スポーツやスマホの長時間閲覧で脳が疲労することも多くあります(写真:marinara/PIXTA)
運動後には身体をケアしているのにどうもパフォーマンスが上がらない、という人は身体の疲労だけが原因ではないかもしれません。スポーツトレーナーで理学療法士の中野崇さんによると、「練習内容によっては、筋肉系疲労よりも脳系疲労が大きいケースもあります。脳の疲れを取り除くトレーニングが有効です」とのこと。実際にプロ選手たちを指導する中野さんに、脳疲労の原因やそれをケアするための「リカバリートレーニング」について解説してもらいます。
※本稿は『最強の回復能力 プロが実践するリカバリースキルの高め方』から一部抜粋・再構成したものです。
スポーツをするとき、身体だけではなく実は脳も疲労しています。おもに前頭前野(意思決定や自己制御、問題解決などの高度な認知機能を担当する領域)が該当しますが、このときに使われる脳の回路を専門用語でCEN(セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク)と言います。この回路が活発に働く状況が続くことでも脳は疲労します。
近年、サッカーをはじめスポーツの戦術は複雑化と高速化が進み、ふだんの練習においても複雑な戦術を理解し、実行することが重要な割合になっています。
練習内容によっては、筋肉系疲労よりも脳系疲労が大きいケースも考えられます。そのような環境にある人は特に注意が必要です。私が経験した脳系疲労のエピソードを一つ紹介しましょう。
あるプロサッカーチームが新しい戦術を導入し、その練習をしはじめたときのことです。ふだんの練習よりも、考えることや瞬時に判断が要求される場面が明らかに増えていました。
トレーニングをやりはじめた当初は、30分もすると顔が紅潮して表情がぼんやりし、「頭がボーッとする」と訴える選手もいたほど。身体的な運動量としてはむしろふだんよりも少ないにもかかわらず、練習の終盤に向けて選手たちの動きは徐々に鈍くなり、判断は遅れ、正確性も失われていったのです。その後、戦術に慣れ、余裕が出てくるとそういった症状はまったく出なくなりました。
そもそもスポーツで結果を出すには、頭を使わなければ勝てません。想像以上に脳は疲れているのです。脳疲労は筋肉や内臓の疲労に比べ、よりさまざまな理由で起こります。ここですべて説明するのはやや無理がありますので、代表的なものを3つに絞って紹介しますが、これだけでも脳の疲労は改善していきます。
原因DMNが働きすぎる
脳のすべての疲れやストレスは、過去や未来への意識から生まれます。みなさんはDMN(デフォルト・モード・ネットワーク)をご存じですか?
専門的には「無意識に近い状態で、記憶や経験に準じてオートマチックに情報処理や指示出しをする」と説明されますが、シンプルに脳の自動操縦のことだと理解しておいてください。
自動操縦とは、どれだけボーッとしているときでも、さまざまな雑念が浮かんでくることを指します。特に何かを考えようとしていないのに、勝手に頭の中で考えごとがはじまってしまう経験は誰しもあると思います。これが、DMNが働いている状態です。
脳は身体が消費する全エネルギーの約20%を使います。そのうちDMNのエネルギー消費量は、脳の全エネルギー消費の60~80%を占めるとも言われています。よって積極的に脳を使っていなくても、DMNが過剰に働き続ける限り、脳はどんどん疲れていきます。
さらに、自動操縦以外にも過剰に働く場面があります。それは不安や悩みに心を奪われているときです。すでに終わったことを気に病んでいたり、これから起こることを不安に思ったりするときに、DMNは過剰に活動します。
「あのとき、ああしていればよかった」
「来週の試合でうまく結果が残せるだろうか……」
ネガティブな思考の反復、いわゆる反芻思考のクセも、DMNの使いすぎと関連しており、脳の疲労に直結します。つまりクヨクヨと思い悩む人ほど脳のエネルギーを浪費し、脳疲労を起こしやすいということです。
原因¬椶篌からのストレス
脳の疲労は、目や耳や鼻など、五感から入る情報に起因することも多いです。特に目からの情報は、脳疲労の大きな割合を占めています。このことは多くの人が実感していることでしょう。
SNSや動画配信サービス、そしてオンラインゲームなど、数えきれないほどの情報が、スマートフォンなどを通して私たちの目に飛び込んできます。それらが切り替わる速さはどんどん増しており、画面をスクロールする速さも相当速くなっています。
膨大かつ目まぐるしく変化する視覚情報にさらされる日々は、脳疲労の蓄積を引き起こします。また、目の酷使は動体視力の低下につながるという観点からも、目の状態に配慮することはとても重要です。
同様に、耳や鼻からの情報も脳疲労につながるので、使うときと使わないとき(休めるとき)の取捨選択が必要になります。
視覚が原因となる脳疲労はパフォーマンスへの影響が大きく、試合の前日はスマートフォンに触れないようにしているプロ野球選手もいるぐらいです。しかし、情報源をシャットアウトするだけでは回復能力を改善するには不十分なので、目や耳のリカバリートレーニングも行います。
原因I堽瓢兩で血流低下
姿勢が悪いために、脳の疲労が進むことがあります。たとえば不良姿勢、いわゆる猫背であごを前に出した姿勢が典型的です。この姿勢は首が圧迫されるので、血流を妨げます。
血流が低下すると新陳代謝が低下し、本来、短期間で分解・排出されるアミロイドβ(脳内でつくられるたんぱく質の一種)などのさまざまな老廃物や疲労物質が溜まります。その結果、脳の疲労が進み、脳機能が低下していきます。
特にストレートネックなどの首の歪みや肩周りの緊張は、姿勢や動作という直接的な影響だけでなく、このような脳の疲労による間接的な影響を生むので、なるべく早急に改善する必要があります。
脳が疲労したときの症状としてはボーッとしてしまうなどが代表的ですが、怒りっぽくなってしまうケースも多いです。ふだんなら笑って見過ごせるようなことにも怒ってしまうことがあれば、脳疲労を疑ってください。前頭前野と呼ばれる、感情のコントロールを担う領域が疲労して機能低下すること、感情の安定を担うセロトニンという物質の分泌が減少することがおもな原因として考えられています。
脳疲労が起こると、思考力が低下する、やる気が出ない、頭が重たい、ぼんやりする、うっかりミスが増えるなど、パフォーマンスの発揮やトレーニングの質に直結するような症状が起こります。
おもに後頭部と側頭部、さらに頭部の皮膚も固くなるので、皮膚をつまんでみて痛みがあったり、そもそもつまめないぐらいに頭皮が固かったりする場合は要注意です。特に五感からくる脳疲労の場合は、眼球や耳が固くなるという症状に現れます。
リカバリートレーニングでは、後頭部と側頭部、頭皮全般の固さを取り除くほか、眼球や耳をほぐすトレーニングも行います。
実際に、脳疲労や目・耳・首の状態をチェックしてみましょう。次のやり方で後頭部・側頭部の固さを確認できます。
『最強の回復能力 プロが実践するリカバリースキルの高め方』 P.134-135より

後頭部や側頭部の固さは、脳や目・耳の疲労、そして首の状態を反映します。指を使ってグリグリと圧を加えたときに痛みがないことが重要です。
余裕があれば、該当する部位の皮膚が痛みなくつまめるかもチェックしてください。つまめない場合は、疲労により固さが出ていることを意味します。
ここをチェック!
グリグリと圧を加えたときに、痛みが出ないことが目標
皮膚に強い摩擦がかかるほど強く動かさないように注意
状態をチェックしたら、今度は目や耳の緊張を解除するリカバリートレーニング「目・耳ほぐし」を行いましょう。
『最強の回復能力 プロが実践するリカバリースキルの高め方』 P.152-153より
目や耳には脳へとつながる神経、その周りには頭部や首につながる筋肉が多く集まっており、これらが緊張することで頭痛や脳疲労につながります。特にやっかいなのは目や耳の緊張により、頭蓋骨の奥にある「蝶形骨(ちょうけいこつ)」も固まってしまうこと。すると神経全体に緊張が伝わり、全身の不調を引き起こしやすくなります。
ここをチェック!
目も耳も5秒ほど力を加えて静かに指を離す。3~5セット行う
手を離したときに血流が戻ってくる感覚を追いかける
このように、スポーツやスマホの長時間閲覧は脳が疲労することも多くあります。身体の疲れだけでなく、ぜひ脳の疲れにも目を向けてみてください。
(中野 崇 : スポーツトレーナー、理学療法士、JARTA international 代表取締役 )