自分が何歳まで生きるかは誰にもわかりません。そのため、せっかく老後資金を貯めてもお金を使うことに躊躇いを感じる人は少なくないでしょう。究極、亡くなるときに資産ゼロを理想とすると、老後資金はどのように使っていけばよいのでしょうか? 本記事ではAさん夫妻の事例とともに、老後資金の使い方について、CFPの伊藤貴徳氏が解説します。※プライバシー保護の観点から、相談者の個人情報および相談内容を一部変更しています。
「このままお金を使わずにいたら、私たちはいつ楽しめるのかしら?」
60代半ばを迎えたA夫婦は、ある晩の食卓でふとした疑問を抱きました。夫のAさん(65歳)は大手企業を定年退職し、退職金を含めた総資産は1億円を超えています。妻のBさん(63歳)は長年専業主婦として家庭を支えてきました。夫婦のあいだにはすでに独立した息子が2人おり、彼らも経済的に自立しています。老後の生活は、年金収入と貯蓄で十分に賄える状態でした。しかし、Aさんはふと気づきました。
「この1億円、いつ使うんだ?」
これまで夫婦でコツコツと貯めてきたお金ですが、使う計画は特に立てていませんでした。むしろ、「老後に備えてできるだけ使わずに取っておくもの」と考えていたのです。若いころから「老後のために貯金しなさい」といわれ続け、それを忠実に実行してきたAさん。しかし、退職を経て自由な時間を手に入れたいま、お金は「ただの数字」と化していました。
銀行の預金通帳を見て、「このお金はなんのためにあるのだろう?」と違和感を覚えはじめたのでした。
そんなある日、Aさんはたまたま立ち寄った書店でとある本に目が留まります。どうやら亡くなるときに資産ゼロを目標にするという趣旨のようです。Aさんは、試しに読んでみようとページをめくっていると、これまでの価値観を揺るがすような言葉が並んでいました。
「お金は使わなければ価値がない」「老後にお金を残すことを目的にするのではなく、人生の最適なタイミングでお金を使うべきだ」「記憶(経験)こそが最大の財産であり、お金はそのための道具である」
「お金は使わなければ価値がない」
「老後にお金を残すことを目的にするのではなく、人生の最適なタイミングでお金を使うべきだ」
「記憶(経験)こそが最大の財産であり、お金はそのための道具である」
Aさんはハッとしました。確かに、60代のいまは体力もあり、夫婦で旅行を楽しむこともできます。しかし、70代、80代と年を重ねてからでは、行動範囲も限られ、思うようにお金を使うことも難しくなるかもしれません。
「この本、一緒に読んでみないか?」
AさんはBさんにも本を手渡しました。Bさんは最初、「でも老後のためにはある程度残しておいたほうが……」と不安を感じていました。しかし、本を読み進めるうちに、次第に考えが変わっていきました。
「確かに、お金を貯めるだけじゃなくてちゃんと使い方を考えたほうがいいわね」
従来、老後の資産管理では「長生きリスクに備える」ことが最優先とされてきました。実際、厚生労働省のデータによると、日本人の平均寿命は年々伸びており、現在は男性が約81歳、女性が約87歳に達しています。(令和5年簡易生命表)
「長生きすることは素晴らしいことだが、老後資金を備えるばかりで、いまを楽しめていないのではないか? もっと若いうちに使っておけばよかったのかな……」
A夫婦はそう考えました。しかし「いまさら後悔ばかりしていても仕方がない。いまが一番若いんだし」と、夫婦で話し合い、以下の2つの「お金の使い方」を比較しました。
1.いまの生活費を最小限に抑え、老後の不安に備えながら慎重にお金を残していく2.いまこそ経験に投資し、後悔のない人生を送るために計画的にお金を使いきる
2.いまこそ経験に投資し、後悔のない人生を送るために計画的にお金を使いきる
Aさんは、「1」の選択肢では、結局お金を使わないまま人生を終える可能性が高いことに気づきました。一方、「2」の考え方を取り入れれば、「本当にやりたいこと」にお金を使いながら、人生を最大限楽しむことができます。Bさんも、「いまのうちに夫婦で海外旅行に行ったり、新しいことに挑戦したりするのはいいかもしれないわね」と賛同しました。
こうして、A夫婦は「1億円をただ蓄えるのではなく、自分たちが楽しみながら計画的に使いきる」という方向に舵を切ったのです。
A夫婦は具体的に60代・70代・80代以降でどうお金を使うかを決めました。
60代(体力のあるいまこそ経験に投資)●長年憧れていた世界一周旅行を実現する●趣味のゴルフやカメラを本格的に始める70代(生活の質を維持しながら、ゆとりを持って過ごす)●コンパクトな駅近マンションに住み替えて利便性を向上●健康維持のためのトレーニング費用を確保●子どもたちに生前贈与し、早い段階で資産を活かしてもらう80代以降(介護や終活を見据えた資産活用)●希望する介護サービス、老人ホームの資金を確保●自分たちの葬儀費用を確保し、家族に負担をかけない
●長年憧れていた世界一周旅行を実現する
●趣味のゴルフやカメラを本格的に始める
70代(生活の質を維持しながら、ゆとりを持って過ごす)
●コンパクトな駅近マンションに住み替えて利便性を向上
●健康維持のためのトレーニング費用を確保
●子どもたちに生前贈与し、早い段階で資産を活かしてもらう
80代以降(介護や終活を見据えた資産活用)
●希望する介護サービス、老人ホームの資金を確保
●自分たちの葬儀費用を確保し、家族に負担をかけない
Aさんたちは世界一周旅行から帰宅後、たくさんのお土産を持って長男一家のもとへ遊びにいきました。次男一家も集うその場で、息子たちは言葉を失います。両親の変化に驚いてしまったのです。次男に至っては「もしかしてもうボケちゃって、詐欺師にでも騙されているのでは?」などという始末。
それもそのはずです。確かに父Aさんは現役時代、高所得者でした。だからといって両親が浪費をしているところなど、みたことがなかったのです。身の丈よりも少し低いくらいの生活レベルで過ごす、それが息子たちからみた両親のイメージでした。どうやら息子たちには、両親が老後に突然浪費しだしたようにみえたようです。
Aさんは笑って、これからの計画について息子たちに話しました。丁寧に、それも生前贈与について考えてあることも意思表示したことによって、段々と息子たちも納得してくれました。いまでは「自分たちで築いてきたお金だもんね。楽しく生きてくれていることが一番だよ」と、応援してくれているそうです。
A夫婦なりの資金計画を立てたことで、2人はお金を使うことへの不安が消えました。
「お金を貯め続けるのが目的ではなく、どう使うかを考えることが大事なのね」Bさんがしみじみと語ります。
Aさんも「お金を残すことを考えるのではなく、どうやって最適に使うかを計画することで老後の不安がなくなった」と笑顔を見せました。
「せっかく貯めたお金を使うのはもったいない……」と考える人は多いでしょう。しかし、そのお金を使わなかった場合、どうなるのでしょうか?
●使わずに亡くなってしまう?●家族が相続税を払うことになる?●お金を使わないまま、後悔が残る?
●家族が相続税を払うことになる?
●お金を使わないまま、後悔が残る?
「お金の価値は使ったときに生まれる」という考え方もあります。「貯める」よりも「いま使うこと」で、人生の満足度は大きく変わるかもしれません。
お金を使うことで、「最高の経験」を手に入れられるなら、それこそが「本当に価値のあるお金の使い方」となることでしょう。またA夫婦のように、元気なうちに家族間でお金の使い方について共有しておくことは、後々のトラブルを防ぐうえでも非常に重要になります。
伊藤 貴徳
伊藤FPオフィス
代表