いまや全国津々浦々で外国人を見かけるようになった。京都はもちろん、東京都内の各所は外国人がぞろぞろ歩いていて、電車内にも外国人の乗客が多い。いや、欧米人のように日本人と見た目が違う人だけでも激増しているが、じつは、日本人だと思ったら外国人だったということも多い。大阪や福岡に行くと、見た目から日本人ではないかと思う人たちに囲まれながら、日本語がまったく聞こえない。
【衝撃写真!】浅草寺の境内で“水浴び”する中国人観光客 ほか
日本政府観光局の(JNTO)の発表では、今年3月の訪日外客数は349万7,600人(推計値)となり、3月として過去最高だった2024年の同月比で13・5%も増加した。また、3月までの累計は1,053万7,300人で、昨年が855万8,483人だったから200万人近くも増えている。もちろん1,000万人を超えたのは過去最速で、年間でははじめて4,000万人を超えそうなペースである。
内訳は韓国69万1,700人、中国66万1,700人、台湾52万2,900人、アメリカ34万2,800人、香港20万8,400人、タイ14万8,200人、オーストラリア8万4,800人、カナダ6万8,100……。おそらく人波には、見た目だけでは気づかない外国人が、思いのほか多くふくまれているのだろう。
政府は2030年には、この「訪日外客数」を6,000万人にし、消費額を15兆円にまで増やすことを目標にしている。昨年の訪日外国人旅行消費額は、国土交通省によれば過去最高の8兆1,395億円で、目標達成は現実味を増している。
ただ、ここで忘れてはいけないのは、現在、訪日外国人がこれほど増えているのは、日本の魅力が増したからではなく、極度の円安のおかげで日本旅行の割安感が増したからだ、ということである。
その円安を招いたのは、もとはといえば第2次安倍晋三内閣が掲げたアベノミクスだった。「三本の矢」の一つの「金融政策」として、2013年に日本銀行の黒田東彦総裁が「異次元緩和」と称されるゼロ金利政策を打ち出すと、1ドル80円程度だった円は急降下した。
それでもコロナ禍前の2019年には1ドルが110円程度だったが、昨年には160円の大台を突破するにいたった。これほど円安が進んだのは、コロナ禍が終わって日米および日欧の金利差が拡大したからである。これまで異次元緩和政策を続けるために、日銀は日本国債を無制限に買い取り、長期金利の上昇を阻止してきた。その結果、金利差が開いて円安が進んだわけだが、では、方向転換すればいいかというと簡単ではない。いまや大量の国債をかかえる日銀は、金利が上昇すればその利払いができず、債務超過になりかねない。
そんな事情で円安が続き、外国人が値ごろ感の高い日本に押し寄せるようになった、というわけだ。なにしろ、1ドル160円なら、1ドル110円のときにくらべ、物価は3割以上も安いことになる。異次元緩和導入前の1ドル80円時代とくらべたら半値である。
ここでは余談となるが、いまの日本の物価高が、外国人にとって日本が割安であることの裏返しであることも忘れてはならない。カロリーベースの食料自給率が38%とG7諸国のなかでも極端に低く、エネルギー自給率は12%にすぎない日本では、円安になれば物価は必然的に上昇する。
さて、動機は「安いから」であっても、訪日外国人が増えることを、私たちは歓迎すべきなのだろうか。必ずしもそうだとはいえないのは、外国人によるトラブルが激増しているからである。
たとえば、日本の伝統や文化への敬意が欠如している事例が多い。神社仏閣なら、神聖な場で大声で騒ぐ、鳥居で懸垂する、落書きする、庭のコケを踏みつける、そこら中にごみを捨てる、立ち入り禁止エリアに堂々と入る……と枚挙にいとまがない。こうした行為からは、日本の文化への敬意がまったく感じられない。そもそも、日本の文化について、一定程度の下調べをしてきたとも思えない。
新幹線などの車内で、ほかの人が予約している場所に大量の荷物を置く、という話もよく聞く。水洗トイレになんでも流して壊してしまう、というケースも多いらしい。また、1泊2食付きだった旅館が食事の提供をやめるケースが増えているという。伝統的な和食を出されても食べられずに残す外国人が多いそうで、そこまではまだわかるが、食べていないのに金をとるな、というクレームにつながるのだという。
いま挙げた事例は、外国人旅行者による迷惑行為の、ほんの一部にすぎない。文化的背景が異なる人たちが多方面から押し寄せれば、こうした問題は避けられないものだが、一つ指摘しておきたいのは、質の悪い外国人が増えているという点である。訪日する外国人の質を日本側が選択することはできないが、円安による割安感だけが理由で訪日する人が増えれば、外国人旅行者の質が相対的に低下するのは避けられない。
だから、現在のインバウンドの増加は、とてもではないが手放しではよろこべない。黙っていても外国人が押し寄せる現状では、日本側も日本の魅力をいかに増し、磨き、外国人にPRするかという努力をしない。だが、そうした努力を重ねていないと、いざ円高に振れたときに、外国人からそっぽを向かれてしまう。
とりあえずいま必要なのは、外国人が日本を訪れるハードルを若干高くすることだろう。すでに東京都、大阪府、京都府、金沢市、福岡県、長崎市などは宿泊税を導入しており、今後、外国人に人気の温泉旅館が多い県や市も、本格的に導入するという。ただ、これらは日本人も外国人も等しく負担するものだ。加えて、外国人だけを対象にした課税を考えてもいいのではないだろうか。
たとえば、先に挙げた寺社仏閣や城をはじめ文化財や史跡などは、維持するために多額の費用がかかり、多くの場合、そこには日本国民の税金も投入されている。それを外国人にも負担してもらうのである。外国人から多く徴収するというと、外国人差別だという議論になりがちだが、それは違う。外国人にも日本の名所を訪れる以上は、その保存や維持のための費用を応分に負担してもらう、ということにすぎない。
昨年6月、兵庫県姫路市の清元秀泰市長が、「姫路城の入場料は外国人には30ドル(4,000円台)払ってもらう」と発言し、議論百出となった。結果的に、現行の1,000円を来年3月から姫路市民以外にかぎって2,500円に値上げする、という話に落ち着いたが、外国人だけ4,000円超にしてもよかったし、それがモデルケースになればなおよかったと思う。
そうすることで、観光資源の維持や管理のための費用を捻出するとともに、割安だというだけの理由で日本を訪れる外国人観光客を一定程度排除する。その結果、「訪日外客数」が減るなら、むしり好都合だ。また増やしたいなら、今度こそは日本の魅力を高め、本質を理解してもらえるPRをし、高くても日本を選ぶ観光客を増やせばいい。
簡単ではないのはわかっている。しかし、外国人観光客の質を高める努力をしないかぎり、現在のオーバーツーリズム問題が解決に向かうことはないだろう。
香原斗志(かはら・とし)音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。
デイリー新潮編集部