会社に出勤するため身支度を整えていた男性(以下、A氏)のスマホが鳴ったのは、3月19日の午前8時過ぎだった。スマホの画面には、機械総合商社「東京産業」(本社・東京都千代田区)の西並眞吾取締役(当時)の名前が表示されている。A氏とは、10年来の付き合いがある人物だ。
「お前、東京におるのか」
西並取締役の問いかけに、「いますよ」と応じたA氏。西並取締役は続けざまに尋ねた。
「社長たちを連れて、行っていいか」
西並取締役の有無を言わせない物言いに、「はい」と答えたA氏。これから東京産業の幹部が、A氏が社長を務める建設会社(以下、B社)のオフィスを訪れるという。来社の目的はすぐに察しがついた。東京産業側とは、ある建設工事をめぐって前日も話し合いを続けていたからだ。
B社は今年2月、東京産業との間で、福島県南部の西郷村に、太陽光発電所を建設する工事を請け負う契約を結んでいた。この工事の元請けが東京産業、1次下請けに入ったのがB社という関係である。
そのうえで、B社が資本金5000万円ほどの中小企業であるのに対して、東京産業は、資本金約34億円の東証プライム上場企業で、三菱グループに連なる名門。そんな大企業を率いる幹部らが、都内の雑居ビルにオフィスを構えるB社にわざわざ出向いてくることになったのだ。
およそ2時間後、A氏が迎えたのは、東京産業の蒲原稔社長と、前社長の里見利夫相談役、西並取締役だった。話題はやはり、西郷村での太陽光発電所の建設工事だった。その席で、蒲原社長は次のように言って頭を下げたという。
「B社の利益になる8億5000万円と消費税分(合計9億3500万円)は、別途支払う。ただ、3月中に支払いをするのは無理だ。6月の株主総会後まで待ってくれ」
後述する事情もあって資金繰りが苦しい東京産業側が、工事の請負代金のうち、B社の利益にあたる部分の支払い延期を求めてきたのだ。蒲原社長は、将来の支払いについて、さらに具体的に説明している。
「B社の利益分は、別の案件に振り分けて支払いをする。だから、そうした案件が提案できるよう、整理しておいてくれ」
西郷村における太陽光発電所の建設工事とは別に、B社が携わるなんらかの建設工事があれば、そこに利益を積み増して支払うと持ちかけてきたのである。そして、蒲原社長は最後にこう念押ししている。
「今後のやりとりは、西並を立てて話をするから(東京産業の)ほかの人間には話をするな」
12月10日現在、この太陽光発電所をめぐる工事代金は、一部を除いて支払われていない。A氏は次のように話す。
「約束の株主総会後、私は蒲原社長との面会を求めて、何度も東京産業側に連絡をしているのですが実現していません。実は、東京産業は、私たちの会社の株式を9・2%保有していて関係も深く、東京産業のオフィスには私のデスクもある。そのため以前は社長にもアポなしで会えたのですが、いまは『いきなり来ても会えない』と追い返されてしまう。
私としては『(支払いを)逃げられた』という思いです。東京産業からの支払いが滞ったことで、以前は100人ほどいた私たちの会社の仲間は30人まで減った。その多くが、私たちの経営状況に見切りをつけて辞めていきました」
B社はなぜ、このような苦しい立場に追いやられたのか。そのことを理解するため、太陽光発電所の建設工事をめぐって、東京産業との間で請負契約を結ぶに至った経緯を振り返る。
まず、西郷村の太陽光発電所は、隣接した土地に2つの発電所を建設する計画として進められた。B社が関わったのは2基目の工事(以下、2基工事)だけである。
2つの発電所とも発注者は上海電力ジャパンで、元請けは東京産業で共通する。ただ当初は、1基目の工事(以下、1基工事)で1次下請けに入った建設関連会社が、2基工事も継続して請け負っていたという。
「1基工事が完了し、2基工事に入ったところで、この1次下請けの資金がショートしてしまった。背景には、数十億円規模で追加工事が生じたことなどがあったといいます。それでも東京産業は工事を継続するため、この1次下請けに、2基工事の予算から約65億円を前渡しした。それでも現場は回らず、1次下請けは撤退することになったのです」(建設工事関係者)
つまり、2基工事は、十分な予算を確保できないまま進められようとした可能性があるのだ。
その後、1次下請けが正式に撤退したのが’23年9月。A氏のもとに、里見相談役から「ごちゃごちゃしているややこしい案件があるから、Aくん、手伝ってくれんか」と電話があったのは、翌10月のことである。
「(前述したように)東京産業は私たちの一部株式を保有しているほか、資金繰りの支援もしてもらってきた。工事屋としては、別の業者が手をつけた工事を途中から引き受けるのは、瑕疵(法的責任を負う欠陥)の範囲がどこまで及ぶかはっきりしないので気は進まない。社内の一部からも『リスクが高すぎる』と反対されましたが、これまで世話になった経緯や、取引を通して培った信頼感もあったので引き受けると決めました」(A氏)
ただ、実際に工事の請負契約を結ぶ過程で直面したのが、元請けが、その地位を利用して契約金額を実質的に決める「指値発注」という禁じられたやりとりだった。
’23年11月、B社はまず、西郷村に従業員を送って2基工事の進捗状況を確認。そのうえで請負契約の金額を約130億円とはじき、見積書を提出した。ところが、東京産業の再生可能エネルギー事業部長のN氏から次のように言われたという。
「西郷村の太陽光発電所は赤字案件なので、利益は外出しして、あとから追加工事を行うことで支払うかたちにしてもらえないか」
見積もりからB社の利益を除くことで、請負金額を減らすよう働きかけがあったのだ。A氏が話す。
「N部長とは話し合いを続け、東京産業側が材料の一部を支給するなどコスト軽減策も提案されたことから、約117億円で見積書を再提出しました。ただ、その際に、私たちの利益として、契約金額の10~15%程度を事前に支払うよう求めました」
ところが、ここで別の問題が浮上する。太陽光発電所を建設するための材料のうち、送電用のケーブルが予定どおり確保できないことが明らかになったのだ。関係各所に問い合わせをしてみると、東京電力のある子会社に、目当てのケーブルの在庫があることがわかった。そこで、窮余の策として、別の東電の子会社を1次下請けとして引き入れることで、ケーブルの調達が円滑に進むよう体制を改めることになった。
「このような想定外の対応のため、私たちは2次下請けということになった。そのうえで東京産業側は、私たちが求めていた利益の事前支払いを拒み、私たちの下請け(3次下請け)4社に対して、自分たちが工事代金を直接支払うことを決めた。これは、1基工事の1次下請けに資金を前払いしたにもかかわらず、結果的に工事が行きづまったという反省をふまえた対応だった。1基工事とは無関係の私たちに対しても、同じようなリスクがあると決めつけた理不尽な仕打ちでした」(同前)(東京産業は「3次下請けに工事代金を直接支払うことになったのは事実。理由は、B社が信用不安に陥り、3次下請けから要請があったため。このことはB社も了承しています」などと回答)
N部長からは「もともとの1次下請けに、かなりの支払いをしてしまったので予算がないんですよ」「これじゃないと、社内の稟議が通らないから」などと言われたという(東京産業は、N部長の一連の発言について「発言の事実はありません」などと回答)。
その後に提出した見積もりの金額は83億円。最終的に、B社は’24年2月20日、東京産業と東電子会社の3者間で「太陽光設備工事請負契約書」を締結しているが、その金額は79億円まで引き下げられた。
「この金額には私たちの利益は含まれておらず、太陽光発電所の建設に必要なコストだけの金額です。東京産業との間では、契約を結んだあとも、利益分の支払い方法について話し合いを続けていました」(同前)
しかし、話し合いでは解決の糸口が見えず、やがて冒頭の場面に至ることになる。東京産業では、B社が受けとるべき利益分の支払いのめどが立たず、蒲原社長が乗りだして先送りを求めたのである。
こうした一連のやりとりについて、建設業者向けに、法令遵守のアドバイスなどを行っている行政書士法人名南経営の大野裕次郎・東京事務所長は次のように指摘する。
「元請けの業者が、一方的に請負代金を決め、契約を結ぶなどすることを『指値発注』と呼びます。指値発注は、元請けとしての地位の不当利用に当たると考えられ、請負代金が通常認められる原価を下回る場合、不当に低い請負代金を禁じた建設業法第19条の3に違反する可能性があります。
一方で今回のケースは、契約書を交わしていることから、双方に合意があったとみることもできる。それでも請負代金の妥当性については、監督官庁の国土交通省が、公正取引委員会に対応を求める『措置請求』などを行ってもおかしくはない事例です」
では、東京産業の経営陣はどう答えるのか。12月5日夜、会食を終えて、運転手つきの黒塗りセダンで帰宅した蒲原社長を直撃した。
――西郷村の太陽光発電所の件で。
「あの、ごめんね。それ全然、関係なしだから」
――2基工事に関わったB社が。
「うるさい。余計なことはなし。ごめんね、僕はきょう、違う立場だから」
――東京産業の社長ですね。
「はい、そうだよ」
――B社が130億円の見積もりを出したが、最終的には79億円に。
「そういうの、全然わかんない」
――このことは、建設業法違反に問われるのでは。
「(いらだった口調で)なに?」
――建設業法違反の可能性がある。
「ちゃんと(取材は)総務課を通して。はい、お願いします」
――この場で正確に事実関係を説明したい。
「いらない。こういう時間に来ないで。はっきり言って失礼だよ」
――会社を通せば、取材は受けるか。
「やるよ。ちゃんと昼間いらっしゃい。闇討ち的なことは大っ嫌い。ちゃんとそういう場でお話ししますから」
そう言って自宅玄関に駆け込んだ蒲原社長。翌朝、東京産業に取材を申し込むと、総務人事部のT部長が次のように答えた。
「蒲原から話は聞いていますが、総務として私のほうで対応する。当社としては、不当な契約をしたという認識はないので、特にお話しすることはないと思います」
一方で、次のような実態を漏らす関係者もいた。以下は、西並取締役との電話でのやりとりである。
――3月19日に西並さんや蒲原社長らがB社のオフィスを訪ねている。その際に、蒲原社長は、B社の利益分は別の工事に振り分けて支払うと話している。
「そのときはですね、振り分けてじゃなくて、違う仕事でまた協力しあってやっていきましょうっていう話にしたと思いますよ、僕は。
ちょっと、(請負契約の内容が)不当かどうのこうのっていうのは、僕はよくわかんないんで。彼(A氏)がずいぶん困っているという話だったんで、じゃあ、助けるためにどうしたらいいかっていう話をしただけの話ですよ」
――79億円の契約が正当な金額だとしたら、なぜ、B社を助けようと考えたのか。
「あの、正当な金額だったんですよ、それは確かに。あの、そのへん、ちょっと勝手に、僕、取材を受ける立場じゃないので、総務部のほうにちょっとご連絡していただけませんか」
――79億円が正当な金額だとしたら、なぜ、別の工事を新しく用意しなければいけないのか。
「いや、それもちょっと、あの、すいません。取材をするときって、正式なルートでちゃんとやったほうが、僕、いいと思いますよ」
あらためて東京産業側に書面で質問状を送ると、おおむね次のような回答があった。
「見積書の金額が減ったのは、契約締結までの期間に弊社が支払った費用や、弊社が直接発注した費用を調整したものです。B社に対して、不当に低い工事代金での契約を要請したことはなく、B社も了承のうえで契約締結に至った。建設業法に抵触するものではないという認識です。
3月19日に、蒲原ら3人がB社のオフィスを訪ねたのは事実ですが、蒲原が一連の発言をした事実はありません」
9月29日、B社は東京産業側とある合意書を交わしている。そこには、西郷村の太陽光発電所の建設工事について、B社に代わり、東京産業の関連会社が引き継ぐことなどが明記されている。
「建設工事の請負契約は打ち切られ、結果的に、東京産業の子会社に事業譲渡されたかたちになりました」(A氏)
そのうえで「清算金」が支払われたのだが、その金額は、当初求めていた9億3500万円を下回る、1億円あまりに過ぎないという。
取材・文:宮下直之[email protected]
取材・文:宮下直之(ノンフィクションライター)