今年9月11日、東京都や神奈川県などの都市部で1時間に100ミリを超える猛烈な雨が降り、各地では川の氾濫といった水害や浸水被害の報告が相次いだ。
なかでも神奈川県川崎市の武蔵小杉エリアは甚大な浸水被害に見舞われた。報道されたニュース映像を見てみると、JR武蔵小杉駅改札口付近は、辺り一面浸水しており、駅の利用客がズボンをまくり上げて水の中を歩くほどの被害状況となっていた。
武蔵小杉エリアは、以前も深刻な浸水被害に見舞われたことを覚えている方も多いだろう。2019年に発生した台風19号で、武蔵小杉駅周辺のタワーマンション「パークシティ武蔵小杉ステーションフォレストタワー」の1階フロア部分が浸水。停電や断水に陥り、トイレが使用できなくなるというトラブルが起こったのだ。
そんななかネットでは、今年の大雨で再び武蔵小杉の浸水問題が注目されている。Xでは武蔵小杉特有の地形について以下のようなコメントが見られた。
《元々、あそこは沼地だったのよ。古くからの地元民なら知ってる》
《元々、多摩川がくねくねと蛇行していた低地を埋めて工業用の用地としたのだから、水が溜まりやすいに決まっているんですよね。》
武蔵小杉の地は多摩川の流路であったため、周囲の土地よりも低く、水はけの悪い地形となっているのだ。
SUUMOの実施する「住みたい街ランキング2025首都圏版」で上位ランクインし、「ムサコマダム」なる造語も生まれるほど憧れの街として認知されるようになった武蔵小杉。その一方で深刻な水害が度々話題になるが、なぜ一向に対策がなされないのか。
今回はマンション事情などに詳しい住宅ジャーナリストの榊淳司氏に、武蔵小杉で続く浸水問題について伺った。(以下「」内は榊氏の発言)
武蔵小杉の再開発はどのように始まったのか、まずはその経緯について解説していただこう。
「以前の武蔵小杉エリアは工業地帯で、ほかには広いグラウンドや飲み屋街があるような場所でした。再開発のきっかけとなったのは2000年代にエリア第1号となるタワーマンションが建ったこと。そこから再開発用地として注目され始め、2010年代にかけて武蔵小杉は一気に“タワマンブーム”を迎えたのです。
2008年のリーマンショックで一時期勢いを失いましたが、その後も“作れば売れる”といった状態でタワマンが次々に建設されていったという流れです。武蔵小杉駅には東急東横線、東急目黒線、JR南武線、JR横須賀線(2010.3開業)など複数の路線が通っており、都心などへの電車のアクセスが良いことが特徴。こうした路線の増加もタワマンブームとともに進み、エリア人気の追い風になったと考えられるでしょう」
さらに榊氏はタワマンブーム当時の状況についてこう説明する。
「タワーマンションの建設に関しては自治体の裁量権が大きく、民間企業は許認可を仰ぐ立場です。例えば京都市(京都府)や鎌倉市(神奈川県)といった歴史的な街並みが特徴的である自治体は、観光地としての景観を保つためタワーマンションの建設が厳しく制限されています(鎌倉市の場合は「大船」駅近辺は緩やか)。
しかし、武蔵小杉のある川崎市の前市長は、『人口が増えることは良いこと』と考えるタイプで、デベロッパーなどの民間企業と手を組んでタワマン建設計画を着々と進めていったのでしょう。また、武蔵小杉でタワマン建設が始まる数年前に、ちょうど建築基準法改正があって、タワマンが建設しやすくなったことを受け、再開発が本格化していったという流れでしょう。そもそも武蔵小杉という利便性に優れた土地が、再開発的な動きが始まる以前の20~30年ほど手つかずの状態であったことのほうが珍しかったとも言えます」
とはいえ、もともと川の流れていた「旧河道」と呼ばれる地形は、低地で水が溜まりやすく、水害が発生しやすいことで知られており、武蔵小杉のエリアもそれに当てはまる。自治体やデベロッパー側はそういった地形の特徴をきちんと認識していたのか疑問だ。
「はっきり言って水害のリスクについてはあまり検討されていなかったのでしょう。検討されていたにしても、近頃の武蔵小杉の浸水問題を振り返ると、その認識や想定が甘かったと言わざるを得ません。
なぜ水害のリスクを軽んじていたのか、理由は不明です。おそらく再開発以前の何十年も、武蔵小杉は大きな水害に見舞われた経験がなかったか、それまで住宅街ではなかったためマンションを建てることで発生する水害のリスクを充分に考慮できていなかったか、そういった原因が考えられます」
タワマンバブルによって栄えた武蔵小杉だが、万全な災害対策がされていなかったという点はやはり否めないようだ。冒頭で紹介した2019年の台風19号で深刻な浸水被害に見舞われた「パークシティ武蔵小杉ステーションフォレストタワー」のトラブルは、不動産業界でもかなり話題になったという。
「当時は大勢のマスコミも駆けつけ、かなりの騒ぎになっていましたね。なぜあの1棟のマンションだけ深刻な水害に見舞われたのかというと、まずはやはりマンションの立地の問題が挙げられます。浸水してしまったマンションは多摩川近辺にあり、大雨や台風によって川の氾濫のリスクが高かった場所でした。実際川から少し離れたほかのタワマンは、運良く深刻な浸水被害には見舞われませんでした」
ただ、榊氏は立地の問題だけでなく、多摩川が氾濫した際の川崎市の対応も原因だと指摘。
「川崎市の対応の問題点は、市街地への浸水を食い止めるための対応を怠ったことです。雨水により多摩川の水位が上がってきたら、通常は市街地に水が流れて来ないよう川につながっている下水管のゲートを閉じなければいけません。ですが川崎市はそのゲートを閉じなかったため、多摩川の水が下水管を逆流し、このマンション付近に下水が溢れたのです。この市の対応が浸水被害の大きな原因でしょう。その後川崎市は、浸水被害に遭った住民らから損害賠償請求のために提訴されています」
浸水被害に見舞われた「パークシティ武蔵小杉ステーションフォレストタワー」では、停電と断水によって、トイレが使えなくなるトラブルも起こっていた。これにはマンション建設時のデベロッパーであった三井不動産レジデンシャルが、トラブルの“火消し”に必死になっていたと榊氏は言う。
「あのマンションでは、地下3階に設置されていた電気設備が浸水したことで、マンション全体で停電が起こりました。しかし、川や海の近くのタワマンで、電気設備を地下深くに設置するというのは通常では考えにくいこと。当たり前ですが床下浸水や津波といった万が一のリスクに備えておくことが必要で、地上よりも高い位置に電気設備を備えておくことがセオリーだからです。
その後の復旧作業は、通常であればマンションの住民で構成された管理組合が予算を捻出して対応します。けれど明らかにマンションの設計に問題があったということで、この件はデベロッパー側が責任を取ったようです。このマンションのデベロッパーであり、管理会社であった三井不動産レジデンシャルは、当時この問題がかなり大々的に取り上げられたためか、管理組合に代わって総がかりで復旧作業を行っていました」
自治体の災害時対応ミスやデベロッパーの設計ミスなど、武蔵小杉のタワマン浸水被害には複数の原因が絡んでいたようだが、現在の武蔵小杉エリアは浸水対策が進んでいるのだろうか。
「1時間に100ミリを超える大雨にはまだ完全に対策ができていないのではないでしょうか。というか武蔵小杉に限った話ではなく、そもそも日本における街づくりの基準では、1時間に50ミリを超える雨に耐えられるようにすれば問題ないことになっていたんです。2019年の台風19号の際には1時間に100ミリを超える雨が3~4時間降り続き、今回の大雨でも1時間100ミリを超える記録的な大雨でしたが、このようにまれにみられる大雨にまで耐えられるような街づくりをするとなると、かなり莫大な予算がかかります。
台風19号の際、市街地は一時的に浸水したものの、翌朝には水が引いていたそうです。本来武蔵小杉は水はけの悪い低地ですが、このように水ができるだけ早く引くような対策はされているはずなんです。それからさらに、タワマン浸水トラブルのときにかなり取り沙汰されたり自治体も訴えられたりしているので、市ではできる限りの対策はさすがに行なっているでしょう。とはいえ武蔵小杉だけ特別に、1時間100ミリクラスの大雨を想定して浸水対策を強化することも、なかなかできないというのが現実ではないでしょうか」
榊氏は最後に「住む側もその土地のリスクを考慮しなければならないのでは?」と警鐘を鳴らしてくれた。武蔵小杉のような河川近辺のエリアや湾岸エリアなど、水辺の街に住む際には、その土地がどういった地形で、どういった水害のリスクが想定されるのかを考慮・検討する必要があるようだ。
(取材・文=瑠璃光丸凪/A4studio)

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