「年末の防衛増税の実施時期決定も、来年度のプライマリーバランス(基礎的財政収支)黒字化という財政健全化目標の達成も、みんな吹き飛んだ。レームダック(死に体)政権の断末魔の巻き添えをできるだけ食わないよう、守りを固めるしかない」
旧民主党へ政権交代した2009年以来の、自民・公明両党の衆院過半数割れという事態を目の当たりにして、財務省幹部はこううめいた。
石破茂首相は公示前の4倍(28議席)に勢力を増やした国民民主党を取り込んで政権延命を図ろうと躍起の体だ。自民、国民民主両党は10月31日、政策協議を開始することで合意した。首相が掲げた経済対策の裏付けとなる2024年度補正予算案だけでなく、25年度予算案や税政改正大綱についても協議するという。
国民民主側は11月11日に予定される特別国会における首班指名選挙で、野党第一党である立憲民主党の野田佳彦代表を支持しないことで、石破首相の続投に手を貸す代わりに、衆院選で公約した「手取りを増やす」政策を飲ませようとしている。
首相官邸筋からは「国会で石破さんが再び首相に選出されても、少数与党内閣のままでは政権運営の迷走が果てしなく続く。最終的には国民民主の政策を丸呑みし、連立政権入りを誘うしかないのでは……」と、なりふり構わぬ声も漏れる。
窮地に立つのが財務省だ。補正予算を巡っては、首相が選挙期間中に「財政支出が13兆円超だった2023年度の経済対策を上回る規模とする」とぶち上げていた。石破政権の党内基盤の弱さを熟知する主計局は、「財政規律の回復など、とても打ち出せる状況ではない」と見切り、一回限りの補正での大盤振る舞いは容認する覚悟を固めていた。
ガソリン、電気・ガス代補助については「無能なバラマキ政策の典型」と呆れつつも年度内に限って延長を認め、公明党が公約した低所得世帯や年金生活者への給付金支給も盛り込む腹だった。
だが、与党過半数割れによって、政局の焦点が石破政権と野党の中でもとりわけバラマキ色が強い国民民主との連携協議に移ったことで、補正の膨張どころでは事は収まらなくなった。
財務省は衆院選直後から石破政権が国民民主の取り込みに動くと睨み、水面下で政策要求された場合、どこにレッドラインを引くか「頭の体操」を始めていた。
選挙公約に掲げられた「実質賃金が継続してプラスになるまで消費税を一律5%とする減税案」は「死んでも飲めない」(主税局幹部)のが本音だ。「年収の壁」(所得税の非課税枠)を103万円から178万円に引き上げる案は、国・地方で年7兆6000億円もの税収減が見込まれ、「言い値通りに受け入れるわけにはいかない」(同)。ガソリン税を一部軽減する「トリガー条項」の凍結解除も、一度引き下げれば元に戻すのは困難で、「地方を含めた税収減の影響が深刻」という悩ましい代物だ。
財務省は代わりに、国民民主が力を入れる子育て世代支援策の一環として、全国小学校での給食無償化を提案することを検討。「年収の壁」の引き上げを巡っては、税政改正議論の俎上に載せた上で事実上先送りするか、少なくとも減税額の大幅圧縮を図りたい方針だ。
だが、大幅議席増で勢いに乗る玉木雄一郎代表が、その程度の「アメ」で納得するとは思えない。ある国民民主幹部は「仮に石破首相が再任されても、立憲民主など野党が内閣不信任案を国会に提出し、うちが乗れば、たちまち内閣総辞職に追い込まれるだろう」と、石破政権の足元を見て強気の姿勢を隠さない。
「お家の一大事」にもかかわらず、財務省が渋い姿勢を示しているのは、大幅な歳出増を飲んで国民民主の協力を取り付けても、石破政権の生い先は長くないと見ているからだ。
ある主計局幹部は「政権の寿命は、せいぜい25年度予算案が国会で成立する来年3月までだろう。それ以降は、自民党内で来夏の参院選を睨んだ『石破降ろし』の嵐が吹き荒れる」(官房筋)と予想する。
仮に国民民主と連携できたところで連立の組み換えにまで発展しなければ、政権基盤は揺らいだままだ。そんな中で自民党内から「石破氏が選挙の顔では戦えない」との声が噴き出せば、首相は降板せざるを得なくなる。そんな「ゾンビ政権」のために大幅な税収減を受け入れることなど「考えられない」というわけだ。
ちなみに、財務省内では次期首相に関して「9月の総裁選で石破氏や高市早苗氏、小泉進次郎氏に次ぐ4位と健闘した林芳正官房長官が浮上してくるのではないか」との見立てもある。ただ、「選挙の顔」として役不足感は否めず、財務省シンパの首相を期待する願望のたぐいと言えるだろう。
政局シナリオで最も懸念されているのは、下野を恐れた自民党が、自・公・国の連立政権樹立のために玉木氏に首相ポストを明け渡す事態だ。
自民党は1993年、新生党(当時)や日本新党(同)など非自民・非共産8党の連立勢力に政権を奪われ、結党以来初めて下野した。翌年、日本社会党(同)や新党さきがけ(同)と連立を組んで政権復帰を果たしたが、その再来劇である。この際、自民党は社会党委員長だった村山富市氏を首相に戴く奇手を繰り出し、政権奪回につなげた。
そんなデジャブが財務官僚の頭をよぎるのは、野党第一党である立憲民主党の野田佳彦代表も、政権交代への思惑から玉木国民民主に対し、共闘を求めて熱心にアプローチを掛けているからだろう。
両党の支持母体である連合も巻き込んだ工作だけに、玉木氏が立憲側に転ばないとも限らない。国民民主内には「反自民勢力にとどまったほうが、来夏の参院選を有利に運べる」(幹部)との声もある。
自民党有力OBは「玉木首相案は、下野を防ぐ最後の切り札であるのは確かだろう」と解説する。
実は、旧竹下派分裂の影響により1993年の衆院選で自民党が単独過半数割れした際にも、自民を離党した小沢一郎氏ら政権交代勢力と、下野を免れたい自民党側の間で、選挙で躍進した日本新党の細川護熙代表の取り込み合戦が起きたという。両陣営とも細川氏に首相ポストを約束したが、結局、自民党が一敗地にまみれた形となった。
国民民主争奪戦も過熱すれば、双方が玉木氏に首相ポストというニンジンをぶら下げる展開となる可能性も否定できない。村山首相や細川首相の場合は財政規律への理解があったが、玉木氏の場合、そうなる保証がないだけに厄介だ。
玉木氏は旧大蔵省出身(1993年入省)とはいえ、「財務省シンパと見られては政治家として致命傷になる」との思いからか、かねて積極財政派をアピールしてきた。今回の衆院選では消費減税のほか、年5兆円の「教育国債」を発行し、3歳からの義務教育化や高校生までの授業料を完全無償化する政策などバラマキ色を全開モードにしていた。
そんな人物が権力の頂点に立てば、財政健全化の目論見も雲散霧消しかねない。自民一強時代が続いたこの15年、時の政権をどう操るかに血道を上げてきた財務省も、今は政局の流動化に翻弄されているのが実態だ。
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