人いるんだけど、たぶんそいつじゃないかな」
男性の勤め先は不動産系の有名企業で、営業部所属の彼は、そこそこのポジションにいるらしい。
「うちの会社ね、結構、ノルマに厳しいところがあるのね。成績が悪いと上からガンガン詰められる業界だし。まあ、だから離職率もそれなりに高いんだけど」
不動産の営業がキツいという話は聞いたことがある。人間関係のもつれが起きやすい環境なのだろう。
「ただね、僕が若手を叱ることはないよ。僕がカミナリを落とすのは各チームの長なんだけど、その最近辞めたってのが、チーム長の一人だったんだよね」
「ちなみに辞職の理由は何だったんですか」
「たしか同業他社への転職とかだったかな。でも人づてに聞いた話だと、僕の指導にかなり参ってたみたい」
「パワハラされたようなことも書かれてましたよね」
「いや、それはさぁ」
呪われさんが頭をポリポリしながら苦笑いを浮かべる。
「パワハラの定義がなんなのかわかんないけど、僕が部下をドヤすのは叱咤激励のつもりなんだよね。そいつに期待してるから真剣に怒るわけで」
少しヒゲの伸びたアゴをジョリジョリやりながら、ふうっとため息をつく男性。
「けどさ、なってないよね」
「何がです?」
「いや、そいつさ、歳が30ちょいだったんだけど、そんくらいの世代から下って本当に根性がないんだよ」
「そんなもんですか」
「そうだよ。ちょっと怒鳴られたくらいですぐ仕事辞めるんだもん。挙げ句に逆恨みまでして上司を呪うって、どうかしてるよ。そいつさ、職場では結構明るい性格だったんだけど、人って見かけによらないな」
次の絵馬もまた強烈だ。
【絵馬の内容】
●●●●(住所)の●●●(名前)に不幸を与えてください。地獄に送ってください。最低の人生で苦しめてください。世田谷区 K・N
辛辣な言葉がこれでもかと書き連ねてある。呪うに至った背景は読み取れないが、書き手の住所とイニシャルも書かれてあるので、呪われさん本人に見せれば簡単に判明しそうだ。
絵馬の住所に建っていたのは、オートロック無しのやや古いマンションで、入口の集合ポストをチェックすると、目的の人物と同じ苗字の部屋が一つだけ表示されている。ここで間違いないようだ。
インターホンを押す。応答はなく、いきなりドアが開いた。
「はい?」
顔を出したのは30歳過ぎの男性で、どこか善良そうな雰囲気だ。が、こちらの身なりを見た途端、露骨に不審の目を向けた。さっそく、訪問の目的を伝え絵馬の画像を見せる。
「というわけなんですけど、世田谷のK・Nって人、心当たりあります?」
「K・N?え~誰だろ?」
険しい顔をして腕を組んでいる。ちょっと意外な反応だ。これほどすさまじい恨みを買っていれば、普通、何か心当たりがありそうなものだが。しばし首を傾げ続けていた彼が、ふいに目を見開く。
「あ~わかった!はいはい、あいつだ、あいつ」
「どういうご関係なんです?」
「ご関係も何も、そいつ、僕のクルマにケリ入れやがったんすよ」
なんでも、彼が地元でクルマを運転していたある晩、赤信号の横断歩道をフラフラと歩く男にクラクションを鳴らしたところ男が逆上、いきなり車のサイド部分を蹴りつけてきたのだという。
「で、クルマを降りて何すんだって言ったら、そいつ、もうベロベロに酔ってて。とりあえず普通に警察を呼んで、器物破損の被害届を出したんですよ」
しかし警察署に移動した途端、すぐに男からクルマの修理代を支払うとの申し出があり、彼も被害届を取り下げたため示談が成立することに。が、そこで新たなトラブルが起きる。
「後日、修理代の見積もりを送ったんですけど、何だかんだ言い訳して、払おうとしないんですよ」
結局、呪われさんが裁判をチラつかせたことで、男は渋々、彼の自宅まで修理代を持参してきたものの、そこでまたもや不快な気分を味わったそうだ。
「封筒を受け取るとき、面と向かって言われたんですよ。あんたには人情がないのか、最低だなって。ちょっとヤバくないすか?10対0で完全に自分が悪いのに、被害者ヅラするなんて」
男性がタメ息をつく。
「でも冷静になったら、あいつが呪いの神社に行ってたってのも納得っすね。だって、そういうのって、もともと頭のオカシな人のやることでしょ」
つづく記事〈「これ、僕を呪ってる人?先週も一緒に飲んだ友達だ…」《縁切り神社の絵馬》に名前と住所が書かれていた人を訪ねてみた〉では、呪いの絵馬に名前と住所を書かれた”呪われさん”の知られざる事情をさらに紹介する。
【つづきを読む】「これ、僕を呪ってる人?先週も一緒に飲んだ友人ですよ」…縁切り神社の絵馬に名前と住所が書かれていた人を訪ねてみた