マイホームを検討する際、多くの人が頭を悩ませる“戸建orマンション”問題。総務省の「令和5年住宅・土地統計調査」によると、日本の持ち家の約6割は戸建で、特に郊外ではその割合が高くなります。家庭菜園が趣味の鈴木さん夫妻もその1組でした。株式会社FAMOREの山原美起子CFPが、念願だったはずのマイホームに翻弄される共働き夫婦の事例を紹介します。
「家庭菜園ができる、庭つきの家が欲しいんです」
鈴木大輔さん(仮名・35歳)は、不動産会社のカウンターでこう切り出しました。担当者から勧められたのは、埼玉県の郊外にある約4,000万円の新築戸建て物件です。
大輔さん「お~、いいですねえ! これぐらいの庭があれば、結構いろんな種類の野菜が育てられるんじゃない?」夕子さん「ほんとね。でも、ここだと通勤が大変かも……」大輔さん「たしかに。だけど戸建ては譲れないしなあ」夕子さん「そうね。都内でこの広さは無理だもんね」
大輔さん「お~、いいですねえ! これぐらいの庭があれば、結構いろんな種類の野菜が育てられるんじゃない?」
夕子さん「ほんとね。でも、ここだと通勤が大変かも……」
大輔さん「たしかに。だけど戸建ては譲れないしなあ」
夕子さん「そうね。都内でこの広さは無理だもんね」
大輔さんは2歳年下の妻・夕子さん(33歳)と籍を入れたばかり。2人とも都内に勤め、大輔さんの年収は約600万円、夕子さんの年収は300万円ほど。世帯年収はおよそ900万円です。
2人は結婚を機にマイホームを購入することにしました。健康への意識が高く、家庭菜園が趣味の2人にとって「庭つきの戸建」は譲れない条件でした。
利便性か、理想の暮らしか……。迷う2人に、担当者は「この近くにはバス停もあるので、アクセスはそこまで気にならないと思いますよ」と助言。価格も予算の範囲内だったことから、2人は35年・固定金利1.5%で住宅ローンを組み、マイホームの購入を決断しました。月々の返済額は12万円です。
そして、憧れの新居で希望に満ちた新婚生活をスタートさせました。
しかし、懸念していた「アクセスの悪さ」が、予想以上に2人を苦しめました。以前は片道30分だった通勤時間が1時間半に延び、往復3時間に。また、近くのバス停は最終便の時刻が早いことから、残業してしまうと利用できないこともしばしばありました。
「車がないと不便だな」
2人は悩んだ末、車を購入することに。想定外の大きな出費です。これに付随して駐車場代やガソリン代といったランニングコストが発生し、特にガソリン代の高騰が家計を圧迫。想定外の出費に精神的なダメージも蓄積されていきます。
そんな暮らしを続け、新居を購入してから2年ほど経ったある日のこと、大輔さんが仕事から帰ると夕子さんから衝撃のひと言が。
「子どもができたみたいなの」
喜びに包まれた2人ですが、大輔さんは内心不安が拭えません。
「子どもが生まれるってことは、当面は収入が減るのか。ただでさえ家と車のローンでカツカツなのに、大丈夫だろうか……」
2人は次第に、顔を合わせればお金の話ばかりするようになり、些細な支出を巡って深刻な夫婦げんかに発展。
「もう! こんなことなら家なんて買わなきゃよかった!」
そう吐き捨てると、その日から夕子さんは家事をしなくなり、大好きだった庭の手入れもやめてしまいました。
「せっかく理想の家を買ったのに、夫婦仲は険悪になるし、お金もかかるし、通勤も不便になった。妻が産休に入ったら、収入が減ってますます資金繰りが苦しくなる。だ、誰か助けて……」
家庭崩壊の危機に焦りを抱いた大輔さんですが、SNSでは私生活の充実感をアピールしていただけに、知り合いには相談できません。そこで専門家の意見を聞こうと、ファイナンシャルプランナー(FP)へ連絡。相談に訪れました。
鈴木夫妻の問題点は、ライフプランについて十分に考慮しないまま、“こだわり”を優先して戸建てを購入してしまったことにあるでしょう。
共働きで収入が多い状態を基準に住宅ローンを組み、新しい環境で増える支出や立地による生活への影響を甘く見積もったことで、家計に余裕がなくなってしまいました。
FPは2人の話を聞き、まずはお金の不安を取り除くため、現在の収支を確認。そして、住宅ローンや車、固定費など、下記の「5つの支出」を見直すことにしました。
「住宅ローン」の見直し 「車」の見直し 通信費・光熱費など「固定費」の見直し 「家計管理方法」の見直し 「財形貯蓄」の休止
鈴木夫妻は下記の条件で住宅ローンを組みました。
〈住宅ローンの内容〉借入額:4,000万円35年・固定金利1.5%返済額:12万円/月(ボーナス返済なし)
〈住宅ローンの内容〉
借入額:4,000万円
35年・固定金利1.5%
返済額:12万円/月(ボーナス返済なし)
この条件から、ボーナス払いや返済期間の変更など、金融機関と相談しながら調整します。より金利が低いローンに借り換えられた場合、返済期間が同じであれば、毎月の返済額だけでなく総返済額を減らす効果もあります。
ただし「変動金利」に借り換える場合は注意が必要です。将来金利が上昇した際、毎月の返済額が増える可能性があります。
所有車は見直す余地があるでしょう。具体的には、いま乗っている普通車を維持費や税金が安い軽自動車に乗り換える、自動車保険を見直す、カーシェア・カーリースの活用を検討するといった方法があります。
自動車保険は契約時と状況が異なっていることも多いため、補償内容を見直してムダな補償をカット。場合によってはネット型保険に切り替えると保険料が安く済むかもしれません。
また、車の使用頻度によってはカーシェアやリースのほうが経済的な可能性があります。
光熱費や通信費を現在よりも安いプランに変更したり、スマートフォン契約を格安SIMに変更したり、不要なサブスクを解約したりすることで月々の出費を抑えます。
家計簿アプリを活用して日々の収支を可視化するといいでしょう。これだけでムダな支出を減らす効果があります。
大輔さんは月2万円(年間24万円)の財形貯蓄を行っていますが、応急処置としてこれを止め、家計が改善できたら再開することにします。
また、大輔さんは夕子さんが産休を取得したあとの収入源について不安を感じていましたが、夕子さんが今後「産休・育休」を取得しても、その期間夕子さんが無収入になるわけではありません。
・出産手当金産前産後休業の期間中、健康保険から1日につき原則として賃金の3分の2相当額が支給される。・育児休業給付金1歳未満(最で2歳未満)のを養育するための育児休業の場合、支給日数合計が180日までは休業開始時賃金日額の67%相当額、それ以降は50%相当額が支給される。
・出産手当金
産前産後休業の期間中、健康保険から1日につき原則として賃金の3分の2相当額が支給される。
・育児休業給付金
1歳未満(最で2歳未満)のを養育するための育児休業の場合、支給日数合計が180日までは休業開始時賃金日額の67%相当額、それ以降は50%相当額が支給される。
なお育児休業給付金は非課税です。加えて育児休業期間中は社会保険料免除があることから、手取りベースで考えるとおおむね8割程度が支給されることになるでしょう。
夫婦のライフバランスを崩す要因となった「通勤時間」は慎重な検討が必要です。自宅を賃貸に出す場合、ローン返済を賃料でカバーできるか調査します。
住み替えを視野に入れるのであれば、売却価格がローン残債を上回るかどうかがカギとなります。一般的に取得時は資産価値よりもローンの負債額が多く、特に新築物件は売却価格が残債を下回るオーバーローンになる傾向にあります。
また、利便性のいい都心の賃貸マンションに引っ越した場合、家賃(2LDKの家賃相場:20万円前後)がこれまでのローン返済額を上回り、さらに家計が悪化する懸念もあります。車の処分を検討するなど、事前に詳細なシミュレーションが必要です。
鈴木家の家計は、いまできる最善策を考え柔軟に対応することで、十分に健全化することが可能です。
収支が改善したあとは、お掃除ロボットや食洗器などを徐々に導入することで家事の負担が軽減され、時間だけでなく精神的な余裕も生まれるでしょう。また夫婦の趣味である家庭菜園も、食費を抑える立派な節約術のひとつです。浮いたお金で便利家電を積極的に取り入れてみてもいいかもしれません。
家は単なる建物ではなく、家族が成長し、思い出を重ねる場所です。せっかく理想の家を手に入れたのですから、しばらくは住み続けることを前提に働き方を見直すというのも選択肢のひとつでしょう。将来の子どもとどのように過ごしたいか、今後の子育ても見据えて住まいや家計プランを練ることが重要です。
ライフプランを定期的に見直しながら、無理のない資産形成を心がけることで、夫婦が抱く“後悔”を“安心”に変えることができるでしょう。
山原 美起子株式会社FAMOREファイナンシャル・プランナー