孤独死と聞くと、高齢者の問題と思われがちです。しかし警察庁の最新調査から、年間約1.8万人もの現役世代が自宅でひっそりと亡くなっていることがわかりました。本記事ではSさんの事例とともに、孤独死問題について就職氷河期世代に焦点を当て、長岡FP事務所代表の長岡理知氏が解説します。※相談者の了承を得て、記事化。個人の特定を防ぐため、相談内容は一部脚色しています。
実は最近まで全国を対象にした孤独死の調査はありませんでしたが、2025年に警察庁が初めて「自宅において死亡した一人暮らしの人」の人数について、調査結果を発表しました(本記事では「孤独死」を「自宅において死亡した一人暮らしの人」と定義します)。
この調査によると、令和6年中に全国で孤独死をした人は7万6,020人。そのうち、64歳までの現役世代は1万7,818人でした。これは全体の約23.4%です。それ以外の5万8,044人は65歳以上の高齢者でした(158人は年齢不明)。孤独死と聞くと高齢者をイメージする人が多いでしょうが、実は現役世代も少なくないということがわかります。15歳~19歳でも62人が孤独死していることにも驚きがあります。
また、民間団体が調査したデータも存在します。少額短期保険協会が孤独死保険に加入している賃貸物件入居者に限定した調査によると、「賃貸住宅居室内で死亡した事実が死後判明に至った1人暮らしの人」は、2015年4月~2024年3月までにおいて1万154人でした。そのうち64歳までの人は4,791人で、全体の47.5%を占めます。賃貸住宅に限定すると警察庁の調査よりも現役世代の割合が多くなることに注目です。特に50歳から64歳までが全体の30.1%を占めます。
警察庁と少額短期保険協会の調査を見比べてみると、現役世代の割合が目立つことが共通しています。孤独死は高齢者だけの問題ではないのです。
孤独死が起きた現場は、発見までの日数が長くなるほど凄惨なものになります。少額短期保険協会『第9回 孤独死現状レポート』によると、発見までの平均日数は18日です。約半月も放置された遺体は腐敗が進み、体液が染み出してきます。耐えがたい激烈な悪臭を放ち、近隣住民が警察に通報して発覚するケースが多いのです。
腐乱した遺体から染み出た体液は部屋の床にまで達し、さらに床を浸透して床下の根太やコンクリートスラブなど床下の構造までも汚していきます。体液だけではなく、悪臭が壁紙や石膏ボード、断熱材などに染み込むことも。トイレや浴室で亡くなっていた場合は配管が体液や脂で詰まってしまいます。部屋中にウジやサナギ、ハエも大量発生するという目も当てられない惨状に。
賃貸物件の場合には大家の損害は計り知れません。特殊清掃を行い、部屋の大規模リフォームをしなければ住むことができません。しかしネットでは事故情報が出回り、新しい入居者を探すのは大変な労力と時間がかかるでしょう。それと同時に、孤独死に遭遇した賃貸物件オーナーが痛感するのは、亡くなった入居者が生前、いかに孤独だったかという事実だといいます。残置物(部屋の荷物)を処分しようと遺族に連絡を試みても、連絡がつかない、あるいは連絡がついても関わろうとしないことが多いのです。親族とすら疎遠になっていたことがわかります。
部屋の様子をみて、その乱雑さ、不潔さに驚くことも少なくありません。50代以降の男性ではセルフネグレクトに陥っているケースもあります。自分の世話すら放棄してしまい、掃除や炊事もせず、仕事も行かず、社会から完全に断絶した状態で部屋のなかに引きこもっていたことが想像できます。その荒んだ生活のせいか、精神疾患や、糖尿病などの生活習慣病に罹患していることもめずらしくありません。その治療さえ放置してしまうと、いずれ命を落とすことになります。セルフネグレクトが「緩やかな自殺」とも呼ばれるゆえんです。
2025年現在、就職氷河期世代が話題に上ることが増えました。就職氷河期世代とは、バブル崩壊後の1990~2000年代、雇用環境が厳しい時期に就職活動を行った世代です。1970年4月2日生まれから1983年4月1日までに生まれた人たちを指します。2025年に55歳~42歳を迎える世代です。
この世代は、新卒者の就職が困難を極めたことが特徴です。新卒時に希望する就職が叶わず、不本意な就職をしたのちに転職を繰り返すことになったり、最初から非正規の職業に就き抜け出せなくなったり、年齢が上がるにつれて無職の人も増えたりと、社会的な立場が不安定になっています。収入の低さ、不安定さによって結婚することができず、独身者も多いです。貧困や孤独を原因として健康状態が悪化しているケースもあります。
あと10年で高齢者となっていくこの氷河期世代を、社会でどう支えていくべきなのか、いまになって国も慌てています。厚生労働省はこの世代の支援に本腰を入れはじめているようです。
しかし団塊ジュニアを含むこの世代は人口ボリュームが大きく、社会保障で支えるのは現実的に難しいかもしれません。しかし想像している以上に厳しい生活環境に置かれている人が多く、いずれ若者世代を巻き込んだ大きな社会問題を抱えることになります。その時が刻々と迫っているのです。
1990年代、当時のフリーターのなかで「年金制度は破綻する、保険料は払うだけ損だ」という考え方が流行した時期がありました。現在50代の就職氷河期世代の人がいまもそう主張する場面をみかけることがあります。実際には年金制度は破綻していないし、むしろ年金未納によって障害年金を受給できなくなるなど、貧困に拍車をかける状態になっています。このままあと10年を迎えると、わずかな年金しか受け取れず、生活が破綻する高齢者が激増するでしょう。
無年金者もいるこの世代を社会全体が抱えることはできるのでしょうか。孤独、貧困と……この就職氷河期世代、自らの孤独死を覚悟している人もいるようです。そんなある男性の事例をご紹介します。
<事例>Sさん 53歳男性職業 飲食店勤務(パート)年収 270万円 未婚貯蓄額 0円任意整理の経験あり
<事例>
Sさん 53歳男性職業 飲食店勤務(パート)年収 270万円 未婚貯蓄額 0円任意整理の経験あり
Sさんは長野県生まれの53歳です。住まいは東京都郊外にある築37年のアパート。仕事はショッピングモールのお好み焼き店でパート従業員をしています。年収270万円。払える家賃はせいぜい3万円が限界です。
Sさんが借りているのは築年数が古いだけではなく、前の入居者が自殺をしたという訳アリ物件です。そのおかげで家賃は3万円。居室は洋室6畳で、風呂もトイレもついています。それなりに清潔なので訳アリなのは忘れることにしています。
4月初めの桜が咲き始めたころ、Sさんの部屋の隣人が孤独死をしているのが発見されました。隣人といっても、Sさんはその姿をみたことがありません。このアパートに6年住んでいますが、一度も顔をみたことがなく、生活音も聞いたことがなかったのです。
しかしSさんが異常に気付いたのは、3月の初めころ。悪臭がどこかからするようになったのです。なにかが腐っているのではないかと冷蔵庫や浴室の配管などを確認しましたが、違うようです。暖かくなるにしたがって悪臭はさらに激烈に。形容しがたい、人生で一度も嗅いだことがない臭いです。床下の基礎のなかで小動物でも死んでいるのかと思いましたが、ある日気づいたのです。
隣の部屋の玄関先を通りかかるときに最も強く臭うことに。そっと玄関ドアに近づいてみると、鼻の奥を突き刺すような臭いが。脳が全力で拒否しているのがわかるような悪臭です。
大家の高齢男性が近隣に住んでいるため、走っていき隣の部屋の異常を伝えました。するとすぐに大家は警察官とともにアパートにやってきて、玄関を開けてみたところ……頭を玄関に向けて男性が倒れていました。
「Sさん、みないほうがいい」と警察官にいわれたため、さっと離れましたが、死後相当な日数が経っていることが素人でもわかりました。警察官に通報までの経緯を質問されましたが、現場の状況は教えてくれませんでした。
しかし、現場検証が終わった数日後、ひとりの女性が隣室で整理をしているのをみかけました。玄関ドアを開けているので、まだきつい臭いが漂ってきます。きっと亡くなった方の親族なのだろうと思い、目を合わせず通り過ぎようとしたのですが、女性に声をかけられてしまいました。
孤独死した男性のお姉さんとのこと。沈痛な面持ちでしたが、Sさんに迷惑をかけたことを詫びていました。話によると、隣人の男性は49歳で無職だったそう。宮城県出身で東京の大学に進学しましたが、不景気が始まった時代で就職活動に失敗したようです。
不本意でしたがパチンコ店に勤めたものの、同僚と喧嘩になって殴られ、左目を失明する大怪我をして退職。それからは非正規の仕事を転々としていたようですが、45歳ごろに糖尿病に。高血圧もありましたが、いずれも病院にはもう行っていませんでした。
「重度のうつ病もあって働けなかったみたいです」とお姉さんがいいます。「たぶん、風邪をひいたのか総合感冒薬を飲んだのでしょう。血圧が急上昇して脳出血したみたいで……苦しさのあまり部屋の外に出ようとしたのかもしれません。しかし玄関で倒れてしまい、嘔吐物がのどに詰まって息絶えたみたいです」だから玄関に倒れていたのか……と納得しました。
正月にはお姉さんに年始の挨拶のメッセージを送っていたので、亡くなったのはその後。玄関で亡くなっているなか、Sさんは普通に生活をしていたことになります。暖かくなって腐敗が進み、気づいたのでしょう。
Sさんはその夜から毎日、お姉さんから聞いた話を繰り返し思い出していました。遺体を発見した当日の記憶と、お姉さんから聞いた男性の人生が繰り返しフラッシュバックされるのです。
「悔しかっただろうな、痛かっただろうな、無念だっただろうな……」と何度も何度も考えてしまいます。「自分の人生をもう辞めてしまったんだ、きっと」年齢も似ているし、同じアパートのそれも隣に住んでいる、そしてなにより人生がSさんとそっくりなのです。
Sさんは、地元では優秀な偏差値70の県立高校を卒業し、現役で東京都内の有名私立大学に進学しました。上京したのは1990年。バブル経済期が終わりを告げた年でした。当時のSさんはバブル経済とは無縁。バブルが弾けようが、田舎育ちのSさんにとって東京での生活は刺激的で眩しく、浮かれるように学生生活を謳歌していたものです。親からの仕送りとファミレスでのアルバイトの分を合わせると、月に30万円ほどの収入がありました。
Sさんはアルバイトにのめり込むあまり、次第に大学から足が遠のくように。平日の日中もアルバイトのシフトを入れ、社員からまるで管理職のように扱われることに自尊心がくすぐられていました。
大学の単位はなんとかクリアしていましたが、ほとんど非正規のファミレス店長のような状態で、大学生とは呼べない生活でした。1990年代初頭、そんな大学生が多くいたものです。
バブル経済崩壊の余波を受け、1993年の就職活動はSさんにとって過酷なものでした。アルバイト先のファミレス運営企業からは誘いがありましたが、Sさんとしては都市銀行や証券会社、保険会社など文系の学生に人気の企業への就職を夢みていたのです。
「ファミレスなんてありえない」などと考えていたSさんでしたが、結果は全滅。4年生の夏になっても内定が一社もない状態でした。落ち込むSさんに対し、長野県の実家の父親は地元に帰ってきてはどうかといいます。父親が勤務する会社の取引先を紹介するとのことでした。
もうどんな会社でもいい、就職さえ決まったらいいという投げやりな気持ちで父親に任せたところ、紹介するのは自動車ディーラーとのことでした。「大学を出てまで車の営業マンしかないのか……」と失望が隠せないSさんでしたが、2回の軽い面接ですぐに内定が出ました。その会社では150名いる営業マンのうち、大卒は数人しかいないとのこと。
4月から営業マンとして自動車ディーラーに勤務したSさん。アルバイトで培ったコミュニケーション能力が営業マンに向いていたのか、当初から好業績を出すことができました。しかし、次第にその会社に蔓延する異常な慣習に驚くことに。
値引きを調整するために客に無断で注文書を書き換え偽の捺印をしたり、車庫証明書に使う使用承諾書を偽造したり、下取りをするとみせかけ業者に横流ししたり、板金修理をする車をさらに傷をつけ修理費を保険会社に請求したり……。最初は驚いていたSさんでしたが、次第に職場の雰囲気にのまれ、それらの不正に主体的に加担するように。
業績を出したい気持ちも加わり、不正に慣れてしまい、上司からは仕事ができるなどとからかわれることもありました。ただ、それでも年収は370万円だったのですが。
ところが入社から3年後、ある不正が客にばれてしまい訴訟沙汰になると、上司も会社もあたかもSさん個人の悪事であるかのようにふるまい、簡単に懲戒解雇をされてしまいました。ほとんど全員が同じような不正行為に加担していたのにも関わらず、です。
「レベルが低い田舎の会社で頑張ってしまうからこうなったんだ……」とため息をつくSさん。
退職金も支払われず放り出されてしまったSさんは当時26歳。1997年のことです。日本経済はさらに不景気となっていました。転職活動はまったくうまくいきません。父親からは「仕事なんかいくらでもある、なぜ選り好みするのか」といわれるたびに口論となりました。
「仕事がいくらあっても、社員のことなんて奴隷として思っていないような会社しかないんだよ。親父にはいまの時代のひどさがわからない」そういっても父親は「言い訳するな」と説教をするばかり。耐えきれなくなったSさんは、クレジットカードのキャッシングで50万円を借り、再び東京に引っ越すことにしました。東京なら田舎よりもまだ多少はまともな仕事に就けると思ったのです。
しかし時代はそれを許してくれません。さらに雇用保険の被保険者証には懲戒解雇の履歴が残っている状態です。二重苦となったSさんが働けるのは、非正規の仕事だけ。
パートや派遣労働など、仕事は30回以上変わりました。正規雇用の面接も何度も受けましたが、年齢を重ねるごとに面接さえしてくれず、面接までこぎつけたとしても最初から「Sさんを採用できない理由」を説明されるだけのことも。
2020年からのコロナ禍では当時勤めていた飲食店が倒産し、2年間無職となりました。偶然宝くじが100万円当たり、餓死せずに済みました。現在はショッピングモールのフードコートで、お好み焼きを売る店でパートをしていますが、ショッピングモール自体の撤退の噂があり、そうなったら解雇されるのは間違いありません。
非正規とはいえ面接のときの履歴書に、自分の出身大学を書くのがもう嫌でしかたありません。必ず面接官は「この大学を出ていままでなにをしてきたの?」というニュアンスのことをいうからです。いつのころからか、面接官は自分よりも10歳以上年下に。
「お前らには就職氷河期のことなんかわからないよ」と心のなかで叫んでいます。
コロナ禍の時期に、父親も母親も相次いで亡くなりましたが、どちらも葬式には行きませんでした。東京から来たというだけでバイ菌かのような扱いをする時期だったのです。妹がいましたが、15年ほど前にガンで亡くなってしまいました。
女性と交際したのも、大学生のときが最後。自分のような人間が視界に入るだけでセクハラ扱いされるだろうという被害妄想も強く、年齢問わず女性が苦手です。
いまのSさんは天涯孤独の立場です。Sさんはもう正規雇用の就職は完全に諦めています。少なくとも75歳までは働き、食いつながなければならないと覚悟をしています。幸い厚生年金だけは加入しているので、わずかながら年金を受け取ることはできそうですが、貯金ゼロのままでは老いても働かなければならないでしょう。
実家の建物と土地を売ってお金にしようと思いましたが、買い手はつきませんでした。むしろ固定資産税を払うのはSさんです。実家に住めば家賃が不要かもしれませんが、Sさんが就ける仕事などありません。それに車を買うお金はないので、やはり実家は無理です。
飲食業で働いているおかげで、昼食はまかないを食べることができます。夜も職場から持ち帰りができるのはいいことですが、確実に栄養が偏っています。最近、体調が優れず一日中店に立つことがしんどいことも多くなりました。53歳という年齢以上に健康状態がよくないことを自覚しています。
夜眠るとき、もしかしたらこのまま死んでしまうのかもしれないな……と毎日考えてしまいます。死んだらたぶん、誰も気づかない。無断欠勤として仕事はまた解雇になり、自分はこの部屋で腐乱していくだけ。「自分も隣人のように一人で逝く」隣人のように残置物を整理してくれる人もいません。せめて大家さんが孤独死保険に入っていてくれたらいいなと思うだけです。
「就職氷河期世代というけど、自業自得だ」という人たちまでいます。確かに自分の落ち度も少しはあるものの、最初につまずいた原因は決して自分のせいではないはずです。バブル崩壊後から30年もこの世代の貧困と苦難を放置してきて、社会の重荷になるとわかると慌てやがって……Sさんは悔しさと諦めで、人生になにも期待を持たずにいまも生きているのです。
長岡理知
長岡FP事務所
代表