5月26日から施行された改正戸籍法により今まで表記のなかった「読み仮名」が戸籍上の氏名に記載される。これにより、読むことが極めて困難な、いわゆる「キラキラネーム」がつけづらくなるのではと言われている。
【映像】名字で呼ばれたことが1回もない女性
また、国会において夫婦別姓の議論がなされたことも記憶に新しい。
「名前」に関するニュースが飛び交う昨今、改めて名前について取材したという朝日新聞文化部田島知樹記者に「世界の名前事情」を聞いた。
田島記者は「日本人の姓は実に多様性に富んでいる」と語る。
「同じ漢字圏の中国の姓は1万ぐらいだが、日本人は20万種あると言われている。さらに下の名前について言うと、漢字は2999字という制限はあるが名前を登録する戸籍は、特に振り仮名を書く必要はこれまではなかったため、事実上いろいろな読み方が容認されてきていた。例えば『翔』という字には愛翔(あいか)、一翔(かずは)、晴翔(はると)、翔恩(しおん)など、ある先生の研究によると50音で『ぬ』以外、全ての読み方があった」
次に、世界の名前事情の中でまずはタイを調べた田島記者。
タイの名前の特徴は「とにかく長いこと」だという。
タイ語スクールで講師を務める女性の名前は「チャイガーンジャナウィワット・スックスコン(ネーン)」さん。
「ネーン」はニックネームだ。
実はタイでは家族や親しい友人、場合によってはかしこまったシチュエーションでもニックネームで呼び合う。
ここまで長いのは名前に意味がたくさん込められているからだという。
例えばこの女性の場合、「チャイ」=「勝つ」、「ガーンジャナ」=「宝石」、「ウィワット」=「発展する」、「スック」=「幸せ」、「スコン」=「花の香り」を意味する。
そしてニックネームの付け方も斬新で「ネーン」は「赤ちゃんのミルクのブランド名」で赤ちゃんの時から「ネーン」というミルクが好きだったことで親が付けたという。
また、同じ場所で働くスパヌット・イムプラユーンという名前の女性のニックネームは「チーズ」だ。これは彼女の母親が妊娠中になぜかチーズが食べたくて仕方なくなって父に頼んで買ってもらったことに起因する。
日本では名字で呼ぶのが一般的だと伝えると、2人のタイ人は「すごく違和感」「なんかおかしい」「私の名字がすごく長いので…迷惑だなと」「(タイでも)イムプラユーンの名前で呼ばれたことが1回もなくて…」と感想を口にした。
そもそもなぜ長い本名となり、そしてその代わりにニックネームを使うようになったのか?
神田外語大学元教授 タイ出身重富スパポンさんは「元々は1つの音(節)だった。だが(信仰する)サンスクリット語の文献や昔の物語の主人公の名前を使って名前が長くなっていった。最近は自分のアイデンティティのためにもっと長くなる」と説明した。
だが、やはり「長いと呼びにくい」として短い本名で呼び合う伝統がニックネームとして復活したという。
タイ人は、ニックネームで呼び合うことをどう思っているのだろうか?
田島記者は「ネーンさんは小さい時から使っていたことで、愛着があると言っていた。難しい本名も親の願い、希望が込められているので大事にしたい。一方で社会的な自分を表現するものでもあると言われていた」と説明した。
続いて田島記者が訪れたのはハンガリー。ここでは子どもの名前をつける際に「命名リスト」を使用する。
ハンガリーでは子どもの名前は自由に決められず、公的な命名リストが存在し、そこから名前を選ぶのだ。
首都ブダペストにあるハンガリー言語学研究センター「名前委員会」のハオベル・キティさんは「命名リストの必要性が明確に意識されたのは1950年代ごろ。国の行政全体で国民が使う名前の種類・つづり方をある程度管理・規制する必要があった。また国民がどんな名前を使ってよいのかを知りたいというニーズがあったこともある。その後、命名本が1971年に出版された」と説明。
しかし、1990年代に転機があったという。
ハオベル・キティさんは「ハンガリーは、20世紀はソビエトの独裁態勢下だった。しかし1990年代にその体制が終わり、社会や価値観が大きく変わった。変化を受け、名前のリストも拡充やアップデートが必要になった」と経緯を語った。
現在はおよそ4700の名前がセンターのサイトに載るほど増加しているというが、最近は小説・マンガ・映画に登場するような変わった名前を望む人もいるという。
ハンガリーの新しい名前の申請について田島記者は「年に500件前後の申請があるが、いくつかの基準があって認められるのは1~2割ほどだ。基準の1つは、『ハンガリー語のスペルと読み』でないといけないというもの。例えば、Jennifer(ジェニファー)という名前は英語でもよくある。このスペルを『ジェニファー』と読ませる場合は(同じスペルでは)認められずハンガリー語では『Dzsenifer』とする必要があるのだ。他にも既に名前として広く使われている実績が必要だったり、名前の語源の調査もする。さらに言うと、名前は必ず性別を表さなければならず、両性で使えるユニセックスの名前は認められない」と説明した。
では、ハンガリーの人たちはこの規則に不満を持っているのだろうか?
田島記者は「22人に聞いたところ、割と肯定的で『規則が厳しい』と答えたのは1人だけだった。『リストを通して自分たちの伝統を守りたい』と話した人もいた。ハンガリー人は伝統を大事にする人たちで『私たちハンガリー人は、何百年も独特な言葉、そして文化を育んできた』という言葉も聞けた」と振り返った。
ハンガリーで結婚したら名前はどうなるのだろうか?
田島記者は「これはリストの話とはまた別の問題だ」として以下のように説明した。
「まず、ハンガリーは第二次大戦後、すぐに夫婦別姓は認められた。そのため、女性は結婚したら元々の自分の姓を保つこともできるし、結婚相手の姓をもらうこともできる、選べるようになった。だが、当時の多くの女性は夫の姓をもらうどころか、自分の姓・名、どちらも変えた。なぜならハンガリーの女性は結婚をすると夫の姓名に『ネー』という“接尾辞”を付けて、『誰々の婦人』という名前に改名していた。日本人からすると疑問に思うかもしれないが、ハンガリーはやはり伝統的な価値観・家族観を大事にしている国。社会の中で結婚していることはステータスであり、むしろそれを示すことはいいことと思われていた。だが、時代を経ることに、少しずつ法改正が行われていって2000年以降の法改正では、複合姓なども含めて7パターンから選ぶことが可能になった。今では『ネー』を選ぶ人もそれなりにはいるが特に若い世代は選ばず、夫婦別姓にするなど、いろいろなパターンを選ぶようになっている」
他にも名前でユニークな国として「簡単に姓名を変えられる」イギリスが挙げられる。
中には「ベーコンダブルチーズバーガー」に改名した人がいるという。
田島記者はイギリスの事情について「他には『非常口』を意味する『ファイヤーエグジット』に改名した人も。そして、2021年にニュースになったのは、ある男性が有名歌手のセリーヌ・ディオンと同名に改名したこと。その男性はクリスマスにお酒を飲みながらセリーヌ・ディオンの曲を聞ききながら潰れて寝てしまった。数日後、仕事から帰った彼のもとに『改名のお知らせ』が届いていたのだ。要は、酔っ払って、ふらふらとしながらも簡単にネットで改名できてしまう。日本だったら批判されるかもしれないが、イギリスでは個人の選択はかなり尊重されるため、特に批判もなかった。さらに、当時はパンデミックによるロックダウンもあって少し荒んでいたため笑い話として面白おかしく受け取られたという。それだけではなく、改名しやすいということは、トランスジェンダーやノンバイナリーの方の生きやすさにつながっているとの指摘もある」と説明した。
田島記者は取材を通して感じたこととして「名前はいろいろな人の思い・国の文化・歴史などが反映されていて『名前はこうあるべき』などとは言えない。リベラルでも保守でも、多くの人の価値観や思いを反映できるような社会になればいい」と話した。(朝日新聞/ABEMA)