高齢化社会において、富裕層はより快適な老後を追求するため、高級老人ホームを選ぶケースが増えています。しかし、高額な費用を払い、充実したサービスを受けられるはずの施設で、なぜ孤独や悩みを抱える人がいるのでしょうか。本記事では、FP相談ねっと・認定FPの小川洋平氏が老人ホーム選びの注意点を解説します。

都内で暮らす花田美智子さん(仮名/75歳)は、長年連れ添った夫の死をきっかけに老人ホームに入居することにしました。49歳の一人娘も地方で家庭を持ち、現在は一人暮らしです。
一人暮らしでは自分の身になにかが起きたとき、誰にも気づいてもらえないかもしれません。不安を感じた美智子さんは、「慣れ親しんだ我が家を離れるのは……」と入居に対して抵抗がありましたが、安心を求めて高級老人ホームへの入居を決めました。
老人ホームは都内一等地に位置し、入居金数千万円、月額費用も100万円近くかかります。ただ、その価格に見合う、まるで高級ホテルのような豪華な設備と手厚いサービスが特徴の施設でした。娘の強い勧めもあり、「夫が残した生命保険金もあるし、この家を売却すれば問題ないわ。これからの自分の時間を有意義に過ごそう」と思い切って決断した美智子さんでしたが、予想外の問題が起きることになったのでした。
入居当初、美智子さんはその豪華な環境に感激し、生活の質が大きく向上することを実感しました。広々とした居室、フレンチレストランさながらの食事、充実したイベントも、どれも期待以上でした。しかし、しばらくすると施設内での「見えない格差」に悩まされるようになります。
施設内にはさまざまな背景を持つ入居者が集まります。資産家で、元経営者や著名な医師、成功した実業家など名の知れた人々でした。ほかの入居者たちと比べると、その財力や社会的地位に違いを感じる場面が増えました。
日々の会話では、過去の栄光や海外旅行の話や高級品の自慢話が飛び交い、十分に富裕層といえる生活を送ってきたはずの美智子さんですらも、次第に疎外感を覚えるようになったのです。
さらに、「誰と親しくするか」による住民同士の派閥の存在も、美智子さんを悩ませました。特に食事の際には、どのテーブルに座るかで序列が暗黙のうちに決まるという雰囲気がありました。周囲の目を気にして別のテーブルに座ったことで、不機嫌そうな態度を見せられるなど、小さなことが積み重なり次第にストレスになっていきました。
そんななか、決定的な事件が起こります。

施設主催の交流イベントで、ほかの入居者から「おたくは本当にこの施設に相応しいのかしら」と嫌味をいわれたのです。
その場では笑顔でやり過ごしましたが、その夜は、深夜1時を過ぎても眠れず、思い詰めた挙句、「こんなところ、もうたくさん!」と、夜勤のスタッフの制止を振り切って施設を飛び出しました。
幸いなことに美智子さんはすぐに警察に保護されました。翌日、驚いた様子の娘さんが迎えに来ましたが、「もう施設には戻りたくない」と泣きじゃくり帰宅を拒絶。現在は、娘さんの自宅近くにマンションを借りて暮らしているそうです。

実は、今回の美智子さんのようなトラブルは少なくはありません。入居前に見極めるのは難しいものですが、高級老人ホームを選ぶ際には、事前に入居者の属性や施設の雰囲気を確認するなど、見学時にはスタッフだけでなく入居者同士の交流の様子にも目を配りましょう。
どのような価値観やライフスタイルを持つ人が多いのかを確認することは、後々の居心地のよさに大きく影響します。食事の形式やイベント参加の自由度など、どの程度選択の余地があるかも事前に確認しておきましょう。ルールが厳しすぎると負担に感じることもあります。
老人ホーム内だけでなく、家族や友人との交流がスムーズに続けられる環境かどうかも大切です。
また、こういった入居者同士のトラブルなどにどのように対応しているのか、個別相談の窓口があるかも調べておくことが大切です。
そして、入居してみたもののどうしても馴染めずに退去することもありますので、そういった場合に入居金はどうなるのかなどの条件や解約時の対応についても事前に確認しておくことも重要です。

高級老人ホームに入ることができるということは誰もが羨むような選択肢ですが、美智子さんのように「人間関係の軋轢」という思わぬトラブルが生じることもあります。
厚生労働省の科学的裏付けに基づく介護に関わる検討会で2017年4月に提出された資料においては、提供している活動、施設の職員との関係性などの関係が満足度との関連性が高いと見られており、食事や施設の豪華さのみでなく重要なポイントであることがわかります。入居金や設備だけでなく、施設内の雰囲気や入居者同士の相性など、見えない要素にも目を向けることが大切ということがわかりますね。
施設が合わずに途中で退去することになれば、高額な入居金を納めても満額返してもらうことは難しいものです。入居しないとわからないこともありますが、いくつかの施設を見学しながらできるだけ自分に合ったところを探してみるようにするとよいでしょう。
小川 洋平
FP相談ねっと
CFP