早くも酷暑に悩まされる日々がやってきた。夏になると気をつけたいのが食中毒のリスクだ。なかでも、いま最も注目を集めているのが「カンピロバクター」だろう。
つい先日も、神戸市の有名ラーメン店で「鶏チャーシュー」による食中毒事故が発生。SNSに投稿された同店のラーメン画像では、断面がピンク色の「レア鶏肉」が、スープの上に盛り付けられていた。症状を訴える人は50人以上にものぼり、神戸市は6月7日、店に対して3日間の営業停止を命じたと発表した。
23日には、浜松市の焼き鳥店で提供された鶏ささみや焼き鳥を食べた男性6人が下痢や発熱などの症状を訴え、同様にカンピロバクター食中毒と診断されている。全国各地で事故が相次いでいる状況だ。
だが、ここに潜むのは単なる腹痛では済まない危険だ。鶏肉に含まれていることが多い細菌「カンピロバクター」に感染すると、激しい下痢や発熱のほか、ギラン・バレー症候群という手足の麻痺や歩行困難など重い疾患につながるケースもあり、最悪の場合は死に至る。
鶏肉によるカンピロバクター食中毒は、毎年のように各地で発生している。そもそもカンピロバクターとは、鶏の腸管内に存在している細菌で、食鳥処理の際などに、肉がこの菌に汚染されてしまうことがある。適切な加熱処理をほどこせば、菌は死滅するが、汚染された鶏肉を生の状態で食すと、下痢・腹痛・発熱などを伴う食中毒を起こしてしまうのだ。
「インスタ映え」を重視する風潮が強まるなか、低温調理で加工された肉は料理を鮮やかに“彩る”存在として流行している。だが、「映えるから」という軽い気持ちで口にした鶏肉が、命や生活に深刻なダメージを与える可能性もあるのだ。
カンピロバクターによる症状は強烈で、神戸のラーメン店での被害者からも「過去イチに近い腹痛」「1時間に1度はトイレへ行った」など、壮絶な体験談が伝えられていた。
しかし、いまだにカンピロバクターについては、間違った知識から楽観視されることも多いように感じる。
その代表例が、「この鶏肉は新鮮だから生でも大丈夫」という言説だ。「シメて間もない鶏肉を使えば、カンピロバクターは増殖しない」という意味だが、これは誤りである。
カンピロバクターは「微好気性細菌」と呼ばれ、一部腸内のような低酸素環境を好み、そもそも酸素が豊富な状態では増殖できない。冷蔵庫の環境に近い、4℃の環境で7日間、鶏肉を保存してもカンピロバクターの菌数はほとんど変化しなかったという研究結果も報告されている。時間が経過しても酸素に触れている限り、菌数が増えるわけではないのだ。
「新鮮でない鶏肉だから食中毒が起きている」と思われがちだが、処理時に一度カンピロバクターが付着してしまえば、新鮮でもそうでないものでも、実は条件は一緒なのである。いずれにせよ加熱しなければ安全とはいえないのだ。
こうした誤った認識のせいもあってか、カンピロバクター食中毒は、ほかの食中毒と比べても非常に多く発生している。
2024年に全国で確認された細菌性食中毒事件320件のうち、カンピロバクター食中毒は208件を占め、その次に多いウエルシュ菌(常温で放置されたカレーなどで増殖)の43件を大きく引き離している。
だが、これだけ多発しているにもかかわらず、鶏肉の生食はほとんど規制されていない。牛レバーや豚肉などは生食用として販売・提供することが法律で禁じられているが、鶏肉についてはそのような規制がないのだ。
もちろん、食品衛生当局も生の鶏肉を食べることを推奨してはいないが、一方で生食用として販売・提供するための衛生基準も定められていない。だが、レバー以外の牛肉については販売・提供のための衛生基準が設けられていることを考えると、鶏肉の扱いはやや異質に見える。
では、なぜ鶏肉の生食については規制が存在していないのだろうか。
なぜ鶏肉の生食は規制されていないのか。これは、いわゆる「悪魔の証明」に近い問題であり、明確な理由は定かでない。
だが、筆者が推測するに、その背景としては死亡例がほとんど報告されていないことが関係しているように思える。というのも、牛レバーなどの生食についての規制は、深刻な死亡事件をきっかけに強化された経緯があるためだ。
2011年に発生した「ユッケ集団食中毒事件」をご記憶の方も多いだろう。この事件では、焼肉チェーン店で提供されたユッケなどを食べた181人が腸管出血性大腸菌による食中毒となり、このうち5人が命を落とした。
事件をきっかけに、腸管出血性大腸菌による食中毒のリスクが高い「牛肉や牛レバーの生食」について規制が強化され、2012年には生食用牛レバーの販売・提供が禁止された。
腸管出血性大腸菌食中毒は、2011年以前から死亡例が断続的に発生していたが、「ユッケ集団食中毒事件」が決め手となって、本格的な規制がかけられたのだ。
一方で、カンピロバクター食中毒による死亡例はほとんど報告されていない。厚生労働省のHPでは1996年から現在までの食中毒統計が公開されているが、実はこれまでの30年間弱で、カンピロバクター食中毒による死亡例は1件も報告されていない。
規制をするにもそれなりのコストがかかる。カンピロバクターについては、「まだそこまでの状態ではない」と判断されているのではないだろうか。
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