若者を中心に人気のSNS・インスタグラム。美味しそうな料理や旅先の名所の写真をアップするのが一般的だが、もしも社員がオフィスの写真や大事な資料を投稿したら……。新入社員の無邪気な「1枚の投稿」が大きなトラブルに繋がった事例をもとに、従業員のSNS利用のリスクを、社会保険労務士の木村政美氏が解説する。
A上さん(23歳、仮名=以下同)は、大学で建築を学んだ後、都内でインテリアの製造販売を手掛ける甲社(従業員数100名・本社のほか埼玉にもオフィスがある)に就職し、商品企画課に配属された。
新築高層ビルの一角にある本社オフィスは、甲社長(40歳)の趣味で玄関、応接室、職場内など至るところに総計100点以上の絵画や彫刻、オブジェなどが飾られていた。いずれもシンプルかつ洗練されたデザインで、従業員や来客者の間では「見ているだけで気が引き締まる」と好評だった。
A上さんは大学時代からインテリア写真の撮影に凝りはじめその都度自分のインスタグラム(以下「インスタ」)に載せていたが、甲社で働くようになると甲社長のセンスの良さに刺激され、オフィス内のインテリアを片っ端からスマホのカメラに収めては、「スタイリッシュなモノに囲まれて仕事ができるなんて幸せ!」などと短いコメントと一緒にインスタにUPし続けた。
ユーザーからの反響は上々で、多数の「いいね」や「写真が素敵ですね」などのコメントで気をよくしたA上さんは、もっと刺激的な写真を撮ろうと自ら顔出しを始めた。ポーズをつけてオブジェの横に並んだり、受付の横に置かれている大きな馬の銅像にまたがったりなど、大胆になればなるほど、更に「いいね」やコメントが増えた。
有頂天になったA上さんの自撮りUPはさらにエスカレート。社内のインテリアだけではなく自席で仕事をしているところやコピーを取っている様子などまで載せるようになった。ただ他の人が映り込むのはまずいと思ったので、周りに誰もいないことを確認してから撮影していたし、名前はニックネームを使っているせいか、社内の人間にインスタの存在を気づかれることはなかった。
10月初旬。A上さんは甲社長から
「君も随分仕事がんばっているようだから、来年夏に発売する新製品の企画メンバーに入ってもらおうと思うけど……、どう?」
と言われ、仕事ぶりを認めてもらった嬉しさで即座に承知した。
「じゃああさっての15時から企画会議を開くので、ノートパソコン持参でミーティングルームに集合ね。会議の資料は今日中にクラウドに上げるから内容を確認しておくように」
「わかりました」
会議当日の昼休み。自席でコンビニ弁当を食べ終えたA上さんは、自分のノートPCから会議資料を開き、隅々まで読み込んだ。そして甲社長が自ら作成した新製品チェアのデザイン画で手が止まった。
「す……、すごい。なんてシャープでカッコいいフォルムなんだ。最高!」
そしてとっさにシャツの胸ポケットから自分のスマホを取り出しPC画面を撮影、そのまま「新製品発表」の見出しでインスタにUPした。その日は「いいね!」の通知が止まらず、嬉しい気持ちに浸った。
次の日の夕方。自席で作業をしていた甲社長のもとにB谷部長(総務部長で35歳)が来ていった。
「友人に勧められて最近インスタを始めたんですが、いろんな人の投稿を見ていたらこんな画像がありました。ちょっと見てください」
B谷部長は自分のスマホから、A上さんのインスタを甲社長に見せた。甲社長はスクロールしながら
「へーっ、A上君インスタやってるんだ。写真、なかなかいいセンスしてるね。特にこの受付の馬にまたがっているところなんて笑えるよ」
と感心した口調で言った。B谷部長は一旦甲社長からスマホを取り上げ、ある投稿を提示した。
「そんなこと言ってる場合じゃないです。問題はこの写真。企画会議で出したチェアのデザイン画ですよ」
「えっ?」
甲社長は目を凝らして画像を見直すと、確かにB谷部長の指摘通りだった。甲社長は顔を曇らせた。
「これはまずい。もしライバルの乙社(甲社と同業他社)に見つかったら厄介だ。コメントには『新製品です』って書いてあるし、ご丁寧に商品説明まで付いている」
翌朝、A上さんが出社すると、B谷部長から「自分と一緒に会議室に来るように」と促され、部屋に入ると腕組みをした甲社長がソファに腰かけていた。
甲社長は重い口を開き
「A上君、インスタやってるでしょ?」
と尋ねた。
「はい。それが何か?」
「B谷君、例の画像を見せてやってくれ」
B谷部長は自分のノートPCからA上さんのインスタにアクセスし、デザイン画の写真を出し言った。
「このデザイン画や商品説明は会社の秘密情報だよ。もし乙社や他のライバル会社がこれを見つけ、ウチより先に類似商品を発売されたら大変なことになる」
「えっ、そんな……」
A上さんは瞬間的に血の気が引いた。まさか、自分の無邪気な行動が会社の存続にかかわるなんて思ってもみなかった。いつもは温厚な甲社長が激怒した。
「このシリーズは会社の威信をかけて私や企画課のメンバーが必死で考え、作り出したものだ。もし世に出せなかったらみんなの苦労が水の泡。なんてことをしてくれたんだ!」
A上さんはその場で謝ったが、甲社長は、
「君はもう会社に来なくていい。クビだ!」
と言い放った。A上さんはその瞬間、頭が真っ白になりフラフラとその場に倒れこんだ。
* * *
今回A上さんがしたことは「企業秘密の漏洩」にあたる。このような新商品情報が同業他社に漏れたら企業の競争力が低下し、甲社に大きなダメージを与えることになるだろう。
従業員が企業秘密を漏らしてしまうのはなぜか? 個人のSNSからの情報漏洩リスクを抑えるために必要な対策は? そして、A上さんに「クビ」と言い放った甲社長の真意とは……。詳しくは後編記事〈インスタにアップした「1枚の写真」で新入社員に「まさかのクビ宣告」…SNSで情報漏洩した23歳の意外な「その後」〉で解説する。
インスタにアップした「1枚の写真」で新入社員に「まさかのクビ宣告」…SNSで情報漏洩した23歳の意外な「その後」