「もうすぐ死にます」から「生きます」へ(筆者撮影)
2024年の夏の終わり、X(旧Twitter)で「もうすぐ死にます@ym9_vd」というアカウントが話題となった。
<山奥に明らかに廃墟の神社を見つけた。遠目から見ただけやから行き方も分からんけどそこなら骨になるまで見つからないかな。>
<仕事を辞め、金尽きるまで飲んだくれて死のう。そう思った当初は死に対する不安が半端じゃなかった でも今は楽しみになってる。いよいよ窮地に追い込まれると開き直れるもんなんだな>(ともに2024年8月31日投稿 ※削除済み)
具体的かつ自暴自棄な投稿はアカウント名に真実味を持たせ、フォロワーは瞬く間に6000人を超えた。
当時固定表示していたポスト(※削除済み)
アカウントはその後の投稿で、今置かれた自らの状況も明け透けに開陳していく。若くして糖尿病となり、定期的なインスリン注射が必要な身であること。幼少の頃から両親と折り合いが悪く、家を出てからは連絡先も住所も伝えていないこと。
会社を辞め、所持金も底をつきかけていること。銀行系ローンからの督促電話が頻繁にかかってくること。女性のイラストのアイコンにしているけれど、男性であること。そして、Xで思いを吐き出すようになった理由も明かす。
<7月に会社を退社し、死ぬことを考えました。大好きな高校野球を見に行き、テレビでビール飲みながら甲子園を見てちょうど決勝あたりでお金が尽きるかと思ってました ところが無職になると思った以上にお金が減りません 甲子園も終わりなんとなく始めたのがTwitterでした。>(2024年9月24日投稿 ※削除済み)
節度を持った相手からの質問には、初見であってもあまり間を置かずに丁寧に返信しており、コミュニケーションを閉ざしている感じはしない。それでも「もうすぐ死にます」という予定は揺るがない様子だった。具体的な日時を宣言したわけではないが、残金や投稿の様子から10月頃に決行するのではないかとの気配が漂っていた。
この時期、筆者は初めて連絡をとった。自殺願望を吐露したSNSやブログを追いかけた書籍(『バズる「死にたい」』)を刊行して間もなくの時期であり、自殺願望を抱く人がどういう意図で投稿しているのかもっと知りたいと思ったためだ。
アカウントの持ち主(以下、ハンドルネームから「Yさん」と書く)からは、すぐにメッセージが届いた。決行した後にXアカウントをどうしたいのかを尋ねた質問への返答だ。
「親に対して僕が死んだ後にここを見てほしいという気持ちはあります。若い頃に家族から見放されずっと一人暮らしなんですが、病気もあり、本当に金欠になったとき親にすがりついた時もありました。しかし、どうせ金欲しさだろう、くらいの感じで突き放されました。本当に辛かったということを伝えたいのです」
死後に何をしてほしいという期待はとくにない。けれど、親にはここに至った胸の内、それを全公開で残して去ったということが伝わる状況は残しておきたい。ある種、迷いがなくなり完結した心情になっているように読めた。
あとは投稿を追わせてもらうだけ。そう考えた矢先の10月13日。Yさんアカウントは突然「k」と名前を変え、過去の投稿がほぼ一掃された。
<いろいろありまして今後一切「死」については書きません ほんとたまたま1つのツイートがバズってフォロワー増えただけなので全然外してもらって大丈夫です>(2024年10月13日投稿 ※削除済み)
何が起きたのか。後に全公開の投稿でも語られるが、Yさんはわざわざダイレクトメッセージで近況を知らせてくれた。アカウント名が変わって3日後のことだ。
「あれから、フォロワーのどなた様かが警察に通報されたみたいで保護されました。(略) 家族の迎えがあれば帰宅できたのですが昔から家庭環境が悪く断られ帰れず。 1日ぼーっとするしかなくかなりキツかったですが、しかしそのおかげで警察から福祉課へ直接連絡してくださり生活保護や任意整理の話がスムーズに進んでおります」
「k」時代の投稿(※削除済み)
自殺の危機が迫っている人を保護するのも警察の仕事のひとつだ。保護は原則として24時間が限度となる。自傷行為などの喫緊の危険がなければ、その間に家族や保護者に引き取ってもらうことが多い。
Yさんの親は迎えに来なかった。そのため24時間後には地域の福祉事務所というセーフティネットにつながることができたのだという。ただし、保護が終わる前に2度と「死にたい」と投稿しないように強く言われ、その誓いを上申書にしたためた。過去のほとんどの投稿を削除し、アカウント名を変更したのはそれが理由だ。
少し後にYさんはこう振り返っている。
<本気でメンタルがダメな時って自分が何者かすら分からなくなってた 赤の他人をみるような、そんな感覚でした 今でもたまにその感覚に陥るときがあるのでしっかりと自分と向き合いたいと思います>(2024年10月31日投稿 ※削除済み)
精神科病院への措置入院などの強制的な手段はとられなかったが、福祉事務所の担当者からは持病である糖尿病の状態を知るために総合病院に診察に行くよう勧められた。今の状況を立て直すには生活保護が必要で、申請を通すには健康面の正確な情報が必要になる。
すると、肝臓の状態があまりにも悪く、入院することになった。
Yさんが糖尿病と診断されたのは20代前半だった5年前だが、その前段階として慢性膵炎での入院も経験している。保護されるまでアルコールを常飲していたことに加え、若い頃から市販薬のオーバードーズ(過剰摂取)を、薬のCMを見ているだけで気持ち悪くなるくらいに試していたという。
心を保つための長年の過剰な摂取は確実に身体を蝕んだ。肝臓の機能を評価する血液検査項目である「γ-GTP」は男性なら50 IU/L以下が基準値とされているが、Yさんの値は6997となっていた。急性肝炎ばかりか悪性腫瘍の可能性も疑われる値だ。
γ-GTPの値は徐々に下がっていったものの、退院に至るほどの体調にはなかなか戻らない。数週間程度で済むと思われた入院は2カ月間に及び、病院のベッドで年を越すことになった。
入院中は夜中に眠れなくて困るという内容の投稿が多かった。多床室で他の患者のいびきなどが妨げになっていたのもあるが、それだけが原因でないことはYさん自身がよく分かっている。
<よく考えてみたら金尽きたら死ぬってカウントダウン数ヶ月して起きてる時間は恐怖を紛らわすためにずっと酔ってて、唯一酔ってなくて恐怖に怯えてたのが夜中。 そりゃ寝れるわけないわな>(2024年11月29日投稿 ※削除済み)
糖尿病と診断された頃から人生に悲観していた。お金もなく、信頼関係が結べる血縁もいない。病院では基準値を大きく超える数値が容赦なく届く。アカウント名を「生きます」に変えたのは、そんな頃だった。
「生きます」時代の投稿(※削除済み)
1月初旬にようやく退院。体調が落ち着いて今後の治療方針が固まっても、お金の問題はなお手つかずで残っている。
役所での申請は無事通り、11月6日に生活保護費が初めて振り込まれた。その直前に手元にあった残金は18円。入院直後は100円玉がなくて洗濯機が使えない状況だった。
生活保護が始まった後も入院中は食事代や電気代がかからないため、満額は振り込まれない。退院して自宅に戻った後も、電気代や灯油代がかかるので暖房器具を使わずにパーカーを重ね着して寒さをしのいだ。お金のない生活はこれからも続く。
郵便受けには様々な金融機関からの督促状が届いていた。福祉事務所の助けを借りながら、それらの負債に対応していく必要もある。
<借金のほうは何も片付いてなくて、生活保護決まってから入院ばっかやったから実質今が初めて。 これからぜーんぶ初体験 差押えも生保生活も全部 ってかそもそも明日のことはみんな初体験!! 命はとられん。>(2025年1月27日投稿 ※削除済み)
その先に見据えるのは自立した生活だ。社会の枠組みのなかで再起を図り、なるべく早く社会復帰したい。その思いは入院中からたびたび投稿していた。
<今は他にやらないといけないことがたくさんあるのですぐじゃないですが准看だったり、児童養護施設に携わった仕事に就けたらなってぼんやりだけど思ってます>(2024年11月8日投稿 ※削除済み)
目の前に広がる苦境には、自分でどうすることもできなかったものと、自分が種をまいたものがある。いずれからも目を背けずに受け止めて生きていこう。「もうすぐ死にます」のアカウント名を降ろした後は、その意志が一貫しているように感じた。
その一方で、退院する少し前にアカウント名は「解散」に変わっていた。
「解散」時代の投稿(※削除済み)
真意が知りたくて、再びインタビューをお願いした。Yさんはやはりすぐに返答をくれた。
「死ねば増えるフォロワー、生きれば減るフォロワーに虚しくなりました」
一夜で6000人を超えたフォロワーは、警察に保護されてから5000人を割るほどに減少。また、その傾向とは裏腹に嫌がらせのリプライやダイレクトメッセージはなかなか止まらない。改称はそうしたストレスの現れのようだ。2月に入ると、こんな投稿もしている。
<僕いまだに死を利用してインプで金稼ぎしてるって言われなきゃいけないですか? 通報なけりゃ死んでんですよ。 でもそれでちょっと生きてみようって。 そこを踏み潰さないでくださいよ。 雑草です。少し避けて歩いてみて>(2025年2月1日投稿 ※削除済み)
ストレスが嵩じたのか、数日後にはアカウント名を「幸せなことを書くとフォロワーが減る=目指せフォロワー0」と変え、「k」以降の投稿の多くも一挙に削除している。
ただ、節度を持ってリプライをくれた人とのやりとりは残しているし、アカウントを抹消する手段もとっていない。少なくとも「フォロワー0」は本気の目標ではないのだろう。
以前の状況に戻りたいかを尋ねる質問に、Yさんは「これは難しいです。承認欲求は満たされるので嬉しかったり、リプがウザいと感じることもありました。今もあります」と率直な心境を明かしてくれた。
確実に言えることは、X上やリアルでの激しい変化にYさんの心が揺らいでいるということだ。
Yさんは揺らいでいる。「もうすぐ死にます」と名乗ったときも決意が固まっている一方で、心の別のレイヤーでは揺らいでいた。だからこそ、警察に保護されたあとに「k」を経て、能動的に「生きます」としたのだろう。2度と「死にたい」と書かないと上申書に書いたから心変わりした、なんて単純な話ではないはずだ。
自殺研究の大家であるエドウィン・S・シュナイドマンは、自殺願望を抱く人の心には「死にたい」と「生きたい」が同時に存在していると説いた。削除していたものも含め、Yさんの一連の投稿にはその両方の強い言葉が刻まれていたと感じる。
Yさんの闘いは現在も続いているし、SNSでの交流も続いている。
「死にたい」という気持ちは今も湧き上がってきますか?――Yさんに尋ねるとこう返してくれた。
「昨年(2024年)は死ぬことに依存してました。だから死ぬ以外に選択肢がない状況に自らもっていってました。今は、生きれるなら生きたいです。昨年自分でつくった死ぬしかない状況がまだ残ってるので、生きれるなら。ですね」
2025年2月14日の投稿
Yさんは自暴自棄になるまでガソリンスタンドで働いていた。がむしゃらに働いて、休みの日は一人でキャンプに出かけて、地元の大自然を全身に浴びるのを趣味としていた。
心と身体、生活状況がある程度回復したら、再びキャンプに出かけるかもしれない。けれど、目指す職場のビジョンは先に引用したように「准看だったり、児童養護施設に携わった仕事」に変わっている。
困っている人を直接助ける仕事がしたい。その志向はおそらく、かつての入院生活で知り合ったふた回り上の恩人との交流が基底にあるのだろう。
2023年1月に亡くなったその恩人との思い出も、Yさんはしばしば明かしている。
<ずっと考えてたけどやっぱこのままじゃだめだ 亡き大切な方はよく「かっこよく生きろよ」っと僕に言った 残された家族と胸を張って会うために、子どもたちからかっこいいおっちゃんと思ってもらえるように変わらなければ。頑張らなければ>(2025年1月14日投稿 ※削除済み)
恩人の存在はきっと「生きたい」の支えとなっていきそうだ。趣味も支えになるだろう。けれど、心の支えは他に増えても困らないはずだ。XがYさんにとって、心の揺らぎを安心して置きっぱなしにできる場にならなかったのは少し悲しいことだと思った。
(古田 雄介 : フリーランスライター)