まるで高級クラブのようなフロアには5卓の全自動麻雀卓が置かれ、20人余りの高齢者が真剣な眼差しで卓を囲む。入口にずらりと並ぶのは最新のパチンコ台。施設の一角にあるカードコーナーでは、ディーラーがカードを配り、しばしば歓声や悲鳴が上がっていた。
「何もかもが初めての試み。最初は『こんなのは介護じゃない』『ふざけすぎだ』と周りから怒られてばかりでした。オープン当初は白熱したご利用者同士でのケンカやトラブルも絶えなかった。麻雀牌が飛び交うこともありました(笑)。そこから日々改善を続けて、今があります」
そう語るのは日本シニアライフ株式会社・代表取締役社長の森薫さん。カジノの要素を取り入れたデイサービス「ラスベガス」は、2013年に最初の店舗をオープンし、現在は関東・中部地方を中心に21拠点を展開している。なぜ、介護施設でカジノなのか? 「デイサービス ラスベガス相模原」にお邪魔して話を聞いた。
13時、施設内に突如レディー・ガガの曲が流れ始める。休憩していたおじいちゃんたちがクルっと向きを変え、軽快な音楽に合わせて一斉に運動を始めた。
「10時と13時に10分間ずつ、機能訓練の『ベガストレッチ』を行います。それぞれ上半身5分、下半身5分の運動をみっちりとやっていただく。この体操をすることで施設内通貨の“2万ベガス”が手に入り、麻雀やカードゲームといったレクリエーションで使用する仕組みです」
若者でもじっとりと汗をかくほど、なかなかハードな運動だ。さらに1時間おきに5分ずつの体操が加わり、運動時間は1日で計40分。なるほど、これはただ遊ぶだけの施設ではなさそうだ。
レクリエーションは麻雀、カラオケのほか、ブラックジャックやバカラといったカードゲームが中心に行われる。
「デイサービスの定番に計算ドリルがありますが、これがまあ『つまらない』と不評でして。『こんな簡単な問題を出すなんてバカにしているのか』と怒り出す人もいますし、逆に『こんなのも出来なくなった』と落ち込んでしまうこともある。
ブラックジャックは戦略を立て、四則演算をする必要があり、他者とコミュニケーションを図るゲーム。自然と認知機能を補えるようになるんです。
それにしても本格的な施設だ。半年に一度は新台に入れ替えるというパチンコに、全自動麻雀卓。全員が介護資格を持つというスタッフたちの制服はまるで本場のディーラーで、“介護”や“医療”といった雰囲気は微塵も感じない。
「ちゃんと法令や介護保険に則って運営しています。賭博にならないよう“ベガス”は現金はもちろんサービスや物品に換金することはできません。1日の終わりに表彰式を行い、その日に1番多く“ベガス”を獲得されたご利用者に表彰状と記念の写真をお渡ししています。ご近所から『あそこで賭場を開いている』と通報されかねないので、所轄の警察署にもしっかり報告していますよ」
ラスベガス全体では現在、月間約1300名が利用しており、そのうち7~8割が男性だ。これまで一般的なデイサービスでは、男性の割合は1~2割ほどと圧倒的に少なかった。
「男性は介護が必要になると、外出や人に会うことを控えるようになる傾向が大きい。デイサービスの『折り紙や塗り絵といった子供っぽい遊びが苦痛』『女性がほとんどで、うまくコミュニケーションを図れない』という方も多く、介護業界にとって大きな課題と感じていました。ご利用者が『自分から行きたい』と思える施設の必要性を感じていたんです」
ラスベガスが送迎にカジノ風の「黒塗りワンボックスカー」を使用するのも、そうした工夫の一つだ。
「男性は特に、デイサービスに通っていることを周りに知られるのがイヤなんです。以前勤めていた施設でご利用者をお迎えに上がった際、ご自宅前に介護用のキャラバンを停めたんですが、『そんなところに停めたら、俺が介護を受けているとバレるだろうが!』と、めちゃくちゃ怒られてしまって……。雰囲気作りのためだけではなく、こうしたご意見を全てサービスにつなげています」
2025年度時点で日本における65歳以上の高齢者数はおよそ3607万人。そのうち要介護・要支援認定者は717万人を占めている。ラスベガスの場合は、なかでも要介護度1~2の人が中心だ。「要介護2」とは、日常生活を送るのに見守りや介助が必要であるとされている。
「『ラスベガスは元気な人しか来られないじゃないか』と、よく批判されるんですけど、そうじゃないんです。認知症の方のご家族に、うちでの様子をお伝えすると『自宅では全然だめなのに、麻雀が打てるんだね』と驚かれることも多い。ここに来たから、元気になっていらっしゃるんです」
ラスベガスは要介護度の維持・改善率が2年後で82%と、非常に高いのが特長だ。気持ちが前向きになることで要介護度が下がるケースも多く、なかには要介護度5から3に下がったり、要介護3の方が要支援まで回復したりするケースもあるという。
とはいえ、前代未聞の取り組みである。森さんはこれまで多くの批判にさらされてきた。
「会社の役員会でも『森は何を考えているんだ』と、猛反対の嵐でしたね。開所してからもすぐ『ギャンブルを税金でやるとはけしからん!』と、行政からもまあまあ怒られまして……。税金を使っているのは事実。遊んでいるのも事実。でも、税金を使って成果が出ないほうがもっとよくない。我々が真っ先にやるべきなのは、ご利用者の日常生活を向上させ、孤立を解消すること。そしてご家族の介護負担を軽くすることだと思うんです」
総務省の調査によれば、家族の介護のために離職した人は全国で年11万人にのぼる(2022年時点)。2010年の約5万人に比べ、2倍以上にもなっているのだ。
いわゆる“老老介護”も急増している。厚労省によると、65歳以上の高齢者を介護する家族の63.5%が、同じく65歳以上の高齢者であることが明らかになった。介護する側・される側ともに75歳以上の後期高齢者というケースも35.7%と過去最高にのぼっている。
「私どものもとにも『老老介護が続いて、もう限界です』という方が多く訪れます。現役世代の“介護離職”も大きな社会問題。働き手が少なくなれば、日本の国力も弱くなる。私たちがやらなければならないことは、まだたくさんあるんです」
この日、カードコーナーでバカラを大いに盛り上げていた木村高明さんも介護問題に悩む一人だった。木村さんがデイサービスに通い始めたのは、病気のため半身に麻痺が残ったことがきっかけという。
「こちらに通い始めてだいたい6~7年ぐらいかな。うちは女房と私の2人暮らし。女房は仕事していて、その間は私が1人で留守を預かっていました。でも、私がこういう体なもんだから心配して、日に3回も4回も、仕事中に何度も電話してくれる。『ご飯食べた? ちゃんとお茶飲んでる?』って。
負担を掛けるのが辛くて、ここができる前はよそのデイサービスに通っていたんです。行ってもつまらないんだけど、行きたくないって言うと女房に迷惑をかけるでしょう。丸一日身を縮めて、じっとして過ごしていた。でもここがオープンして、試しに来てみたら人生が変わったんですよ」
ラスベガスには、その名も「ベガスリッチ10」という年間の億万長者を決める仕組みがある。実は木村さん、ラスベガスの絶対的王者。この5年間、常にTOP10の座を守り続けているというレジェンドだ。
「勝つコツはね、ただ闇雲に賭けるんじゃなくて、ディーラーのカードを読みながら駆け引きすること。昔からカードはちょこちょこと遊んでいたんだけど、ここだと思いっきり楽しめるんです。本物のお金だったらビビって、こんな賭け方は絶対できません(笑)。 周りの皆さんを見て下さい。大胆に賭けているでしょ?
カードは瞬時に計算しなきゃいけないし、麻雀は指先の運動にもなるから、ボケ防止のリハビリになる。いまは週4回お世話になっています。女房も気持ちが楽になって仕事に専念できている。私もここに来るのが毎日楽しみ。やっぱりね、家だとこういうことってないんですよ。ずっと一人でテレビを見てボーっとしているのがほとんど。ここでは明るくなれるんです」
「税金で遊ぶな!と怒られてばかりです」全国で人気急上昇「カジノ型デイサービス」に吹く逆風…それでも職員たちが施設を守り続けるワケ