死亡事故の発生率がずば抜けて高い「名阪国道」。「あ、もうダメだこれ」と何度も死を覚悟するこの道を「安全で楽しく走行できる方法」を考えてみよう(写真:Hiroko/PIXTA)
【画像】「あ、これアカンやつかも…」 歯を覚悟する「Ωカーブ」はこんな感じ
カーナビに導かれるままに国道に迷い込んだら、そこはとんでもなく危ない道で、冷や汗が大量に流れる……そんな帰省を過ごす人が、この時期になると現れる。舞台は「名阪国道」だ。
いったん名阪国道に入り込むと、巨大な円を描くような「Ωカーブ」と急勾配、トラックが連なる渋滞、天候の急変などが待ち構える……死亡事故の発生率も、全国的に見ると、ずば抜けて高水準だ。
実は、この道路はパッと見で高速道路に見えて、ただの自動車専用道だ。三重県と関西を結ぶ大動脈・名阪国道は、なぜ中途半端なつくりになってしまったのか? その歴史をたどるとともに、実際に1000回以上走行した営業マン(筆者)と「安全で楽しく名阪国道を走行できる方法」を考えてみよう。
三重県・亀山IC~奈良県・天理IC間の73.3kmに及ぶ名阪国道で、なぜ事故・トラブルが多発するのか? 最大の理由は、もはやダンジョンともいえる、「線形の悪さ、ヤバさ」にほかならない。
特に道路として凶悪なのは、奈良県・天理東IC~福住IC間の難所「Ωカーブ」だ。は、約10kmにわたって道路がΩ(オメガ。ギリシャ文字)状にぐにゃっと折れ曲がり、約400mもの高低差があるため坂道が続く。
ドライバーはこの急カーブと高低差をクリアするために、約10km・10分間にわたって、アクセルとハンドル操作をこまめに続けることになる。
名阪国道の「Ωカーブ」区間。この日は助手席で撮影。次の画像では、まさに「Ω」な地図画像をご紹介(筆者撮影)
「Ωカーブ」区間では、雨が降るとタイヤが浮き上がってスリップ(いわゆる「ハイドロプレーニング現象」)、冬場は平地が温かくて油断していたら、頂上付近は冷え冷えで道路凍結、といった温度差トラップにひっかかってスリップ、何もない日でも不注意でスリップ。
とにかく、スリップ事故が多い。
名阪国道 奈良県内区間(国土交通省 中部地方整備局資料より)
このスリップに巻き込まれる「もらい事故」も極端に多く、走行車線側のトラックが緩やかにスリップして、安全運転していた左側のトラックを巻き込んで、相撲でいう「浴びせ倒し」のように横倒しにする瞬間を見かけたこともある。
さらに、それを見て急ブレーキを踏んだ後続のクルマが玉突き衝突、カーブで先を見通せないために後続のクルマがどんどん突っ込んで……「Ωカーブ」は、こういった多重事故が極端に発生しやすいのだ。
名阪国道・奈良県内区間。「路肩が狭いので、事故車の待避できない」との記載がある(国土交通省 奈良国道事務所資料より)
さらに、ドライバーにとって手ごわいのは「天候の急変」。山岳地帯は積乱雲がたまりやすく、平地で晴れていても、山あいはゲリラ豪雨、という事態もよく起こる。
例えば、坂道を走行中にカーテンのような雨雲が正面からこちら側にグングン迫り、間もなく視界ほぼゼロのスコールに巻き込まれるなど。こういった事象が数分で起きるため、サービスエリアに逃げ込むこともできないのだ。
名阪国道の事故発生率。事故死亡率が全国ワースト1位だ/国土交通省中部整備局資料より
「高低差400mのΩカーブ」「道路の構造が貧弱」「天候の急変が多い」。だからこそ、名阪国道の死亡事故発生率は「10kmあたり0.95件」(通常の高速道路の3~4倍の確率)という高水準をキープしている。
こういった要因に加えて、両端が高速道路とつながっているために「そのまま流れで迷い込んだ」「カーナビで指示されてきた」ドライバーも多い。
特にお盆・年末年始は、滅多に運転しない「サンデードライバー」(サンドラ)も増え、名阪国道のカーブを戸惑いながら走行するクルマも多くみられる。
案内標識も緑色で一見して高速道路に見えるが、名阪国道は道路としてワンランク下の「自動車専用道」であり、高速道路にはあるまじきカーブの多さや坂道・路肩の狭さもそのせいだ。
迷ったらサービスエリア・休憩所で休むか、通行料は無料なのでそのままICで降りて休むか……名阪国道に入ってしまったら、とにかくこまめな休憩を心がけたい。
名阪国道はトラック・バスの走行も多い(筆者撮影)
ここまで走行に注意なら「回避ルートをとれば?」と考える方もいるだろう。しかし実際には、名阪国道は「1日5万台」と多くのクルマに利用されており、渋滞も至る所で当たり前のように発生する。なぜ、名阪国道はここまで重宝されるのか?
まず第1の原因、それはこの道路が「一大工業地帯・四日市と大阪方面を結ぶ最短ルート」だからだ。
三重県側の四日市市は三菱ケミカル・石原産業・ENEOS・東邦化学工業など600社以上の工場・事業所が立ち並ぶ、日本でも指折りの工業地帯だ。かつ、両端が高速道路と直通しているため名古屋・大阪方面への配送が容易でもあり、名阪国道沿いの三重県伊賀市にもLIXIL・ロート製薬・プリマハム・チョーヤなどの工場・物流倉庫がぎっしり立ち並ぶ。
こういった工場から全国に向かう配送車や資材運搬のトラックがきわめて多く、名阪国道を走行するクルマは大型車(トラック・バスなど)が4割程度にものぼるという。
資材を使う側の四日市市の需要家も「大阪と道路で直結している」ことが当たり前になっており、ちょっとした案件が発生するたびに「大阪から3時間あれば来れるでしょ? 午後イチで見積もり来てよ?」と、息を吸うように取引先を呼びつける癖がある(実際には順調に流れて2時間程度)。名阪国道は基本的に「働く人々・働かされる人々のための道路」なのだ。
こうして、名阪国道を走るクルマの4割が大型車(トラック・バス)、さらに社用車・配送車の走行が多い。大阪への速達ルートである「新名神高速道路」が10kmほど北側に開業してクルマはやや減少したものの、「通行料無料」の威力は絶大で、まだそれでも混み合っている。
かく言う筆者も、三重県全域を担当していた営業マン時代には、大阪市~四日市市の移動で名阪国道を週に何度も走行していた。軽トラに鉄管・長物や建築資材を最大積載量ギリギリに積んだ状態だったが、「あ、もうダメだこれ……」という体験を何度もしていた。もちろん、安全運転を心がけていたが、他のドライバーが安全運転できているとは限らなかった。
ここで、不思議に思わないだろうか。こんなに交通量が多いなら、なぜ名阪国道は高速道路として建設されなかったのだろうか。最初からそれなりの仕様・広さで建設していれば、事故や渋滞の発生も少なかったのではないか?
続く後編では、その辺りの事情を解説する。
(宮武 和多哉 : ライター)