ハンマーが壁を打つ。
ドア枠ごと崩れ落ち、周囲に砂ぼこりが舞った。今春まで3棟の豪邸が威容を誇っていた約250坪の敷地では、建物の解体が進められていた。
京都市左京区の閑静な住宅街。そこに居を構えていた資産家一家「宮本家」の没落は一人の男によって引き起こされた。
不動産賃貸業を軸に、舞妓(まいこ)のイベントなどを手掛け、メディアにも取り上げられていた宮本一希被告(38)。劇薬のタリウムを知人の女子大生=当時(21)=に摂取させ殺害したとして3月3日、大阪府警に逮捕された。
その後、不動産業を営んでいた自身の叔母(62)にもタリウムを摂取させたとして殺人未遂容疑で再逮捕された。叔母は3年以上、意識不明の状態が続いている。
解体中の家屋では、かつて叔母と被告が同居していた。「誰も寄り付かない。更地にするしかないでしょうね」。叔母の元夫がつぶやいた。
消去法の捜査
事件発覚は昨年10月。大学3年だった女子大生の体調が急変し、大阪府内の病院に搬送後まもなく死亡した。吐瀉(としゃ)物や尿から検出されたのは、致死量のタリウム。かつては殺鼠剤に用いられた劇薬だ。一気に事件性が浮上した。
京都市北区の女子大生の自宅マンションで、直前まで一緒にいたのが宮本被告だった。だが周囲からタリウムは見つからず、直接証拠もない。そこで大阪府警は?消去法?の捜査を積み重ねた。
府警は女子大生の遺体を司法解剖し、タリウムが投与された時間の幅を特定。2人が一緒に飲食店で食事をしてから、マンションに入っていくまで防犯カメラの映像をつぶさに追跡し、投与された時間範囲の中で、被告以外の第三者が関与し得る可能性を排除していったのだ。
被告は逮捕から一貫して黙秘を貫く。被告の犯行だとして女子大生と何があったか、動機となりうる事情はまだ明らかになっていない。
女子大生の事件捜査からほどなくして、宮本被告の叔母も令和2年7月以降、意識不明となっていることが分かった。病院に保管されていた入院当時の叔母の尿や血液を府警が鑑定したところ、またも致死量のタリウムが検出された。
叔母の事件でカギとなったのがタリウム入手ルートの特定だ。叔母が倒れる2カ月前に、大学関係者を名乗る男が京都市内の業者のもとを訪れ、タリウム50グラムを購入していたことが判明。業者が保管していた書面に、被告の自筆署名や指紋が残されていることを突き止めた。
コロナ助成金も詐取
宮本被告の周辺を取材すると、逮捕直前まで派手な暮らしぶりを続けていたことが分かった。
被告は叔母が倒れた2年7月以降、「不動産が数億円で売れた」などと吹聴し、急に羽振りがよくなった。予約の取れないような高級店に足しげく通い、祇園などで店舗貸し切りの食事会を開催することも。知人の30代男性は「食へのこだわりは異常だった」と話す。
散財の原資は、叔母が管理していた財産だったとみられる。もともと宮本家は京都市内の不動産売買で財をなし、先代からの不動産業を引き継いだのが叔母だった。被告もその同族会社の取締役に就任したが、その会社で使途不明金が次々と発覚、叔母が倒れる5カ月前の2年2月、叔母によって役職を解任され、金銭的援助も打ち切られた。
さらに同4月、被告が国の新型コロナウイルス対策の助成金を不正受給しているのではないかと叔母に疑われ、叱責されていた。結局被告は、コロナ助成金約1億1千万円の詐取容疑でも立件されるに至る。
「どれだけ金が欲しかったのか」。叔母の元夫は一連の事件に呆然(ぼうぜん)とした。そして、いまだ意識の戻らない叔母の身の上を思い、やりきれない表情で語った。「(叔母は)一族の事業を一人で支え、重圧もあった。その中でかわいいおいの一希に、事業を任せたいと期待した部分があったはずだ。なのに何度も、何度も裏切られた」(中井芳野)