東京拘置所で執行を待つ死刑囚たちの知られざる生活ぶりを、2013年、身の回りの世話をした元受刑者(衛生夫)が「週刊新潮」誌上で証言している。【前編】では、連合赤軍やオウム真理教元幹部の秘められた拘置所生活を記した。【後編】では、執行が行われた日の死刑囚たちの様子や、拘置所内で問題視されている著名死刑囚の生活ぶりについて詳述する。【前後編の後編】(「週刊新潮」2013年2月7日号記事を一部修正の上、再録しました。文中の年齢、役職等は当時のものです)
***
【写真】獄中でも「問題児」と言われる著名凶悪死刑囚とは
元厚生事務次官宅連続襲撃事件(死者2名)の小泉毅(51=当時)も扱いに苦慮する死刑囚だった。保健所で殺された犬の仇討ちのために厚生次官を襲ったと自供した事件である。
「小泉はさいたま拘置支所から移送されてきたのですが、はじめから揉めていました。フロアの中でも要注意の人物は、房の中への物品の持ち込みが制限されます。その制限のことで揉めていたようで、“一切、何も食わない”といって8カ月も食事をしなかったのです。拘置所も最初の1週間ほどは様子見をしていましたが、さすがにまずいと思ったのか、その後は栄養剤を1日5回ほど与えていました。でも、この栄養剤は1本500円ぐらいします。彼が入ってきたのは春で、食事をしたのは翌年の正月から。一人の担当官と仲良くなり、彼の説得でようやく食べ始めたのです。犬を殺されただけで元厚生事務次官を襲撃して殺傷するほどですから、やはり思い込みの激しい人間ですね。それにしても8カ月分の栄養剤は全て税金から支払われているわけです」(元衛生夫、以下同)
死刑囚1人当たり、年間およそ600万円の費用がかかるという試算もあるが、91歳になった現在(=2013年当時)も東京拘置所に収監されている男性の死刑囚もいる。埼玉県内で2人の女性を殺害して逮捕されてからすでに30年以上もの拘置所暮らしである。
「車椅子生活ですが、耳が遠いくらいで元気そのものです。食事も残しません。たまに食べ切れない時は、隠しておいて、自分で買っておいたごま塩をふりかけておにぎりにして食べているぐらい。体重も70キロ程度はあります。私の知っている90代の中では、間違いなく一番元気な人。薬もちゃんともらえるし、移動する時は、職員が車椅子を押してくれます。彼にとっては老人ホームで暮らしているようなものなのでしょう。死刑囚は月に4回ビデオを借りて見ることができるのですが、この老死刑囚はアニメの『エヴァンゲリオン』を借りて見たものの、“よくわからん”と10分ほどで見るのを止めてしまいました」
同じフロアの奥の房には、秋葉原無差別殺傷事件の加藤智大(30=当時)もいた。2008年、秋葉原の歩行者天国にトラックで突っ込み、3人をはねて殺害し、4人をナイフで殺害した事件である。
「我々は彼のことを“カトちゃん”と呼んでいましたが、とても大人しい人です。クロスワードパズルの本を購入して、房で問題を解いたり、枡目を塗りつぶしてばかりいました。車で事件を起こしたにもかかわらず、カー雑誌もよく読んでいましたね。2012年、カトちゃんは段ボール3箱分の訴訟資料を全て捨ててしまいました。担当官は“本当にいいの?”と何度も確認していましたが、本人は“いい”と。ちょうどその頃、手記『解』を書き終えたばかり。まだ上告中なのですが、執筆が終わったらもういらなくなったということなのでしょうか」
元衛生夫がこのフロアで働いていた期間中、死刑執行は2度あったという。
「執行について、私たちは事前に何も知らされていません。執行の日もいつものように朝食が終わった頃、急に担当官から呼ばれ、”ちょっとお前たち外に出るぞ”とフロアから連れ出されました。“あれ、いつもと違うな。おかしいな”と思いながら、別の作業をして20分ほどしてフロアに戻されました。すると、房の一つはすでに電気が消され、暗くなっていたのです。ここで私たちは“あ、死刑が執行されたな”と初めて気づく。1時間ほどすると、“房の荷物をまとめてくれ”という指示が出ました。房を掃除し終えると、床に塩を撒きました。遺品は引取人がいる場合は渡し、いない場合は焼却処分されます」
死刑執行は他の死刑囚たちも気配で勘づくという。
「私たちに“今日、あったんでしょう?”などと聞かれます。普段は好き放題な生活を送っているように見える彼等もやはり死刑は怖くて仕方がないようです。執行された夜は大変だと聞きました。夕方に死刑執行のニュースが流れると、死刑囚たちは“バカヤロー! どうなっているんだ”と声をあげ、法務大臣の名を叫び、ドアを蹴ったり、暴れたりしたそうです。翌朝、ぐったりした夜勤の職員が前夜の様子を話してくれました。担当官も、翌日、死刑囚たちから執行への不安を打ち明けられて、てんてこ舞いでした」
死刑囚は法務大臣が代わるたび、大臣の死刑に対する考え方に強い関心を示すという。
「大臣就任の翌日の新聞に死刑へのスタンスが報じられます。鳩山内閣で千葉景子法務大臣が誕生した時、彼女は死刑廃止論者と伝えられたので、“当面ないな”と死刑囚の一人は言っていました。民主党政権時代は皆、割と安穏としていたように思います。しかし、滝実大臣が執行してから、何人かが急に再審請求の書類を取り寄せていました。日頃、“俺は再審請求はしない。絶対に死ぬ”と言っていると耳にしていた死刑囚がいて、私は“潔い人だな”と思っていたのですが、彼も手に入れたと聞いて、やはりいざとなると生に固執するんだな、と驚いたものです。また、ある死刑囚は2012年秋に共犯者の死刑が確定したばかり。“次は俺の番だ”と騒ぎ、日に日にうつ状態になっていきました」
元衛生夫が見た死刑囚の中には改悛している者も何人かはいたという。
「マレーシア系中国人の死刑囚は反省の念は強かったし 、 女子中学生2人を殺害した 死刑囚も作業で稼いだお金を東日本大震災の募金に寄付していました」
それでも現在の死刑囚の処遇のあり方に疑問を感じたという。
「例えば、懲役で服役している人は朝から午後5時まで作業を課せられるのに、死刑囚は基本的に自由な生活です。何もしなくていい。彼等は自主契約作業といって、希望すれば、一袋3、4円で紙袋を折って収入を得ることもできます。中には月に3万円も稼ぐ人もいて、豪華な美術書を何冊も購入している。ところが、懲役の場合、時給5円から10円で始まる。いくら折っても月に500円から2000円ほどにしかならない。死刑囚は月に書籍を12冊購入できるのに、懲役は6冊。懲役には許されないビデオ鑑賞も死刑囚にはある。死刑囚は精神の安定を図る必要があるという理由で、ありとあらゆる面で厚遇されている」
死刑存廃の議論があるが、
「その前にあまりに世間のイメージと異なる死刑囚の生活を知っていただきたい。その上で受刑者の処遇の様々な矛盾や再審制度のあり方を考えてもらえればと思います」
***
この記事から12年、記事中の小泉毅死刑囚は、未だ執行が行われず、拘置所で暮らしている。「エヴァンゲリオン」を見た91歳の老死刑囚は、記事の翌年、前立腺がんで拘置所内で病死した。一方、加藤智大死刑囚は2022年に刑が執行され、今はこの世にいない。
現在、日本の確定死刑囚は105名。死刑制度や拘置所での待遇を巡り、さまざまな議論が起きているのは周知の通りだ。多少の変化はあったであろうが、現在の死刑囚の処遇も12年前の上記記事と概ね同様と見られる。彼らの拘置所での暮らしぶりについては、ほとんどがベールに包まれたままなだけに、貴重な証言である。
【前編】では、連合赤軍やオウム真理教元幹部の、リアルな拘置所生活について記している。
デイリー新潮編集部