実の父親から性的虐待を受けていた23歳の女性。過去を断ち切ろうと、父親を罪に問うことを決めました。社会に訴えるためにも声を上げた女性の思いを取材しました。
役所の担当者「婚姻届ですね、おめでとうございます」
ことし6月、新たな人生を歩み始めた2人がいた。福山里帆さん(23)と夫・佳樹さん(42)。1年半の交際を経て、この日結婚した。
福山里帆さん「やっと未来に進んでいく。新しい自分たちの未来を作っていけるので、過去の自分が見ると、すごく喜ぶだろうなと」
“見えない傷”を負った23歳の女性。決断に至る日々を記録した。
富山県で生まれた里帆さん、中学2年から高校2年までの約3年間、実の父親から性的虐待を受け続けてきた。
幼いころの写真には、旅行先で里帆さんを大切に抱きかかえた父親の姿が映っている。待望の長女だった。
里帆さん「いい人だった記憶があります。時々、勉強を教えてくれることもあって。そういう意味では、すごく…父親らしいというより“尊敬できる人”というイメージが強かった」
しかし中学2年の夏、母親がいない自宅でその時は突然やってきた。
里帆さんが、現場を案内してくれた。
里帆さん「実際に父から性的虐待を受けた場所ですね。ここで実際に性行為がある日には父がここに座っていて。布団の上に座っていて」
その後も、きまって母親がいない時間を狙われたという。尊敬していた父親の姿はもうどこにもなかった。
里帆さん「『これはママには内緒ね』って。ずっと自分は天井を見ているんですけれども、そのときには『嫌だ』と言う感情そのものが途中からなくなっていった。嫌なんですけど…なんだろう。感情があったら壊れるような感じがして。そっちの気持ちの方が大きかったですね。『嫌だ』と言う感情よりも『考えるのをやめよう』っていう」
父親からの性的虐待は、里帆さんが高校に入学してからも続いた。
実の父親から性的虐待を受けていた里帆さん。唯一の救いは幼いころから打ち込んできた音楽だった。
大勢の前でダンスを披露するなど明るく振る舞っていた。吹奏楽部で一緒だった友人は、当時の里帆さんについてこう話す。
高校時代の友人「ムードメーカーというか自分の意見をはっきりと『こうじゃないか』ということを言っていく感じでした。悩みを見せないというか『悩んでなさそうだね』と言われるようなキャラクターだったので、(性的虐待を受けていたとは)イメージがわかなかった」
繰り返される性的虐待に、里帆さんのメンタルは限界に近づいていた。
里帆さん「私が悲しんで、苦しくても、頑張って、自分の中にとどめれば、親族や家族は日常生活を送れると思っていました。きょうたまたま死ななかっただけで、“死なない日を延ばしていた”って感じ。生きようというより、死ぬ日を少しずつ延ばしてきょうまで来たっていう感じで」
しかし高校2年の11月、ついに里帆さんが助けを求める。保健室の先生に打ち明け、児童相談所に一時保護された。
父親は家を出て行くことになり、性的虐待は無くなったが、別居先は家の真裏のアパートだった。父親が立ち寄ることもあり、里帆さんは逃げるように東京の大学へと進学した。
そして一昨年、19歳年上の佳樹さんと出会う。佳樹さんは里帆さんの過去を、すべてを受け入れてくれた。
夫・佳樹さん「つらかっただろうなと。本気で力を全力で貸してくれる人は少ないし、同情は得られたとしても『巻き込まないでね』ていうことが一般的な人の価値観だと思うし、本当に居場所がないんだろうなと。一も二もなく『助けるよ、俺が力になるよ』って」
こうして交際が開始。それでも、里帆さんが不安定になることも少なくなかったという。2022年11月、突然、里帆さんが“自殺”を図ったのだ。
佳樹さん「ここで寝ていたようですね。トイレで(睡眠)薬を飲んで、そのあと意識が朦朧としてここに寝転がって」
PTSDのほか、うつ病、睡眠障害など様々な症状を抱えている。ほぼ毎日を自宅で過ごし、円滑な社会生活を送ることは今もできていない。
この日、2人はある人のもとへ相談に訪れた。
けいこさん「座ってください」
近親者による性的虐待被害者らの自助グループの代表・けいこさん。実の兄と父親から性的虐待を受けてきたという。
里帆さん「実際に、私が働けてなくて、かつ家事もままならないときが最近多くて。そういうことって“甘え”なのかな?とか。どこからが虐待を受けたことによるトラウマなのか、自分の要因なのか」
けいこさん「私もずっとそれは悩んでいて、どこからが境界線なのかわからなくて。“決意”というか、自分でそれは区切りをつけないといけない。自立するというのは目標かもしれないけど、1人だけで生きていくというのは難しいから、頼るところとか、拠り所をたくさん作っていくことが、やっぱり心の支えになるんじゃないのかな」
前を向いて進むためには、過去を断ち切る必要がある。そのために里帆さんはある決断をした。父親に罪を認めてもらい、償ってもらうことだ。
里帆さんは2022年5月、母親と佳樹さんに同席してもらい、父親本人がどう思っているのか初めて尋ねることにした。そのとき、里帆さんが録音した音声記録が残っている。
里帆さん:児相に行ってから今までちゃんと話を聞いたことがなかったから。どう思っているのかなって。
父親:私は何を言えばいいわけ。
話そうとしない父親。しかし、佳樹さんが席を外すと少しずつ口を開き始めた。
里帆さん:私を性的対象と見始めたのはいつなんだろう?
父親:……
里帆さん:いつなんですか?
父親:中学生くらいとか、そんな時じゃないかな…
里帆さん:快楽のため?性的嗜好のため?
父親:はっきり…理由とかははっきり…これという理由は無い…わからない…言葉にして出せない。
里帆さん:私が傷ついているとか、そんなことも全く考えなかったということでしょ?
父親:そういうことをやるってことは…私がバカなんだろうな..。だから、考えることができなかったんだろうな。自分が愚かだってこと。
里帆さん:避妊していない時もあって、私があなたの子どもを妊娠したらどうするつもりだったの?
父親:もしそういったことになっていたら、“堕ろす”ことになっていたと思う。
性的虐待の事実を認めた。父親が書き記した「反省文」も残されている。
『自らの欲望を優先させた結果、娘を用いて自らの性欲を満たしました。大変申し訳ございませんでした』
里帆さんが望んで得た「父の告白」だった。しかし同時に、心は大きく揺れ動いた。
里帆さん「全く知らない人からレイプとか、もちろん辛いんですけれども、それだったら家族も親族も総出でその人を恨めるし。私も恨み切れる。だけど、どうしても血がつながっている実の親だから。憎み…一生憎み切れないと思います、今はそう思います」
それでも2023年3月、里帆さんは葛藤しながらも、父親に対する告訴状を警察に提出した。
里帆さん「まずはやっとここまできたかなと。(被害は)終わっているけど、自分の中で終わったわけではないので。父親を処罰として問いたい。責任を取ってもらいたい」
しかし父親を罪に問うことを、ほかの家族全員が受け入れたわけではなかった。それは里帆さんの祖母、つまり父親の実の母に被害を伝えたときのことだった。
里帆さん「ショックを受けるかもしれないんだけど、パパから中学校2年から高校2年の間まで、計10回位、実の親なんだけれどもレイプされていた」
父親の母「そうかい…」
里帆さんの母「お義母さん聞いたんじゃないの?」
父親の母「この前聞いたけど…」
里帆さんと佳樹さん「え?え?」
父親の母「私は聞きました。私は聞いたことあるけれども。でも今は何もないんだろう?『(息子に)何いっとるん』文句言って、怒った」
息子からすでに打ち明けられ、叱ったという。一方で、過去の話だとして表沙汰にしないよう里帆さんらに求めてきた。
父親の母「頼む。お金ならいくらでもあるから」
里帆さん「お金じゃないよ、ばあちゃん」
父親の母「家族を売って気持ちいいの?」
里帆さん「気持ち良くはないよ」
父親の母「私ここにおられんくなるよね。この家も全部売ってしまうよ。あんた、今もやっているなら別だけど、それでいいわけ?」
佳樹さん「ご自身の話だけですか。彼女のことを心配してください」
父親の母「しとる。(息子は)きちっとしている子だったからね。絶対にそんなこと…」
里帆さん「だからしたんだって」
さらに、里帆さんを幼いころから誰より可愛がってきた親族の男性も、激しく抵抗した。
親族の男性「バカなことを考えるな」
里帆さん「私が訴えるのはダメなのことってこと?」
親族の男性「そうだよ。お前が今考えていることはダメなことだよ。親子で裁判なんかして決して良いことなわけあるか。もうちょっと色々な違う考え方があるやろ、もうちょっと」
“家族の崩壊”。里帆さんが長年抱えていた不安が、現実のものとなった。では里帆さんの母親は、これまでの出来事をどう捉えているのか。今回、取材に応じた。
夫とはすでに離婚しているが、里帆さんの一番近くにいながら、気付かなかったのか。尋ねた。
里帆さんの母親「兆候があったのかと言われたら…そういう風に見ていないから、わからないというのが…本当です。家庭内って一番安心する場所じゃないですか?その中で疑うような生活ってしないですよね」
「気づかなかった」、そう繰り返した。
しかし里帆さんは、児童相談所に一時保護されて以降の母親の対応について不信感を抱き続けている。里帆さんが通院していたクリニックの面接記録には、別居していた父親が家を訪ねてきても、母親は黙認していたことなどが記されていた。
【クリニックの面接記録】母親「別にいいでしょ」「パパはそういうことせんから」
さらに…
【クリニックの面接記録】母親「私の方が辛いのよ。娘がこんな目に遭って、旦那に裏切られたんだから」
こうした自身の一連の対応については、今どう思っているのだろうか。
里帆さんの母親「正しくないです。正しくないと思いますよ。多分どこかで自分の中でも“疑似家族”を演じていた、それが正解となっていたのかもしれない。申し訳ないって…あの子の人生…こんな形にしてしまって。なんて自分が愚かなんだろうとしか思わないですよ」
この日、二人は父親に結婚の報告をすることに。私たちは直接、父親の話を聞くため同行した。3時間かけて富山までやってきたが…
里帆さん「顔を見たくないよね。体調崩したくないし」
佳樹さん「そうだね…」
ひどい仕打ちを受けたとはいえ、実の父親だ。「結婚の報告はするべきだ」と意を決して来たものの、やはり父親には会えない。
佳樹さんだけで会うことになった。佳樹さんによると、まず父親に里帆さんと結婚したことを伝えた。さらに、今後について話し合おうとしたものの、父親は記者が同行していることを知り席を立った。
父親「告訴状でも出せばいいでしょう」
佳樹さん「開き直るんだ?」
父親「結婚の挨拶って言うから来たら、なんだよこれ」
佳樹さん「結婚の挨拶だよ。すぐ近くまで。さっきまで里帆があんたと会うかどうかずっと悩んでいる。結婚の挨拶をするのに、どうするかずっと悩んでる」
父親はそのまま去っていった。この2週間後、告訴状が受理された。
2023年10月、里帆さんは富山県に来ていた。警察に説明するのはこれが4回目だ。4時間後、警察署から出てきた里帆さんの表情は明らかに沈んでいた。
里帆さん「ちょっと部分的に記憶が、変に戻ってきちゃっているので。そのことを私は警察に行く前に危惧していた事だったので。それが実際こうやって起こってしまうと…パニックですよね、いま」
警察への説明の後はいつも、蓋をしてきた記憶が呼び戻され苦しくなる。それでも声を上げるのは、世の中に訴えたいことがあるからだ。
里帆さん「父のやった事というのが、みんなの考えるきっかけになってくれたらいい。誰が悪いよね、とかそういうことじゃなくて、『なんでこれが起きて』『自分の家だったらどうやったら起きなくて』、何よりも『自分の周りの人にも起きているんじゃないか』という視点を本当に持って欲しい。言わないだけで多分いますから、絶対」
もう誰も理不尽に尊厳が奪われない社会に。23歳の切なる叫びだ。父親はこれまでの取材に対し答えていない。