「日本人女性の睡眠時間が少ないことは指摘されています。それは家事、育児、介護などの負担が大きいから。“眠れない”環境であることが浮気に発展するというケースもあったのです」と語るのは、探偵の山村佳子さん。横浜のリッツ探偵事務所の代表だ。
山村さんのもとに相談にきたのは大手商社に勤務する43歳の亮二さん、結婚12年になる40歳の妻との間には、10歳の息子がいる。前編「毎日4時間睡眠で「義母の介護」妻の浮気を大手商社マンの夫が疑う理由」で詳細を伝えたように、結婚して10年以上になる一家に大きな変化が訪れたきっかけは、亮二さんの80歳になった母が転倒して骨折し、亮二さんの家で同居を始めたことでした。
亮二さんは一手に介護を引き受ける妻の浮気を疑っているのですが、どうもすっきりしません……。
依頼を受けながらも、今回の相談は少し不安になりました。
12年前に結婚した亮二さんと妻の夫婦は、1年前に亮二さんの母(80歳)が転倒して骨折し、右足の自由が効かなくなったことで、東京の自宅に呼び寄せて同居することを決めました。妻が亮二さんの母の引き取りを承諾したのは、亮二さん曰く「妻の父がギャンブルで作った借金200万円を、亮二さんが肩代わりしたから」とのこと。さらに、最近は給湯器の修理代30万円も亮二さんが払っています。
妻もしばらくは子育てしながら働き続けていましたが、勤務していたソーラーパネルの販売会社が1年前に倒産してしまい、再就職もうまくいきませんでした。無職になったタイミングで亮二さんの母の同居話が持ち上がったのです。亮二さん曰く、「亮二さんへの借りを返す」意味合いもあり、右足が不自由になってしまった母の介護を引き受けてきたそうです。
亮二さんの母は、入浴に介助が必要です。また、昼間は時間こそかかりますが自力でトイレに行けますが、夜間は尿意に気づいてから起きるために、粗相をしてしまうことがある。そうならないために、妻は母の近くで寝ているそうです。
妻の1日の生活を聞くと、朝5時に起き、私立小学校に通う息子の弁当を作り、朝風呂派の亮二さんのために風呂を沸かし、家族に朝ごはんを食べさせて、6時半に息子を駅まで送り、7時に亮二さんを送り出す。その後、家事をしたり、亮二さんの母の世話をしたりしているうちに、息子が帰ってきて習い事や塾のサポートをする。夕飯を作り、息子のお風呂や宿題の面倒を見て、0時過ぎることもある亮二さんの帰宅を迎える。その後に洗濯をして1日が終わるそうです。ほぼ毎日4時間睡眠です。
そんな妻がここ最近、平日の8時から15時まで家を空けていると、亮二さんの母からの報告を受けます。妻にそのことを聞くと「家にいるよ」と言われてしまう。妻のスマホを見ると、特定の番号と頻繁に電話をしている形跡がある。亮二さんは「離婚を考えていませんが、真実を知りたい」とおっしゃるので、調査に入りました。
妻は、LINEもSNSも全くやっていません。連絡は電話かショートメッセージで行っています。デジタル全盛時代ですが、妻のような人は意外と少なくありません。相手よりも自分を優先する傾向があり、浮気に気づかれていると察知していないために、尾行が容易であることが多々あります。
調査は平日の朝、亮二さんの自宅前から行いました。建売住宅が並ぶ中、注文住宅の亮二さんの自宅はおしゃれなデザインをしており、明らかに“他と違う”雰囲気を醸し出しています。ガレージには人気の外国車があり、亮二さんの美意識の高さが伺えます。
6時30分に妻と息子が出てきました。妻は息子を車に乗せて、近くの駅まで送ります。徒歩7分程度でも、車を出しているところに、息子を大切に育てていることを感じました。きれいなダウンジャケットを羽織った妻は小柄で地味な雰囲気で、ある種の男性からすると「守ってあげたい」と思う外見をしています。
7時に亮二さんが出ていった後、動きがあったのは8時に亮二さんの母と共に家から出てきたこと。
母を助手席に乗せて、車で20分程度の総合病院の待合室へ。私たちは二人の前のベンチに座ったのですが、亮二さんの母は昔話を延々と喋るタイプの女性で、「地元の直子ちゃんのお嬢さんは子供がすぐ生まれて、その子がバイクに乗っていて~」など、妻には全く関係ないことを垂れ流すように話していました。妻は適当に相槌を打ちながら、長い病院の待ち時間を過ごしています。
13時に診察と会計が終わると、亮二さんの母は「ありがとう」とか「お疲れ様」などと言う前に「お腹すいた!」と叫ぶ。亮二さんの自己中心的とも取れる性格は、この母によって育まれたのではないかと思ってしまいました。
妻はにこやかな微笑みを讃えながら、家の近くの和食のファミレスに寄り、二人で海鮮丼を食べて帰宅。この日は動きがありませんでした。
2日目も朝から張り込みを開始。妻は息子を駅まで送り、自宅に帰るのかと思ったら、自宅から車で15分程度の場所の幹線道路の脇にあるコインパーキングに車を停め、2階建ての古いアパートに合鍵を使って入って行きました。音が容易に聞こえるはずの、古い物件なのに、物音ひとつしません。
13時に背が高い男性がその部屋に入って行きました。控えめにシャワーを使う音が聞こえたと思うと、妻は「お帰りなさい」と言っている。男性は「腹減ってるだろ」と何か炒め物を作り、二人で食事をしたのでしょう。妻は14時30分に出てきて、地元の駅前で車を停め、息子をピックアップして帰宅。
以上を亮二さんに報告すると、「全くわからないです。この男が誰か、調べてください」と追加で調査を受けました。
男性を調べると、大企業でSEとして勤務しており、現在は巨大施設のシステム設計を手掛けていました。電車で1本の都心のビルに通勤しており、勤務時間は不規則な様子。離婚歴があり、妻との関係は埼玉県の有名県立高校の同級生でした。
亮二さんは、「こいつと妻は付き合っているんでしょうか?」と言いましたが、現時点では分かりません。妻の性格や使える時間を考えると、外でデートするようなタイプでもなさそうです。この家を張っていれば、音声の証拠が取れるかもしれませんが、それには調査費用がかかる上に、ラブホテルではないので裁判で勝てる証拠としては厳しいものがあります。
亮二さんは妻と話そうとしたらしいのですが、妻がいなくなっては、家が回らなくなることに気付き、考えあぐねているうちに、妻が「次の日曜、実家に朝から行く」と言い出します。その日に調査をすると、妻は電車で男性が住む駅で下車。改札で待っていた男性と手を繋ぎ、駅ビルで惣菜とお酒を買って男性の家に入って行きました。音声での性交渉の証拠は取れて、切れ切れではありますが、妻が別居を考えており、一緒に住めないかという相談を持ちかけている音声も取れました。
これを報告すると、「やっぱりデキていたか」と亮二さんは頭を抱えていました。亮二さんは育児と母親の介護を妻に丸投げしている。妻の親の借金を肩代わりしたことを足枷にしたいようですが、200万円という金額は多少頑張れば払えないこともない金額です。
「ちょっと妻と話し合います」と言いましたが、亮二さんが言い出せないまま1ヵ月が経過。そのうちに妻から「離婚したい。その前にとりあえず別居したい」と言われてしまったそうです。
「妻は妻が妊娠中に俺がやった浮気の証拠を押さえていた。さらに、俺が妻に怒鳴った音声なども持っていたんです。言うことを聞かない息子を叩いている動画もありました。妻があの無表情な感じで、これらの証拠を押さえていたといいうのが怖い」
さらに、妻は亮二さんの母からも嫌がらせを受けていました。亮二さんの母は、息子の愛情を自分だけに向けたいというタイプの女性で、「私の家族は亮二と洋ちゃん(亮二さんの息子)だけなのよ」という内容の手紙を、毎日のように書いて、妻に渡していたのです。
亮二さんは「俺の母親が、そんなに性格が悪いというか、頭がおかしいとは思っていませんでした。俺にするように、感謝しているとばっかり思っていたのに」と言いますが、意外と嫁を敵視する女性は多いです。親と同居が始まってから、離婚をするケースは多々あります。
最低限の睡眠時間で頑張っていた妻は、義母の度重なる嫁いびりと、亮二さんの「親の借金があるのだから、介護して当然」という態度に憔悴。このままではメンタルを病んでしまうと心配したそうです。ただもともと友達が多いタイプではなく、息子が私立小学校に通っているために地元に友達もいない。2ヵ月前、藁にもすがるような気持ちで、結婚前に交際していた男性に連絡。すると、「ウチに寝にくればいいじゃん。近いし、昼間は誰もいないし」と言われたそうです。
最初は、男性が不在な間に行き、仮眠をしてから帰宅していたそうですが、やがて男女の仲に。妻は自分が置かれた状況のグチを話していましたが、男性は「それはおかしい」と本格的な相談に乗るようになったのだとか。男性は妻からのモラハラで離婚した経験の持ち主でした。
「妻は、ウチの母から“亮二と洋ちゃんだけが私の家族”と手紙と言葉で言われ続けたために、息子に対して愛情が持てなくなったと話しています。このままでは離婚になる。ウチの母は“だから言ったでしょ?私が正しいのよ”と言っているし、息子に離婚のことをやんわりと話すと“パパと一緒にいた方が、このままの学校で大学まで行けるんでしょ? 僕の家族はバアバとパパなんでしょ?”と言う。母が息子に妻がバカだということを刷り込んでいたんです。もうめちゃくちゃです」
長い時間をかけた、夫婦の不和が浮気という形で現れ、その奥には根深い問題があることが多いです。妻は、睡眠時間を削り、キャリアを犠牲にして亮二さんとその母、息子に献身しましたが、何の見返りもない。「見返り」どころか、義母には感謝の言葉どころか「家族ではない」と言い続けられ、夫には息子にもバカにされてきたのです。亮二さんはいい大学を出て大手商社に入社して活躍しており、それは素晴らしいことですが、そうでない人を軽んじていいものではありません。
妻はもともと、不器用ながらも仕事が好きで、目の前にあることに真面目に取り組んできた人でした。新しいパートナーと一緒になるかどうかはわかりませんが、義母や亮二さん、息子から貼られた「ダメな人」というレッテルと呪縛から逃れることができ、のびのびと新しい生活を送る事でしょう。
妻が浮気に走った原因を作った真犯人は、義母を筆頭とした家族全員とも言えます。無償労働をしてくれる人がいるからこそ生活が成り立っていることを、亮二さんはようやく気付きました。妻の心をつなぎとめるには遅すぎましたが、母と息子と三人が、妻がどれほどやってくれたのかに直面することでしょう。そして、無償労働やケアワークへの経緯を感じることができるはずと信じたいです。この家族の肖像が、今の日本社会の縮図でないことを、心から祈ります。
今回の調査料金は60万円(経費別)です。
【前編を読む】毎日4時間睡眠で「義母の介護」40歳妻の浮気を大手商社マンの夫が疑う理由