人生を左右する岐路となる大学入試。今年も1月18日から共通テストが行われる。指導はもちろんのこと、試験へのプレッシャーや不安な気持ちを支えてくれるのが、予備校だ。そうした最中の1月4日、東京・新宿にある老舗の大学受験予備校「ニチガク」が経営悪化による、破産を視野にいれた債務整理を始めたため突然閉鎖された。その背景には「ずさんな経営」があった。その内情を取材した。
「実は去年の10月に契約したばかりなんです…。少人数での授業やチューター制度が私に合っている、と母が薦めてくれました。授業料は一括で100万円以上支払いましたが、通ったのは3ヵ月だけ。もう返金は諦めています…。両親もとても怒っていますし、私も許せません」
そう語ってうなだれるのは、都内の学校に通う高校1年の女子生徒。彼女はニチガクで指導を受けていた。
ニチガクは創業40年の歴史ある老舗予備校で、「合格のカギは絶対的な質と量」というキャッチフレーズが目を引く。東大や有名私立大学、国立大学、医学部などへの合格者も多く、92.7%という高い合格実績を謳っている。
昨年3月で引退するまで、40年以上大学受験の指導に携わっている宮正和彦氏が塾長を務め、経営などは昨年10月まで取締役だった江藤行雄氏が行ってきた。
騒動が起きたのは今年1月4日のことだった。ニチガクの運営会社「日本学力振興会」が自己破産を視野に入れ、債務整理を進めていることが判明したのだ。
突然の教室閉鎖に生徒や講師は混乱した。
ニチガクで世界史を教える非常勤講師の森川晶雄さんは、その様子をこう振り返る。
「授業のために校舎に行くと社員から『入口の掲示板をみてください』と呼び止められました。破産に関する掲示でした。私たち講師にもそれまで知らされていなかったんです」
理由を尋ねても、「社長に聞いてくれ」の一点張り。さらに「授業はもうなくなりました」とも告げられたという。
この日は正月休み明けの冬期講習の開始日だったこともあり、数名の生徒が校舎を訪れていた。掲示を見て、みな動揺していた。ショックのあまり泣き出す生徒もいたという。
東京商工リサーチによると負債総額は約1億円になるとみられている。代理人はこの時期に閉鎖となった理由を次のように説明する。
「当然、この時期の事業停止は回避したいと資金繰りに奔走してまいりましたが、昨年末に行き詰ってしまったからです」
生徒は高校3年生や既卒者が大半で、約130人が在席していた。受験直前の1月、とりわけ重要なこの時期に告げられた突然の破産宣告。生徒に深刻な心理的負担を与えている。
「12月末まで普通に冬期講習が行われていたそうです。現在も運営会社からの具体的な説明はなく、校舎入口の掲示内容と同じ文章が予備校アプリ内で送られてきただけのようです」(全国紙社会部記者)
運営側は、私物を引き取るよう文章で生徒たちに連絡。1月6日午前中には、荷物を取りに訪れる生徒たちの姿が見られた。
ニチガクは高校1年~既卒生向けにコースを設け、志望校別の対策を実施。少人数制授業や個別指導、難関大学生のチューターによる弱点補強が人気だった。
実は破産の兆候は昨年10月ごろから表面化していた。代理人によると、このころから運営会社は債務整理の相談を始めていたという。おまけに同時期から講師への給与未払いが発生していたのだ。
森川さんによれば、10月以降の給与は支払われておらず、未払い額は20万円以上にのぼる。
「以前から給与支払いが月末から数日遅れることはありました。指摘すると『社長が担当しているので社長に聞いてください』と言われていました。ただ、必ず満額が支払われていましたが、10月以降は完全に止まりました。1月もほかの仕事と調整して、出勤の予定を組んでいましたが、授業はすべてなくなりました」(前出の森川さん)
森川さんはニチガクで6年間勤務している。給与の遅延が目立つようになってきたのは「2024年の夏ごろから」だと振り返る。
「ほかの先生と『ここの会社も危ないんじゃないのか』と話したこともありました。というのも、ニチガクだけではなく、予備校や塾など、この業界全体が非常に厳しい状況なので、経営の悪化はある程度予測していました。ただ、破産寸前だとは予想外でした」(前出の森川さん、以下「」も)
代理人によると生徒数の減少が影響し、資金繰りが限界に達したというが、前出の森川さんには別の心当たりもあった。
「数年前に校舎の一部を修繕したことがあったんです。その設備投資に相当な資金を使ったのではないか、とみています。こうした投資は利益が出ていなくとも、損失も出していない経済状況のときに行うものだと思うんです。でも、ニチガクはそこで無茶をしてしまい、結果として資金繰りが悪化した、と考えています」
ニチガクの校舎は築年数が経ち、かねて講師や生徒たちから老朽化が指摘されていた。
「教室の壁はパーティションで仕切られているだけ。隣の教室の先生の声が聞こえることが多く、生徒から『うるさくて集中できない』とのクレームは頻繁にありました。学習環境はあまり良いとは言えませんでした」(ニチガクで働く講師)
2年前の修繕では、パーティションを取り除いて1階に大きな教室を作り、自習室に医学部コースに通う生徒向けの専用学習机も20個ほど新調していたという。
一方で、運営の問題も指摘されている。
「実は千葉県や神奈川県でも系列の予備校を運営していました。資金難のため、昨年までに相次いで閉鎖されています。船橋校は最終年に生徒が20人ほどで、経営の厳しさは噂されていました。経営母体が一緒のため、赤字はニチガクが補填していたとみられます」
そう明かすのは、内情を知るニチガク関係者。匿名を条件に取材に応じてくれた。
ニチガクでは授業料を一括で年間分を支払っていた。ほかの大学受験予備校と比べてやや高めで、通常コースで私立文系を目指す場合は100万円~、医学部コースともなれば800万円以上を支払っていた生徒もいたという。
それでも経営は芳しくなく、ここ数年は経費削減が進められていた。夏期講習や冬期講習のパンフレットも2024年からはオンライン配布に切り替えられ、業務で使用するパソコンもWindowsVistaを長年使用していたという。
「ケチな運営だ、という印象を持つことは、たびたびありました。ただ、今は経費をかけたくてもかけられなかったと思っています」(前出・ニチガク関係者)
理由は生徒の減少だ。かつては200人以上の生徒が在席していたが現在は130人ほどに。特に顕著だったのは昨年のことだった。4月ごろには120人ほどいた高校3年生が、夏ごろまでには80人台になった。生徒が離れる理由について前出の森川さんは次のように説明する。
「最近の受験の傾向は一般受験よりもAO入試や推薦入試が増えています。そのため、夏から秋にかけて退校する生徒はざらにいるんです。どこの予備校でも大量に生徒が辞めるのはあることなんです」
しかし、前出のニチガク関係者は特色とされていた“オリジナルテキスト”も問題だったのでは、と訴える。
「だいぶまえからも更新されていない教材を使っている授業もあります。傾向や対策など、時代に合わない内容で生徒もわかるレベルの低さでした」(前出のニチガク関係者、以下「」も)
テキストを刷新する部署はなく、新しい教材の制作を提案する講師もいたが、運営側は「余計なことはやめてくれ」と拒否したという。
そのため、生徒たちがニチガクを見限るケースもあったのだ。
「昨年の春から夏にかけての大量退校は経営者の誤算でした。ニチガクは推薦入試を受験する生徒を対象に『塾長自らが指導する特別講座』、小論文と面接の対策講座をウリにしていました。例年通り、30人程度は集まると見込んでいましたが、宮正塾長が昨年引退し、新しい先生になると7~8人程度しか申し込まなかった」
小論文・面接対策講座は、一括で支払われた授業料とは別に30万円ほどの費用がかかる。想定していた受講人数に達しなかったことで目論んでいた収入が得られなかった。そのため、同年の夏ごろには一部の講師の間で給与支払いの遅延が始まった。前出のニチガク関係者は、夏期講習の申し込み時期を思い出す。
「7月30日に『給与支払いが遅れる』というメールが届きました。夏期講習の申し込み締め切りは7月前半です。講習の申し込み金が入金されている時期のため、おカネに困っているわけではないはず。これは生徒から集めた講習費用を早々に使い果たしてしまったのではないかと推測しています」(前出のニチガク関係者)
さらに、ニチガクの収益システム自体にも課題があった。
「授業料は月謝制ではなく、1年単位で契約を更新し、最初に全額を受け取る形式でした。そのため、毎月安定した収入が見込めるわけではなく、一度に得た収入を使い果たしてしまうと運営が立ち行かなくなります」(同)
こうしたずさんな管理が、最終的に破綻へと追い込んだとみられている。
「人件費も経営を圧迫していたと思います。私の感覚だと講師の給与がほかの塾よりも高いんです。だから、他の講師たちも予備校の“いい加減さ”は知りつつ、辞めることができなかったのでしょう」(前出の森川さん)
講師の給与は時給4000~6000円の範囲が一般的だったが、特に高額報酬が支払われていたのは医学部コースを教える講師たちだ。
「河合塾からヘッドハンティングしてきた講師たちです。ただ、人気講師、というわけではなかったそうです。それでも一般の講師より給与が高く設定されていました」(前出のニチガク関係者、以下「」も)
正社員は10人にも満たず、生徒の指導にあたる講師はその多くが非正規だった。おまけに生徒たちを支えていたのはアルバイトのチューターたちだ。
「チューター制度があるから入塾を決めた生徒は多いんです。東大や有名私立大に通うチューターたちが受験対策や勉強方法を指導します。チューターは高学歴な大学生がそろっており、親身に指導してくれるんです」
チューターの中には有名大学に進学したニチガク出身者も多い。だが、その重要な役割と担うチューターたちの給与も、未払いの状態にあるとみられる。
「運営側は辞められると困る講師に優先的に支払い、チューターたちなど替えがきく人を後回しにしているのではないでしょうか」(前出の森川さん)
運営会社の不誠実な態度は従業員だけではなく、生徒たちにも向けられていた。
複数の関係者が「ウソばかりだった」と述べるその経営実態とは――。
つづく後編記事『「合格実績は虚偽の可能性」「塾長の雑談小論文講座に30万円」…関係者が憤る「ニチガク」の嘘とごまかし』で詳報する。
圧倒的な合格実績は「信用できない」との指摘も…いきなり閉鎖!「ニチガク」関係者が憤る経営悪化「本当の実態」