兵庫県の斎藤元彦知事の疑惑などを調べていた県議会調査特別委員会(百条委)が、パワハラ疑惑などで“クロ判定”の報告書をまとめた問題。知事は報告書を「一つの見解」と一蹴して指摘を受け入れず、亡くなった告発者の私的情報の公開を示唆し反撃の動きを見せている。昨年に斎藤知事の不信任を決議した県議会は、その後の出直し選で再選された斎藤知事に強く出られず、当面静観の構えだ。だが、県庁内で知事への不信は強まっており、県政の混乱は沈静化どころか拡大している。
〈画像〉昨年9月は増山氏、岸口氏も含め全会一致で不信任決議…賛成の白票だけになった投票箱
3月5日の県議会本会議では、3人の斎藤知事派県議を除く大多数の賛成で百条委報告が了承された。
「報告書は、斎藤知事のパワハラや物産品のおねだり疑惑などを『一定の事実』と認定しました。
さらに2023年11月の阪神・オリックス優勝祝賀パレードに絡み協賛金を出した金融機関に県が国庫補助金を増額すると約束したとの疑惑についても、真偽の判断は避けながらも、県関係者が背任罪などで立件されれば、知事は管理責任を重く受け止め対処するよう求めています」(地元記者)
それだけではない。昨年3月、疑惑を元西播磨県民局長・Aさん(60)が匿名で外部に発信した直後、斎藤知事は当時の片山安孝副知事(昨年7月に辞職)らに発信者探しを命じ、特定されたAさんに懲戒処分をかけている。
「県当局が行なったこの一連の行動を報告書は『公益通報者保護法に違反している可能性が高い』と言い切りました。同法は公益通報を理由とした公務員や会社員の不利益な取り扱いを禁じていますが、これを無視したということです。
法には処罰規定がありませんでしたが、斎藤県政のふるまいを機に法改正が進み、通報者を処罰した者は6か月以下の拘禁刑を科すなどと定めた改正法案が3月4日に閣議決定されました。法務省などでは“元彦法”と陰で言われています」(大手紙政治部記者)
報告書に対し斎藤知事は3月5日の記者会見で反論した。まずパワハラ認定に「私としては業務上必要な範囲で、社会通念上の範囲内で指導や指摘をさせていただいた」と反論し言動を正当化した。
Aさんへの県の対応についても、告発文書は「誹謗中傷性の高い文書」で公益通報には当たらないとの従来の主張を続け、ほかの3つの理由とともに懲戒処分をかけたことに問題はないと主張。
「ご本人が不服があるんであれば人事委員会などに申し立てや裁判をできたはずですけども、ご本人はそこはされなかった。それで懲戒処分というものは確定したというのが今の見解です」と述べ、手続きの適法性を訴えた。
ただ、Aさんが不服を申し立てなかったことには事情があると同僚職員は話す。
「発信者をAさんと特定した斎藤知事は直後の昨年3月27日の記者会見で、告発を『事実無根』『嘘八百』と非難し、Aさんを『公務員失格』と断罪しました。これで知事が態度を改めないと悟ったAさんは4月4日に県の窓口にほぼ同じ内容の通報手続きを取っています。
さらに人事委員会に不服申し立てをしない理由についてAさんは『自分は(処分を担当した)人事課のOBです。人事課の職員たちがどんな思いで仕事をしているか、分かっているつもりです。その後輩たちを訴えることがどんなに辛いことかご理解いただいきたい』と書き残しているんです」(同僚職員)
Aさんはこの訴えを書いた後、昨年7月に急死した。
告発者探しの中で片山副知事がAさんの県公用パソコンを取り上げ、中にあった私的テータを井ノ本知明総務部長(当時)が関係者に見せて回っていたことが分かっている。
さらに当時、維新に所属し百条委メンバーだった岸口実、増山誠の両県議がこのデータの開示を求めていた。いずれもAさんを貶めることで告発には信用性がないと印象付ける狙いだったとみられている。
同僚職員が「このデータが出回ることに苦しんでいた」と話すAさんは「一死をもって抗議する」との家族に宛てたメッセージを遺し亡くなっているのが見つかった。自死とみられている。
約9か月間続いた百条委の調査では、現職の県職員の証言などで斎藤知事のパワハラや県による違法な公益通報者つぶしについて認められそうだとの見通しは出てきた。
これに備え斎藤知事は昨年末から、「最終判断は司法が行なう」と予防線を敷いており、報告書を受けての記者会見でも「ハラスメントについても最終的には司法の場で判断されるということも一般的ですし、公益通報も通報された方が公益通報についての争いをするということで、違法性の判断というものは司法の場でされる」と主張。
ところが記者から司法判断を知事から仰ぐのかと聞かれると斎藤知事は「私からはないと思います」と即答した。
「パワハラは被害を受けた職員が知事を訴えて勝たなければ認めないという意味でしょう。Aさんの処分については、遺族が取り消しなどを求める裁判を起こし、そこで勝訴しない問題があったと認めないということでしょうか」と、斎藤氏の言葉を聞いた県関係者は憤る。
さらにこの会見で斎藤氏は、A氏が県のパソコンで「倫理上極めて不適切なわいせつな文書を作成されてた」ことが処分理由の中にあると言い始めた。
「県人事課はこれに絡む処分理由では、『(Aさんが)業務と関係のない私的な文書を作成し職務専念義務等に違反した』としか発表していません。これよりも踏みこんだ内容を公表することは名誉棄損ではないかとの声も出ています。
井ノ本総務部長や岸口、増山両県議がやったのと同じことを知事はやろうとしていると感じます。こんな状況でAさんのご遺族が処分への異議申し立てをできるわけがない」(県関係者)
百条委の報告にも非を認めず、亡くなった告発者をさらに責めるかのような態度を取った斎藤知事の会見を受け、読売と日経、朝日、産経の各紙がこの姿勢を批判する社説を掲げ、兵庫の問題は再び全国レベルで拡大した。
だが、昨年不信任決議案を全会一致で可決した県議会の動きは鈍い。その事情を県議会関係者はこう話す。
「昨年11月の出直し知事選で111万票余りを獲得して再選された知事を、半年もたっていないのに再び不信任できるのかと考えると県議会も慎重にならざるを得ないでしょう。また、斎藤知事に代わる次の有力な知事候補がいないという現実的な問題があります。
一方、知事の疑惑に関しては元裁判官らでつくる第三者委員会が3月中に報告書を出す予定です。さらに、知事選で斎藤知事の陣営が公職選挙法で禁じられた有償のインターネット広報を行なったと告発された問題で、兵庫県警と神戸地検がSNS広報を担ったPR会社に合同で家宅捜索を行うなど捜査が続いています。
このため第三者委と捜査の行方を見定めようと、県議会は6月議会までは表立った動きはでないでしょう」(県議会関係者)
だが、議会が動くまで斎藤県政が安泰かといえばそうではない。
「Aさんを貶めた知事の記者会見を見た同僚も怒りに震えていました。公務員は、どのような人であれ選挙で選ばれたトップの政策実現を図る努力をすることが仕事だと分かっています。でも、斎藤知事だけは許せない」(県職員)
正面突破を図った斎藤知事の足元で、県組織の揺らぎは拡大している。
※「集英社オンライン」では、今回の記事についてのご意見、情報を募集しています。下記のメールアドレスかX(旧Twitter)まで情報をお寄せください。メールアドレス:[email protected](旧Twitter)@shuon_news
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班