病院などで使われる医療機器のカスタマーサポートには、ときに信じがたいクレームや理不尽な言動を寄せられることがある。
声を荒げるだけでなく、人格を否定するような暴言、さらには「出会い目的」ともとれるような発言まで……。
そう語るのは、医療機器メーカーのカスタマーサポートで受電対応をしていた松原彩さん(仮名・30代)だ。
相手は病院関係者とみられる男性。声を荒げながら、「お前のところの機械は欠陥品だ」「説明書通りに使っているのに壊れた」と責め立てた。松原さんはていねいに耳を傾け、問題点を冷静に確認していった。
ところが、30分以上の通話を経て、技術スタッフの派遣を案内した瞬間、相手の態度は突如として変化する。
まるで業務とはかけ離れた個人への接近を狙う言葉の数々に、松原さんは強い違和感を覚えたという。さらに、「会ってくれたら最新機を買ってやる」と、仕事と私情を混同した発言まで飛び出したのだ。
松原さんが断ると、相手は激昂した。
もはや「クレーム」の体裁すらない。職場の枠を超えて個人を狙う、悪質な発言のオンパレードだった。
恐怖を感じていた松原さんだが、背後から「代わります」と書かれたメモが差し出された。隣に立っていたのは、彼女の直属の男性上司だった。
普段は物腰が柔らかく、声を荒げることのない上司だという。その変化に、松原さんは驚きつつも、心底ホッとした。
通話後、同じ対応班の同僚たちからは、社内チャットで「よく言ってくれた」「あの対応はすばらしい」と賞賛の声が上がった。録音はすぐに本社へ提出され、クレーマーからの着信もぴたりと止んだそうだ。
松原さんがなにより心に残っているのは、ただ「守ってくれた」という事実ではなく、部下の尊厳を守ることを選んだ上司の姿勢だった。
現在はすでに退職している松原さんだが、当時を振り返り、次のように付けくわえた。
理不尽な要求に対しても毅然と対応する――。それは企業が従業員を守るためにもつべき「姿勢」かもしれない。松原さんは、この経験を通じてその重要性を強く実感したという。