今月8日、横浜地裁において、50代の両親を殺害した罪に問われている、事件当時15歳だった少年の初公判が開かれた。
少年は日頃から両親に精神的・肉体的な虐待を受けていたと言い、両親は息子の非行に頭を悩ませていたそうだが、ギリギリのところで保たれていた両者の均衡は、息子が両親を手にかけるという最悪の末路を迎えている。
少年は「交際相手に会いに行くのを父親に阻止された」ことが殺害の引き金になったと証言しているという。
一方で、事件化を免れてはいるものの、こうした家庭内のトラブルや親子不和の話は枚挙にいとまがない。思春期の子供にとって恋愛がそれだけ大きな出来事である証ともいえるが、先日も、自責の念にかられた和歌山県在住の女性が、「娘に殺されかけました」と、筆者に告白している。
小山内厚子さん(仮名・38歳)は、当時14歳の娘に「殺意を持って」階段から突き落とされたと話す。
娘の春香さんは、中学校に進学後、2つ年上の彼氏・純哉さんと交際していたが、途中で純哉さんがグレはじめ、春香さんにも悪影響を及ぼし始めたそうだ。
そこで厚子さんは門限を22時に設定し、特別な理由がない限り外泊を禁止したのだが、娘を連れ回せなくなった彼氏は別れを切り出し、破局したのだという。
厚子さんは、娘に殺されそうになった原因を「娘が恋人にフラれたことが引き金になりましたが、そこには「失恋」だけではなく、「嫉妬」や「いじめ」など、複雑な事情が絡み合っていた」と話す。
前編「「娘に階段から突き落とされて…14歳の女子中学生が母親に対して殺意を抱いた「まさかの理由」」よりつづきます。
厚子さんは話す。
「娘は純哉くんから『お前の家は厳しいから俺とは合わない』と言われたそうです。それだけなら娘が『ママの言うことを聞いたばかりにフラれた』と思うのも当然だと思いますし、彼への未練を考えれば私を恨む気持ちもわからなくもないのですが、娘には、それ以上の、私に逆上する理由がありました」
春香さんに一方的な別れを告げた純哉さんは、しばらくして遊び仲間のA子と交際を始めたというが、このA子は春香さんの同級生であり、校内どころか地域でも有名な問題児だったという。
「A子ちゃんの家庭はネグレクトに近いような家庭環境でした。小学校の時から悪い仲間とつるんでいて、パパ活の噂もありました。A子ちゃんは純哉くんのことが好きだったようで、純哉くんと付き合い始めた春香のことをずっといじめていたのです」
SNSに誹謗中傷を書き込んだり、面と向かって暴言を吐いたり、偶然を装って暴力を奮ったり、持ち物を隠すなど、A子の春香さんに対するいじめは陰湿かつ悪質だったと厚子さんは振り返る。
「純哉くんはA子ちゃんに対して『くだらないことするなよ』と注意をしていたそうですが、純哉くんが春香を守ろうとすればするほどA子ちゃんのいじめはエスカレートしました」
体育の時間に、A子から不意打ちでドッジボールをぶつけられ、脳震盪を起こして保健室に運ばれたこともあったという。
「その時は純哉くんが春香のクラスにやって来て、A子ちゃんにキレたそうです。当時は真面目で温厚だった純哉くんが、ものすごい形相でA子ちゃんを責め立てたことで周りは呆気にとられていたと聞きました。
その日からA子ちゃんは不登校になっていたので接点はなくなったと思ったのですが、純哉くんがグレてしまったことでいつの間にかA子とつるむようになっていたようです」
かつて自分をいじめていた同級生と、その同級生からのいじめから守ってくれていた元カレが交際を始めていたのだから、春香さんの心中が穏やかではなかっただろう。
「A子と純哉くんが付き合い始めたことが知られるようになると、周りは娘に対して同情と哀れみの目を向けるようになったと聞きました。娘はプライドが高いところがありますから、相当屈辱的だったと思います。そのやりきれない気持ちは私に向けられ、私が娘に話しかけても無視され、口ごたえされ、暴言を吐かれるようになりました」
そして、ある意味、極限状態だった春香さんに追い打ちをかけるような出来事が起きたという。
「受験期を迎えた春香は進学塾に通うようになったのですが、純哉くんとA子ちゃんが春香を待ち伏せるかのように塾の前にいたというのです。無視して素通りすれば良かったのでしょうけど、久しぶりに純哉くんの姿を見て動揺したのか、春香は身体が動かなくなってしまったそうです」
目の前で立ち止まった春香さんに対して、A子は勝ち誇ったように声をかけたという。
「塾に行かされるとか、親が厳しいと大変だね(笑)。うちの親はクソだけど、そのお陰で純哉と付き合えたから感謝してるんだ~」
これ見よがしに、純哉さんに抱きつくようにしながら春香さんをせせら笑うA子。純哉さんはつらそうな表情を浮かべるだけで春香さんの方を見ようともしない。
いたたまれなくなった春香さんは、逃げるようにしてその場から走り去ったそうだ。
過呼吸のように息をきらしながら帰宅した春香さんは、そのまま自室に閉じこもってしまい、心配した厚子さんが部屋に入ると春香さんは叫び出したという。
「家が厳しいっていうだけで、何でフラれなきゃいけないの!? ねえ!? 私は何も悪くないじゃん!」
「A子に純哉を盗られたのはママのせいだ!」
春香さんは憎悪をむき出しにして厚子さんを睨みつけ、目を血走らせていたという。
「身震いしたほどです。何とかして娘を落ち着かせようとしましたが、私が何を言っても娘は泣き叫ぶばかり。そのうち掴みかかって来たので、私も頭に血が上り、娘に『いい加減に頭を冷やしなさい!』と言いました」
部屋を出て行く厚子さん――。その後ろ姿を追いかけるようにして部屋から飛び出した春香さんは、階段の上で厚子さんの背中を思い切り突き飛ばしたのである。
「そこからの記憶はありません。気が付いたら病院のベッドの上でした。階段の下で失神している私を見て正気に戻ったのか、娘が救急車を呼んだみたいです」
意識が戻り、医師から事情を聞かれた厚子さんは咄嗟に「自分で足を踏み外して階段から落ちた」と説明すると、医師はしばらく黙ったあと、「お嬢さんは自分が突き落としたと言っています。一緒にするわけにはいかないので、いま別室で待機してもらっています」と告げた。
それきり沈黙が続く中、そのタイミングで病院から連絡を受けた厚子さんの夫が病室に入って来た。
妻から何となく話は聞いていたものの、まさかこんな事態になるとは夢にも思っていなかった夫は、見て取れるほどに激しく動揺していたという。
「それで察したのか、医師は夫を別室で待機させていた娘のところへ連れて行きました」
医師は父親の前で、改めて春香さんに事情を尋ねた。
春香さんは「口うるさいママがいなくなれば、また純哉と付き合えると思った」と明かし、厚子さんに対する殺意をほのめかしたという。
たとえ親子であっても、警察が認知すればこれは殺人未遂事件となる――。
「でも病院側は警察に通報しませんでした。その代わり、娘は支援が必要な状態だと説明され、思春期外来を受診してカウンセリングを受けさせるようにと強く言われました」
この医師は、家族が望んでいない警察への通報をしなくても、カウンセリングによって春香さんの精神状態は改善すると考えたのかもしれない。いずれにしても、
「春香さんが落ち着くまで一緒にいない方がいい」
医師からそう告げられた厚子さんは、医師や夫と話し合ったすえ、しばらく実家に身を寄せることになったという。
そして3ヵ月後、春香さんの希望で厚子さんは自宅に戻ったというが、母と娘はお互いに「腫れ物に触るような関係」が続いているという。
「はっきりと言葉にしないけれど、態度や雰囲気から、娘が私にしたことを後悔しているのがわかります。私としては『ママも(春香さんにされたことを)忘れるから、春香も(ママにしたことを)忘れていいよ』と言ってあげたい気持ちがあるのですが、春香がその言葉を求めているとは思えません。今は時が解決してくれるのを待つしかないという状況です」
厚子さんにとっても春香さんにとっても今は試練の時かもしれないが、母と娘の関係が再生に向かうことを信じたい。
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