103万円、130万円、96万円……日本にはさまざまな「年収の壁」があることをご存じでしょうか。これらの壁を超えると税負担が増えると理解はしていたものの、あまり深刻に考えていなかった孝太郎さん(仮名・55歳)。しかし、その“油断”が「思わぬ事態」を引き起こしたのでした……。神戸・辻本FP合同会社代表の辻本剛士氏が、事例をもとに「扶養控除」の仕組みとその影響を解説します。
愛知県名古屋市に住む北川孝太郎さん(仮名・55歳)は、地元の企業に勤める会社員です。年収は750万円と比較的安定しているものの、生活に余裕があるとはいえません。
現在住んでいる場所の家賃は月15万円。そのうえ、都内の私立大学に通う息子・颯太さん(仮名・20歳)に生活費を仕送りしており、これも北川家の家計を圧迫している要因のひとつです。
貯金は300万円ほどありますが、生活費や息子の教育費など出費がかさみ、思うように貯めることができていません。将来的な貯蓄の必要性を感じ、夫婦で生活費の見直しを意識しながらやりくりしているものの「現状維持が精いっぱい」という状況です。
息子の颯太さんは都内で1人暮らしをしながら学業に励む傍ら、サークル活動に精を出しています。「スキー・スノボサークル」に所属しており、冬のシーズンになると活動が本格化。昨年の冬は、スノーボード用の板とブーツを一式そろえ、合計で8万円の出費がありました。
ウェアやゴーグル、グローブなどの小物も含めるとさらに2万円ほどかかるほか、サークルではシーズン中に数回の合宿があり、1回にかかる遠征費用は2万円~3万円。シーズン中のリフト券代を含めると、年間で20万円以上が必要になります。
今シーズンの合宿に向け、こうした費用を捻出するために、颯太さんは大学近くの飲食店でアルバイトを続け、月に10万円程度の収入を得ていました。学業を優先しながらも、サークルの費用を自分で負担しようと努力していたのです。
そんなある日、颯太さんは今年の年間収入が100万円を超える見込みであることに気づきました。そこで、念のため父親に連絡。
颯太さん「もしもし父さん? ちょっと話があるんだけど……」孝太郎さん「どうした? なにか困ってることでもあるのか?」颯太さん「いや、困ってるわけじゃないんだけど、今年のバイト代が100万円を超えそうなんだよね。バイト先の店長から『学生のバイトは103万円までじゃないの?』って言われたから軽く調べたら、なんかそっちに迷惑かけちゃうかもしれなくて」孝太郎さん「なんだ、そんなことでいちいち連絡しなくても大丈夫だよ」颯太さん「え? ああ、そうなの?」孝太郎さん「103万円を超えると颯太が扶養から外れて、たしか俺が払う税金が少し増えるんだ。でも、まあなあ……大丈夫だよ。サークル、大変なんだろ? 援助したいのは山々なんだが、いまの仕送りで精いっぱいでなあ。身体だけは気をつけて」
颯太さん「もしもし父さん? ちょっと話があるんだけど……」
孝太郎さん「どうした? なにか困ってることでもあるのか?」
颯太さん「いや、困ってるわけじゃないんだけど、今年のバイト代が100万円を超えそうなんだよね。バイト先の店長から『学生のバイトは103万円までじゃないの?』って言われたから軽く調べたら、なんかそっちに迷惑かけちゃうかもしれなくて」
孝太郎さん「なんだ、そんなことでいちいち連絡しなくても大丈夫だよ」
颯太さん「え? ああ、そうなの?」
孝太郎さん「103万円を超えると颯太が扶養から外れて、たしか俺が払う税金が少し増えるんだ。でも、まあなあ……大丈夫だよ。サークル、大変なんだろ? 援助したいのは山々なんだが、いまの仕送りで精いっぱいでなあ。身体だけは気をつけて」
孝太郎さんは、息子の元気そうな様子にひと安心。税金について問題視することはありませんでした。
「父さんも心配いらないって言ってたし、大丈夫か」
父親との電話のあと、颯太さんはペースを落とさず働き続けます。この判断が後々家計に大きな影響をおよぼすことになるとは、このときは思いもしませんでした。
年末調整の時期になり、父・孝太郎さんは勤務先からの案内に従って扶養控除を適用せずに提出しました。
ところが、翌月の給与明細を確認した孝太郎さんは思わず目を疑いました。
「え? なんか手取り減ってない?」
先月の給与明細と見比べると、明らかに差があります。所得税の欄を確認すると、先月よりも1万円近く増えているのです。
「なんでこんなに引かれてるんだ……?」
このとき、孝太郎さんは年末調整のことを思い出しました。
「ああ、颯太の扶養が外れたからか。まあ、1万円くらいなら……」
扶養控除がなくなった影響を実感した孝太郎さんでしたが、この時点ではそこまで深刻に捉えていませんでした。
ところが数ヵ月経ち、6月の給与明細を確認すると、またもや手取りが1万円近く減少しています。
「ん? また減ってるな……?」
調べてみると、住民税は6月に更新される仕組み。扶養控除が適用されなくなった影響が、このタイミングで反映されたことがわかりました。
所得税と住民税を合わせて年間20万円近い増税です。これまでの家計のバランスが崩れ、孝太郎さんはしだいに不安を感じるようになりました。
「え、こんなに? ちょっと待てよ、こんなに税金が増えるとは……」
思いがけない負担増に頭を抱える孝太郎さん。このままでは生活が厳しくなると感じ、まずは息子の颯太さんに相談することにしました。
孝太郎さん「……あ、颯太、いまちょっと話せるか?」颯太さん「もしもし? うん、大丈夫だけど、どうしたの?」孝太郎さん「実はな……お前が扶養から外れたせいで、手取りが20万円近く減ってしまったんだよ。税金が思った以上に増えてな……」颯太さん「え? そんなに?」孝太郎さん「そうなんだよ。まさかこんなに影響が出るとは思ってなくてな。颯太、申し訳ないんだが、もう少しバイトの収入を抑えられないか?」颯太さん「待って、急に言われても減らせないよ。こっちもちゃんと調べなくて悪かったけど、だからあらかじめ電話したんじゃん。サークルの遠征費と道具代で最低でも20万円は必要なんだよ」
孝太郎さん「……あ、颯太、いまちょっと話せるか?」
颯太さん「もしもし? うん、大丈夫だけど、どうしたの?」
孝太郎さん「実はな……お前が扶養から外れたせいで、手取りが20万円近く減ってしまったんだよ。税金が思った以上に増えてな……」
颯太さん「え? そんなに?」
孝太郎さん「そうなんだよ。まさかこんなに影響が出るとは思ってなくてな。颯太、申し訳ないんだが、もう少しバイトの収入を抑えられないか?」
颯太さん「待って、急に言われても減らせないよ。こっちもちゃんと調べなくて悪かったけど、だからあらかじめ電話したんじゃん。サークルの遠征費と道具代で最低でも20万円は必要なんだよ」
親に頼らず、自分の力でやりくりしようとしている息子の様子に感心する一方で、年間20万円近くの増税はやはり痛手です。
「あのとき、ちゃんと調べておけば……」
孝太郎さんは自らの失態に眉を曇らせました。
そして妻と相談のうえ、今後の生活費のやりくりについてファイナンシャルプランナー(FP)に相談することにしました。これまで税金について深く考えたことはなかったものの、息子の扶養が外れたことで家計に大きな影響が出たため、夫婦で専門家の意見を聞くことにしたのです。
「扶養控除」とは所得控除のひとつで、納税者の税負担を軽減する仕組みです。所得税や住民税を計算する際に、各納税者の状況を考慮して一定額を所得から差し引くことで税額を抑えられます。
扶養控除が適用されると税負担が抑えられる一方、扶養控除がなくなると税負担が増額する可能性があるのです。
年収が高いほど税率が上がるため、扶養控除がなくなった際の影響も大きくなります。年収によっては年間で20万円以上の税負担増となるケースも少なくありません。
扶養控除の金額は扶養親族の年齢によって以下のように異なります。
[図表]扶養控除の控除額 出典:国税庁「No.1180扶養控除」
19歳以上23歳未満が該当する「特定扶養親族」の控除額が最も大きく、63万円となっています。このため、大学生の子どもがいる家庭では、扶養控除の喪失による影響が特に大きくなりやすいといえます。
税負担を抑えるためには、特別な事情がない限り、学生の年収を103万円以内(2025年度以降は123万円)に抑えるのが得策です。これを超えると、親の所得税・住民税が増加するだけでなく、学生本人にも住民税や所得税の負担が発生する可能性があります。
扶養控除が外れたことで税負担が増えた幸太郎さん。現時点で可能な対策は下記の2つでしょう。
税負担を抑えるには、先述のとおり颯太さんの収入を103万円(または123万円)以下に抑え、扶養内にとどめることが必要です。
しかし、これだけでは颯太さんの収入が減ってしまうため、仕送りを1万円ほど増やすことで世帯全体の手取りを最適化することができます。
また、「iDeCo」や「ふるさと納税」で税負担を抑えるのもひとつの手です。
iDeCoは正式名称を「個人型確定拠出年金」といい、自身で掛金を拠出・運用する「私的年金制度」です。「年金」とあるように、60歳まで引き出せないデメリットはあるものの、拠出した毎月の掛金は、全額所得控除の対象となります。
また、「ふるさと納税」は、故郷や応援したい自治体に寄付をすることによって、住民税の控除や所得税の払い戻し(還付)を受けることができます。
孝太郎さんはFPのアドバイスをもとに、節税対策に取り組むことを決めました。
「いやあ、息子には申し訳ないことをした。この歳まで節税対策を知らなかったことも、本当に情けない……。老後に向けて襟を正さなくちゃな」
これまでの自分を恥じるとともに、改めて税金対策の重要性を実感し、資産形成方法を見直す契機となったのでした。
辻本 剛士神戸・辻本FP合同会社代表