群馬県の山中に、様々な依存症に苦しむ人が集まる病院がある。ここでは家庭崩壊や自殺未遂といった凄惨な過去を持つ患者も珍しくない。いったい彼らは何に苦しみ、どこで道を間違えたのだろうか。
前編記事『【禁断ルポ】窃盗症、薬物依存、アルコール依存…依存症患者が殺到する「山奥の病院」とは』より続く
アルコール依存症と同等に、この病院にやってくる患者で増加しているのが「窃盗症」だ。物を盗みたいという欲求を制御できず、万引きなどの窃盗行為を繰り返す「依存症」である。
依存症の中でもっとも研究が遅れており、治療機関が少ない病だ。これまで約2000人あまりの常習窃盗患者を診てきた竹村氏によると、この精神障害の定義は明確化されていないため、健常者の窃盗犯との線引きが非常に難しい。そのため、治療につなげられることは稀だ。これから紹介するのは、この病院の診断によって窃盗症と認定された患者だ。
窃盗症患者の夏野真美さん(50歳・仮名)は、25歳で膠原病にかかったことがすべての始まりだったという。
「その薬の副作用で食欲が出て太ってしまったのですが、『太らないためには吐けばいいんだ』と気づき、食べては吐くを繰り返すようになりました。家にある食べ物ではとても足りなくなって、スーパーで食材を買い込むのですが、お金は底を尽きてしまう。それで万引きをするようになったのです」(夏野さん)
毎日バッグがパンパンになるまで万引きをして、食ベ物を食べては嘔吐する生活を続けていた。
次第に窃盗にスリルや刺激を覚えるようになった夏野さんは、ありとあらゆる物を盗み始める。
「当時は洋服やテレビ、机やカーテン、布団など自分の部屋にあるものすべてが窃盗品。こうなると人生がヤケになってきて、交際相手から貰った薬を覚醒剤とは知らずに吸うようになりました」(夏野さん)
いっそう自暴自棄になり、ギャンブルにも陥ってしまった。つまり彼女は窃盗症以外に摂食障害、薬物依存、ギャンブル依存を併発していたことがわかる。この時期の彼女は、万引きした物を換金し、そのカネで食料を買い込んだら過食と嘔吐を繰り返し、残ったカネでギャンブルをするという荒んだ暮らしだった。結果的に窃盗容疑で4回逮捕、すべて合わせて5年間も刑務所にいた。
10年ほど前から赤城高原ホスピタルで治療に専念するようになり、今は回復している。
きっかけは、薬の副作用に伴う食欲増進。誰にでも起こり得る、些細なできごとが、地獄への入り口となってしまうのが依存症の恐ろしいところだ。ちなみに、病院内に設置された防犯カメラは、入院患者による窃盗行為を防ぐためのものだ。竹村氏が話す。
「万引きは非常に成功率の高いギャンブルのようなものです。依存性が高く、成功体験を繰り返して常習化すると病的な習慣となり、適切な治療を施さない限り回復は困難。摂食障害や他の精神障害を合併しやすい厄介な病気です」
窃盗症を含めた様々な依存症患者を、赤城高原ホスピタルではどう治療していくのか。
「すべての依存症治療の主軸はミーティングです。加えて、認知行動療法などを行います。投薬は最低限の範囲でしか行いません。同じ依存症の患者が集まり、設定されたテーマに沿って自由に語る。それを毎日繰り返します。『自分は依存症ではない』と認めない人は多い。同じような境遇にある人の話を聞き、『自分自身を知る』ことこそが回復への一歩なんです」(竹村氏)
この病院にいる患者たちは、特殊な過去や経歴を持っているわけではない。赤城山の山麓にあるこの病院を、「自分の人生とは無縁の場所」と思ってはいけない。むしろ、誰でも通院する可能性がある場所なのだ。
「週刊現代」2024年9月7日号より
【禁断ルポ】窃盗症、薬物依存、アルコール依存…依存症患者が殺到する「山奥の病院」とは