〈人が眠らなかったらどうなるのか──ランディは、断眠の実験を思いつき、自らの身をもって検証しようとした。
1963年12月28日、ランディはクリスマス休暇を使って“挑戦”を始めた。実験には協力者がいて、彼が眠らないように常に話しかけたりしていたという。眠らずに起き続けた彼は、どのような経過を辿ったのか?〉(『睡眠の起源』より)
私たちはなぜ眠り、起きるのか。長い間、生物は「脳を休めるために眠る」と考えられてきたが、本当なのだろうか。
発売即重版が決まった話題のサイエンスミステリー『睡眠の起源』では、「脳をもたない生物ヒドラも眠る」という新発見、さらには自身の経験と睡眠の生物学史を交えながら「睡眠と意識の謎」に迫っている。
日本人はどれくらい睡眠をとっているのだろうか。
経済協力開発機構(OECD)が2021年に公開した数字によれば、日本の平均睡眠時間は7時間22分。
意外と眠っているのではないかと思う人もいるかもしれないが、33ヵ国のうち最短だったという。
〈日本では、例えば都心に職場がある人が、郊外に住まいをもっていて、長い時間をかけて通勤している場合も多い。睡眠に費やせる時間は、必然的に短くなりがちだ。日本のビジネスパーソンは、通勤電車で不足した睡眠を補っているのかもしれない。言い換えれば、人間はどんなに忙しくても、ちょっとした隙間時間で眠ろうとする。
そういえば私は幼い頃、あまりに当たり前なことに疑問を抱いていたのを思い出した。眠るのが嫌いだった私は、「睡眠は本当に必要なのか」と疑問に思っていた。夜になるといつも考えていたことがある。もしこのまま眠らずに起き続けたらどうなるのだろう──。〉(『睡眠の起源』より)
実際、人は眠らなかったらどうなるのだろうか。
ここで、記事の冒頭で触れた断眠の実験の詳細を述べたい。
〈徹夜2日目、彼は目の焦点を合わせることが難しくなって、テレビを見なくなった。3日目になると情緒の変化が激しくなり、吐き気を催した。徹夜4日目になっても、彼は眠気に抗い、耐え続けた。幻想や妄想があらわれ、道路標識が人間であると感じたり、自らが偉大なフットボール選手だと誇示したりしたという。
7日目あたりになると、言葉が不明瞭になって、まとまった話をすることができなくなっていた。もう中断してもよさそうなものだが、ランディはそのまま耐え続け、なんと年が明けた1964年1月8日までの11日間、時間にして264時間の断眠記録を達成したのである。当時としては、最長の断眠記録だった。
(中略)
断眠実験を終えたランディは、どうなったのだろう。いったいどれくらい眠るのか?後遺症が残ることはないのだろうか?周囲は、固唾をんで見守ったに違いない。
11日ぶりに眠りはじめた彼は、15時間ほど経って目を覚ました。軽い記憶障害や睡眠サイクルの乱れがあったが、10日後にはほとんど正常な睡眠パターンに戻った。心身の検査でも、特段の異常を示さなかったのである。6週間後や7ヵ月後に行われた検査でも、ほとんど正常だった。11日間にわたって眠らずに起き続けても、深刻な影響が残ることはなかったのだ。
論文に記載されている内容はそこまでだ。だが、この話には続きがある。実験から40年以上経ってインタビューに応じた彼は、後年、深刻な不眠症になったことを明かした。毎晩眠ることができず、「もう眠ることを諦めた」と語っている。〉(『睡眠の起源』より)
では、なぜ私たちは眠くなるのだろうか。
睡眠のしくみについて説明する「睡眠の二過程モデル」では、「睡眠圧」と「体内時計」の掛け合いによって、眠りにつくタイミングが決まるとした。
〈「睡眠圧」は起きている代償として、高まるものである。起きている間に高まった「睡眠圧」が、眠ることで解消される。
もし、「睡眠圧」だけで、睡眠がコントロールされていたとしたら、私たちは昼も夜も構わず、眠気が一定のところまで溜まった途端に、眠りに落ちてしまうことだろう。
「睡眠圧」が眠らせようとする力であるのに対し、「体内時計」の成分は、起こそうとする力(覚醒シグナル)だとすると、うまく説明できるのだ。〉(『睡眠の起源』より)
つづく「睡眠は「脳の誕生」以前から存在していた…なぜ生物は眠るのか「その知られざる理由」」では、常識を覆す「脳がなくても眠る」という新発見から、多くの人が知らない「睡眠の現象」という正体に迫る。
睡眠は「脳の誕生」以前から存在していた…なぜ生物は眠るのか「その知られざる理由」