トランプ大統領(左)は追加関税の発表に際して、故・安倍元首相(右)の名前を連呼。そこに関税問題を解決するヒントが隠されているかもしれない(写真:ブルームバーグ)
「今日は長い間待ち望んだ解放の日だ」
アメリカ政府は4月2日、同国が輸入するあらゆる品目に10%の基礎関税をかけることを発表した。対象は100カ国以上に及び、日本を含む約60カ国については、税率を上乗せする。ホワイトハウスのローズガーデンでいくつも掲げられた星条旗を背景にして、ドナルド・トランプ大統領は冒頭のように意気揚々と訴えた。
だが日本にとってこれは、まさに悪夢の始まりといえた。4月3日の日経平均株価は一時、前日比で1600円以上も急落。翌4日も下げ幅は一時1400円を超え、終値は昨年8月以来、8カ月ぶりに3万4000円を割り込んだ。
石破茂首相は同日午前の衆議院内閣委員会で、「国難とも称すべき事態で、政府・与党のみならず野党各党も含め超党派で検討、対応する必要がある。政府としてこれ以上ない対応をする」と強調し、午後3時半から与野党党首会談を開催した。しかし東証の取引終了後の開催では、株価への本格的な影響は見込めなかった。
そして週明けの4月7日には、日経平均の下げ幅は一時2900円を超え、過去3番目を記録。終値は2023年10月以来の安値となる3万1136円をつけた。慌てた官邸は午後9時から電話での日米首脳会談を実施し、石破首相はトランプ大統領に関税の引き下げを要望。日本企業の投資力減退についての懸念を伝えたが、解決にはほど遠い。
石破首相は2月に訪米した際、トランプ大統領と安全保障や外交において日米関係が強固なものであることを再認識すると同時に、日本が5年連続で最大の対米投資国であることをはじめとして、経済面でも緊密なパートナーであることを確認しあった。
トランプ大統領の要求は「日本との1000億ドル超の貿易赤字」の解消だったが、石破首相はこれに「1兆ドルを視野にした投資の拡大」で応じた。今年4月にトヨタ自動車がノースカロライナ州でEV(電気自動車)用バッテリーの出荷を開始し、いすゞ自動車が再来年にEVのトラックやエンジンの生産工場をアメリカ国内に建設する計画をも伝えている。
こうした“お土産”にトランプ大統領が満足したと、石破首相は思ったのかもしれない。しかし相手はさらなる「ディール」をしかけてきた。そして日本経済を崖っぷちまで追い込み、石破首相にさらなる決断を迫ろうとしている。
トランプ大統領は2日の会見で、「シンゾーはすぐ理解した」と述べている。トランプ大統領は第1次政権時の2018年に日本に対して自動車や自動車部品に関する25%の関税をちらつかせたが、当時の安倍晋三首相は豚肉や牛肉など農産物の関税引き下げでそれを見送らせたという経緯がある。
そればかりではない。日本は同年、F35戦闘機を約100機追加購入することをアメリカと約束。2017年にも北朝鮮の核・ミサイル対策として、建造費約5000億円のイージスアショアの導入を決定した。
後者は2020年6月に河野太郎防衛相(当時)が、ブースターの落下の安全性が担保できないことを理由に計画配備のプロセスを中止させたが、それでも多額の防衛費がFMS(対外有償軍事援助)を通じてアメリカ政府に流れていることは間違いない。
そもそも2025年度の在日米軍関係経費(防衛省・自衛隊)として、「防衛関係予算」が4572億円、「SACO(沖縄に関する特別行動委員会)関連経費」が111億円、そして「米軍再編関係経費」が2146億円と、計6829億円が計上されている。これに総務省の「基地交付金」や財務省の「提供普通財産借上資産」を加えると、在日米軍関係経費はほぼ9000億円にも達する。
ちなみにこのうち、「思いやり予算」と言われる「同盟強靭化予算」は2025年度で2274億円だが、トランプ大統領は第1次政権時の2019年に80億ドルへ増額することを求めたこともある(2019年度の「思いやり予算」は1974億円)。
なお、同年9月に日米貿易協定が締結され、安倍首相(当時)は会見で「日本の自動車あるいは自動車部品に対して追加関税を課さないという趣旨であることは、トランプ大統領に明確に確認した」と表明。ここで打ち切られた追加関税問題は、防衛費増額に向かおうとしたものの、第1次政権の期限切れで頓挫したものと考えるのが妥当だろう。
そして第2次トランプ政権が始まり、追加関税問題が息を吹き返した。日本側は「日米貿易協定が履行されている間は、その精神に反する行為を行わない」とした2019年9月の日米共同声明を持ち出すが、安倍元首相が2022年7月に死去した以上、トランプ大統領にとって約束を守るべき相手がいないのだろう。
4月7日夜の電話会談で、日米双方は担当閣僚を指名し、引き続き協議することになった。石破首相は最側近の赤沢亮正・経済再生担当相を起用することを発表。アメリカ側は中国やカナダに強硬姿勢を示すスコット・ベッセント財務長官とジェミソン・グリア通商代表部代表が担当することになり、こうしたメンツを見る限り、トランプ大統領が日本を厳しくも重視していることは明らかだ。
その影響だろうか、4月8日の東京株式市場は大きく反発。日経平均は一時は前日終値より2100円も値上がりし、終値で3万3000円台を回復した。
とはいえ、安心はしていられない。6月には東京都議選挙が予定されており、7月には参議院が任期満了を迎える。まさに国内基盤を整えるべきときに襲ってきた国難を、石破首相はどう乗り切るのか。
(安積 明子 : ジャーナリスト)