(写真:jessie/PIXTA)
各種の国際比較調査から、日本の従業員のモチベーションやワークエンゲージメントは世界最低であることが明らかになっています。しかし、本当に日本人は世界で最もやる気・熱意がないのでしょうか。今回は、この残念な定説の真偽について考えてみましょう(以下、モチベーション=やる気、ワークエンゲージメント=熱意とします)。
オランダのランスタッド社の調査(2019年公表)によると、日本は「仕事に対して満足」と回答したのは42%で、34カの国と地域の中で最下位でした。アメリカのギャラップ社の調査(2023年公表)によると、「熱意あふれる従業員」と回答したのはわずか5%で、日本は125カ国中最低でした。他にも、日本のこうした状況を示す調査結果が多数あります。
では、当の従業員はどう受け止めているのでしょうか。大手・中堅企業に勤務する従業員にヒアリングしました。
「以前のように燃えるように仕事に取り組む人は、目に見えて減りました。とくに20代は完全にプライベート優先で、気に入らない仕事だと、途中で投げ出す。強く注意をすると、『はいわかりました』と言ったきり会社に来なくなる。どうしたもんでしょうかね」(サービス・40代)
「私も周りのメンバーも、モチベーションや会社への帰属意識が下がっています。コロナ禍以降、自分は自分、人は人という感じで、職場の一体感がなくなりました。この会社で自分が成長できるという実感もありません。人事部は、やれ飲み会だ、やれワンオンワン・ミーティングだと騒いでいますが、皆しらけ切っています」(IT・20代)
このように、日本の従業員のやる気・熱意が低いこと、低下傾向にあることには、同意する意見が大勢でした。ただ、「世界最低」という評価に対しては、多くの回答者が疑問を呈しました。
「日本人って、昔は仕事への熱意や組織への忠誠心の高さが世界的に有名でしたよね。低下傾向は理解できますが、世界最高が簡単に世界最低になるものでしょうか。調査の設計や尋ね方に問題があるような気がします。ともあれ、調査結果には納得できません」(商社・30代)
「中国・ベトナムの生産拠点に駐在した経験があります。現地採用の従業員は、ちょっとでも高給の求人があると、さっさと転職します。監視しないと、仕事をサボります。彼らよりも日本人の方がやる気・熱意や組織への愛着が低いというのは、ちょっと信じられません」(精密・50代)
人事部門は、どういう認識でしょうか。ある素材メーカーの人事部門マネジャーに聞いたところ、上記の従業員の意見に同意していました。
「当社でも若年層の離職が増えており、やる気や帰属意識の低下を実感しています。ただ、海外拠点の状況を見ると、まだまだ諸外国よりも良い状態だと思います。それよりも、コンサルティング会社や研修会社がこうした調査を振りかざして売り込みにやってくるのが、個人的にはウザいです(笑)
外国人は、こうした調査結果をどう見ているのでしょうか。日本の商社での勤務経験があるシンガポール人経営者ジョセフィン・テオ氏は、「私の感覚では、日本人が最下位ということはありえない」と強調します。
「私がこれまで会った日本人は、情熱を持って意欲的に仕事をしていました。日本人が偉いと思うのは、職場での困難な状況を我がことと受け止め、解決に向けて主体的に取り組むこと。ちょっと意に沿わないことがあったらすぐ転職するシンガポール人と比べて、日本人の方が劣っているというのは、まったく信じられません」
ギャラップ社の調査で125カ国中1位だったのが、アメリカ。この結果について、アメリカ人経営者デビー・ウィルソン氏は、鼻で笑いながら次のようにコメントしました。
「ちょっと機転が利くアメリカ人は、その手の調査に自分を良く見せようと回答するわ。『やる気も熱意もなく嫌々働いている』って答えて、それが会社に知れたら、立場が悪くなるでしょ。日本人は、見ず知らずの相手に思ったことを正直に打ち明けるわけ?」
さらにウィルソン氏は、「1位でも最下位でもso what?(だから何?)。私を含めてアメリカの経営者の多くは、従業員のやる気とか熱意をそんなに気にしていない」と言いました。
「やる気満々だけど成果を出せないAさんとやる気は低いけど成果を出せるBさんなら、どっちを雇いたい? Bさんでしょ。ちゃんと働いてくれたら高い給料を払うし、働きが悪かったら辞めてもらう。やる気・熱意よりも、成果を生む能力があるかどうかでしょ」
さて、ここからは、統計上、日本の従業員のやる気・熱意が低いとされている理由の考察です。
アメリカでは、担当する職務や報酬を明確に決めて従業員を雇用するジョブ型雇用が一般的です。従業員は、決められた職務を遂行し、決められた報酬を受け取ります。従業員の働き方や職務満足を得るための道筋がはっきりしており、あとは頑張るだけです。
一方、日本では、職務を明確にせず、従業員に色々なことをさせます。たとえば、営業担当者が「売る」だけでなく、メンバーを育成し、評価し、他部門と交流し、社外活動に参加し……という具合です。どこまでが本来業務なのか不明確ですし、目標や達成期限も明示されません。
そのため従業員は、自分が会社から何を期待されているのか、目標をどう達成したらよいのか、達成できているのかいないのか、よくわかりません。真面目な人ほど、「何をすればいいんだ?」「俺って会社にとって何なの?」「いつまでこの状態が続くんだ?」と不安・不満になります。
こうしてみると、日本が統計上「世界最低」というのは、従業員のやる気・熱意の絶対値が低いというよりも、職務の範囲・目標・達成期限などがあいまいで、従業員が不安・不満に感じやすいからでしょう。
では、今後はどうなるのでしょうか。いま日本企業は、政府の後押しも受けて、ジョブ型雇用への転換を進めています。ジョブ型雇用で職務が明確になれば、従業員の不安・不満が解消されると期待することができます。
一方、ジョブ型雇用とは名ばかりで、「実質的にはこれまでと何も変わらないだろう」という懐疑的な見方もあります。
ジョブ型雇用はジョブ(=ポスト)に空きが出たら採用する欠員採用が基本なので、「新卒一括採用」はなくなります。即戦力の中途採用が主体なので、「OJT」は不要です。報酬を決めて採用し、同じ職務を担当している限り報酬は同じなので、「人事評価」はほぼ不要、「定期昇給」はなくなります。
「当社はすでにジョブ型雇用に移行済み」と宣言している先進企業でも、「新卒一括採用」「OJT」「人事評価」「定期昇給」を大幅縮小・廃止したというケースを耳にしません。つまり、現在進められているのは、従来の人事制度・慣行を残しつつジョブ型雇用っぽく装う、“日本式ジョブ型雇用”なのです。
“日本式ジョブ型雇用”にはメリットがあり、全否定するつもりはありません。ただ、今のやり方が大きく変わらない以上、従業員のやる気・熱意や不安・不満という問題について、大きな進展を見込めないでしょう。
以上から、日本の従業員のやる気・熱意の低さは、今後も日本の大きな問題であり続ける可能性が高いと言えます。
(日沖 健 : 経営コンサルタント)