東京都は、顧客が企業の従業員に理不尽な要求や悪質なクレームを突きつける「カスタマーハラスメント(カスハラ)」の防止条例を制定する方針を固めた。
カスハラの禁止をうたい、働く人を守るルールを設けることで、根絶に向けた機運を醸成したい考え。カスハラ防止を柱とする条例は全国初となる。
カスハラは、従業員に土下座して謝罪するよう強要したり、暴言を吐いて過度な要求を繰り返したりするなどの迷惑行為が該当するとされる。近年、カスハラ被害を受けた従業員が、心身の不調で離職や自殺に追い込まれるなど、小売・サービス業界を中心に問題化。都は昨年10月に有識者会議を設置し、対策を検討してきた。
都関係者によると、条例案では、カスハラの禁止を明記し、年内の都議会への提出を目指す。従業員をカスハラから守る企業側の責務を規定することも検討する。禁止行為の具体事例は、別途策定するガイドライン(指針)で示す見通し。
また、行き過ぎた迷惑行為には強要罪など刑法の規定を適用できることもあり、条例では違反者への罰則を設けない方向だ。
■「女のくせに」と蹴られ
客の立場に乗じた不当要求で、働く人に過度な負担を強いる「カスタマーハラスメント(カスハラ)」。これまで耐えてきた接客の現場からは、東京都が防止条例の制定に踏み出すことへの期待の声が聞かれた。
首都圏の私鉄に勤務する女性(29)は、人身事故や悪天候でダイヤが乱れる度に、駅の利用客に「どうして遅れるんだ」とどなられ、ひたすら謝罪するという経験を繰り返してきた。
ホームで客同士のトラブルを仲裁した時は「女のくせに」とののしられ、蹴られたり、スマホで名札と顔を撮影されたりしたこともあった。女性は「駅係員も人間だということを忘れないでほしい」と訴え、条例について、「サービスをする側が『我慢して当たり前』という雰囲気が変わるきっかけになれば」と歓迎する。
■「働く人の多くが救われる」
「店員の態度が気にくわなかった」。東京都新宿区のコンビニ店の男性オーナーは数年前、男性客から受けた電話を忘れられない。
対応した店員に確認したが、接客に問題はなかった。それでも男性客は「クビにしろ」「(コンビニの)本部に言うぞ」と迫った。「『気持ち』というものがあるだろう」と暗に金品を要求するような発言もあった。
数十分に及ぶ長電話が3日間続いた後、オーナーが「警察に言います」と告げると、男性客の態度は一変。「そういうつもりじゃなかった」と電話が切れ、以後、かかってこなくなった。
レジ待ちの客から「早くしろ」とどなられる、外国人店員が差別的な発言を浴びる――。こうした出来事は日常茶飯事という。オーナーは「条例がカスハラの抑止力になれば、働く人の多くが救われるはずだ」と話す。
■労災認定、10年で89人
国内最大の産業別労働組合「UAゼンセン」が2020年、サービス業に従事する約2万7000人を対象に実施した調査では、直近2年以内に「迷惑行為を受けたことがある」と回答した人が56・7%に上った。「2時間にわたり暴言と威圧を受けた」「押し問答の後、いきなりビンタされた」といった事例もあった。健康被害も深刻で、厚生労働省によると、顧客や取引先の無理な注文やクレームが原因で精神疾患による労災と認定された人は、22年度までの10年間で89人に上り、うち29人は自殺(未遂含む)していた。
カスハラ問題に詳しい関西大の池内裕美教授は、「従業員を傷つけるような行き過ぎた迷惑行為は、働く意欲をそぎ、サービスの低下を招く。さらなる消費者の不満を生む負の循環に陥り、社会にとっても損失だ」と指摘。「多くの人に理解を深めてもらうためにも、都はどのような行為がカスハラに該当するのか、わかりやすく示す必要がある」と述べた。