マインドコントロールや経済的搾取がたびたび問題視される、カルト宗教。その活動は一見下火になっている印象だが、勧誘の手法は巧妙化している。
平岡葵氏は、幼少期から両親がカルト宗教に入信し、自身も厳しい修行を強いられてきた宗教2世。両親の入信には、とある事情があったという。
平岡氏が自らの幼少期の体験をつづったコミックエッセー『きょうだい児 ドタバタ サバイバル戦記 カルト宗教にハマった毒親と障害を持つ弟に翻弄された私の40年にわたる闘いの記録』で描かれた衝撃のエピソードとともに、当事者の視点から教団内部の実情やハマりがちな人の特徴を聞いた。
「何が『世界を救う』だ、結局自分たちの利益のためにやっているんじゃないか、と気づきました」
──平岡氏は、子ども時代からの疑問をそう回想する。
両親は、平岡氏の保育園時代にカルト教団に入信。中学生のときにも別の教団に入っている。平岡氏は小さなころから、厳しい修行につきあわされることとなった。
女性信者同士のキャットファイトや、突然ヘビになって田んぼに突っ込む信者。著書には、カルト教団の壮絶な内部が描かれている。
婦人部内でのトラブルもえげつない。「お祈りに使うレースの編み方ひとつで、いじめが起きるんです。活け方が気に入らないと言って、祭壇の花をいきなり引っこ抜くなんてこともありました」
前世マウントというべきものも存在した。「あなたが不幸なのは前世が◯◯だったから」と、前世を理由に人を見下すというのだ。勉強や医療も否定。「信者に余計な知識をもってほしくなかったのでしょう」と平岡氏は言う。
そこにあったのは、残酷なまでのヒエラルキーだ。教団では、入信させた数に応じて昇進していくため、信者たちは虚栄心を刺激される。時には地区同士の勢力争いも勃発し、親族を無理矢理入信させる者もいたという。
もちろん、教団内で出世したからといって、収入が得られるわけではない。むしろ昇進研修に数十万円を支払うなど、信者は常に搾取され続けるのだ。
聞けば聞くほどおかしなシステム。「そんなところに、なぜわざわざ入るのか」と思う読者もいるだろう。
平岡氏の両親は、元々寿司屋を営んでいた。
忙しくも幸せな生活。父は市場に連れていってくれたり、閉店後に遊んでくれたりしたという。入信した理由はなんだったのだろう。
父は、自身の親と子の両方を白血病で亡くしている。とりわけ2歳の長男は投与された新薬が合わず、苦しみ抜いての最期だったという。
「医療よりも神だ」と、藁にもすがる思いでの入信だった。「とはいえ、それは本当に『藁』でしかなかったのですが」と平岡氏は振り返る。
中卒で苦労した両親は、社会に対する不信感も強かった。「加えて、重い障害のある子も生まれ、自分が保てなくなったのかもしれません」
平岡氏には、1歳年下の弟がいる。重度の知的障害と自閉症、強度行動障害をもって生まれてきた。両親は小さいころから言語教室などに通わせたが、発達の遅れは目立ち続けた。
ある日、父親が「原因は悪霊の祟りしかねえ。これからは神様で治す!」と宣言。「なんで私だけがこんな思いを……」が口癖だった母も入信した。
両親は仕事もそこそこにお金と時間を注ぎ込み、カルトでの活動にハマっていった。加えて、弟の突発的に暴れ、母はオーバードーズ(薬の過剰摂取)や家出を繰り返し、父は母親にDVを繰り返す。平岡氏と弟は食事も十分に与えられなくなっていた。
「家出した母はたいてい、私たちが飢え死にしそうなタイミングで帰ってくるのです。母が床に投げつけるようによこした食べ物を、空腹のあまり手で拾って食べたこともあります」。とにかく生きなければと積み重ねた一日一日だったという。
両親は家にいても、子どもの世話はしない。弟のケアは、平岡氏が負うこととなった。特に思春期以降の入浴やトイレ介助はきつかったという。「この子はこの歳になっても、自分でトイレにも行けないんだと悲しくなりました」
平岡氏のように、病気や障害をもった兄弟姉妹のいる子どもは「きょうだい児」と呼ばれる。寂しさや孤独感など、特有の悩みを抱えるケースが多い。
平岡氏の場合は親の問題も大きかったため、なおさら大変だったろう。小学校にもあまり通わせてもらえず、ほぼ不登校。社会性が育つチャンスを奪われていたのだ。
ある日、久しぶりに登校した平岡氏は友達にうっかり暴言を吐き、距離を置かれてしまう。当時、平岡氏の家庭は荒れに荒れていた。言葉づかいが乱れるのも無理のないことだ。
しかし、その経験を経て平岡氏は変わる。「当時の私は、皆が年齢と共に学ぶことが何一つ身につかず、例えるなら負債を抱えた状態。そのことに気づいて、自分に欠けているものを必死で取り入れはじめました」
平岡氏は、「こうなりたいな」と思うクラスメートの行動を徹底的に観察。分析して真似し、人に好かれるふるまいを身につけた。
元々人を笑わせることが好きだった平岡氏の周りには、いつしか多くの友達が集まるようになっていく。
40代になった現在では、X(旧Twitter)や関連団体を通じて、きょうだい児の支援にも携わる平岡氏。「きょうだい児はいつも周りの顔色を気にして生きているので、自分を偽りがち。でも、その必要はないのです」
幼少期から教義に洗脳され、大人になってから矛盾に気づいて苦しむ宗教2世は多い。しかし、「生まれつき胡散臭いものが嫌いだった」平岡氏は、両親や教団関係者の姿を批判的な目で見ていた。
平岡氏は幼いながらに、弟に言葉や数、道路の渡り方などを教えていた。しかし、少しずつ進歩していた弟の状態は、両親の入信後、良くなるどころかどんどん悪くなっていく。暴力も増え、平岡氏は殴られて鼓膜が破れたこともあった。
「商売繁盛」を祈っているのに、営んでいた寿司屋は台無しに。「家内安全」を祈っても、父の暴力や母の家出は止まらない。「全く結果が出ていない」と気づいた平岡氏は、カルト教団からできるだけ早く足を洗うと決めた。
高校卒業後、上京。浪人生活の末、慶應義塾大学に合格し、就職後は両親と決別した平岡氏。現在は夫と暮らしながら、きょうだい児に関する情報発信も行っている。
カルトにハマってしまう人は、どのような特徴をもっているのだろう。
かつて、平岡氏が信者に入信の理由を聞いたところ、多かった答えは「なんとなく」だった。「『なんとなく不安』。自分で身を守れる自信がないから教団に依存するのです」
危ないのは、自己肯定感が低く、自信がない人だ。世間で評価されずくすぶっている人も要注意だろう。
中学時代の平岡氏に「何でも質問しなさい」と教団からの勲章を見せびらかした幹部も、「お仕事は何をやってるんですか?」と聞くと、にわかに口ごもったのだという。
平岡氏の両親の場合、肉親を亡くしたことや子どもの障害がカルト入信のきっかけだった。しかし現代では、ボランティア団体を装った勧誘やSNSなどで「気がついたら抜け出せなくなっていた」ケースも存在する。
ちょっとした自信のゆらぎ、友人が欲しいという気持ち。ささいなきっかけがカルトへの入り口につながらないよう、私たちは互いに支え合い、安心できる場を作る必要があるだろう。
取材・文/中村藍
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