「俺たちは下僕なんかじゃねえ!」猟友会は警察や自治体に激怒している。駆除のお礼は雀の涙。理解する姿勢もゼロ。連携もとれない。そんな不和の間隙を縫って、凶悪クマは襲撃してくるというのにーー。
〈直接死因〉
失血死
〈解剖 主要所見〉
死後変化進行、頭蓋骨骨折、背面・左右上肢・左右下肢の損傷
これは、5月15日に秋田県鹿角市の北部に位置する十和田大湯の山林で亡くなった、佐藤宏さん(享年64)の死体検案書の一部を抜粋したものだ。たった6行の報告だが、全身に激しい攻撃を受けたことがよくわかる。
当時、佐藤さんの遺体を回収しようとした警察官2名がクマに襲われ、大けがを負ったニュースを覚えている人も少なくないだろう。
事件当日、佐藤さんの近くでウド採りをしていた友人は、その日の惨劇をこう振り返る。
「自分の近くでカサカサと笹薮が動いたと思ったら、向こうで『あちゃ~』という佐藤さんの声が聞こえたのですが、いま思うと断末魔だったのでしょう。その後、警察官と遺体を見つけたときには、顔から下半身にかけて落ち葉がかけられていました。クマが獲物を食べるときの習性そのもので、ギョッとしました」
死体検案書、警察官2名への襲撃、友人の証言。これらの情報から、佐藤さんがクマによって殺されたことは明らかだ。
しかし、7月5日に秋田県は驚きの発表を行う。
佐藤さんの死亡事故について「クマに襲われて死亡したとは断定できない」と結論づけたのだ。
「夫が亡くなったのは、クマによるものとしか考えられません。逆に、それ以外の原因がどこにあるのでしょうか。県の発表を聞いて、また同じ事件が起きるのではないかと不安になっています」
こう切々と訴えるのは、佐藤さんの妻だ。別の親族もこう嘆く。
「遺体には何十ヵ所と噛み傷があったんです。どれだけ痛かったか、どれだけ怖かったか……。葬儀では、顔から全身にかけて包帯がぐるぐる巻きにされていました。だから、お棺の蓋は開かないままでのお別れとなったのです。なぜ死因がクマであることを認めてくれないのか。偉い人には、私たち遺族の気持ちがわからないのでしょうか」
本誌は、佐藤さんがクマに殺されたことを裏づける新たな証言者を見つけた。佐藤さんが亡くなる直前まで、一緒にタケノコ採りをしていた友人の小林雄一さん(仮名)だ。
小林さんは、佐藤さんが襲われる直前、同じクマに襲われていたという。
「朝6時半から山に入っていた私は、採集場所を移動している途中に佐藤さんと会いました。『採れるところを案内するよ』と言われ、一緒にその場所まで向かったのです。実際にタケノコがよく採れたので、二手に分かれて採っていました。佐藤さんは急斜面を登って、私より15メートルほど上にいたと思います」
それからしばらくして、後ろの薮からガサガサと音がしたので小林さんが振り返ると、黒い塊が猛然と走ってきたという。それは1メートルくらいの至近距離に来て、威嚇するように立ち上がった。
小林さんはすぐに、自分はクマに襲われているのだと認識する。体長は170センチほどで、ツキノワグマの平均的なサイズ(120~140センチ)よりもずいぶん大きかったという。
「襲いかかってくる直前、ポケットの中に入っていた折り畳みのノコギリをクマに思い切り投げつけたのです。運良く鼻先に当たり、驚いたクマは後ずさって急斜面を駆け上がっていきました。
その先にいたのが佐藤さんでした。直後、『あちゃ~』という声が聞こえたのです。それから『また、きたってか~』という小さな叫び声も聞こえました。何度もクマからの攻撃を受けたのでしょう。途中、拡声器で『佐藤さん!』と呼びかけたのですが応答はありませんでした」(小林さん)
恐怖に身をすくめた小林さんは、急いで山を下りて帰宅した。この日以降、友人を見殺しにしてしまったと後悔する日々を過ごしているという。
「佐藤さんの叫び声が、いまも耳から離れません。ただ、助けに行ったら自分も殺されたかもしれない。逃げるしか選択肢はありませんでした。
あのクマは、これまで私が見てきたクマとはまったく違います。凶暴かつ神経質、自分の餌場に対して強い執着心があって人を容赦なく襲ってくる。あんな生物が、いまも山の中にいると思うと恐ろしくてなりません」
ここまで状況証拠が揃っているにもかかわらず、クマによる被害だと認められなかったのはなぜか。秋田県生活環境部自然保護課に問い合わせてみると、こう回答した。
「佐藤さんの衣服に付着したサンプル(毛)を採取してDNA鑑定をしましたが、状態が悪く、クマの体毛なのかどうか断定できなかったからです」
死因の調査に携わった秋田県警捜査一課の関係者にも話を聞くと、「大型動物による噛み傷や爪で攻撃された損傷はあります。ただ、それがクマによるものだと断定できなかった」とにべもない。
県と警察の頑なな姿勢に対し、怒りを覚えている人たちが遺族以外にもいる。秋田県の猟友会だ。ある会員がこう解説する。
「県が『クマによる被害』だと認めないことについては、2つの隠された意図が読みとれる。それは、『(襲ったとされる)クマの駆除をしたくない』『人身被害として計上したくない』ということだ。
今年2月、秋田県知事は『人とクマとの共生の実現』を目標にすると訴えたんだ。トップがそう言った手前、獣害の数は少なく抑えたいし、駆除活動もしたくない。だが、無責任にそんな呑気な話をしている場合ではないわけさ。
被害者の数をごまかして、観光客を減らさないようにする魂胆もあるだろう。だが、そんな姑息な手口を続けようが、山に凶悪クマが増えている事実は動かしようがないだろ。佐藤さんのような被害者が続出するのは時間の問題だよ。秋田県民として許せないね」
いまもなお、佐藤さんと小林さんを襲ったクマは捕まっていない。
クマの被害は全国的に深刻さを増している。昨年度、クマに襲われてけがをした人は全国で213人と過去最多。都道府県別にみると、人身被害が多いのは秋田県である。
今年度も被害が続出している中で、駆除を巡り猟友会と自治体・警察との軋轢が顕在化している。佐藤さんの1件は、氷山の一角に過ぎない。
後編記事『「駆除のお礼はタオル」「発砲許可が遅すぎる」…猟友会vs.警察の生々しすぎる「緊急告発」』ヘ続く。
「週刊現代」2024年7月20・27日合併号より
「駆除のお礼はタオル」「発砲許可が遅すぎる」…猟友会vs.警察の生々しすぎる「緊急告発」