少子化が加速度的に進む中、積極的に地方移住を呼びかける自治体や住民の声は大きくなってきている。だが、大きなネックになるのが近隣住民との関係性だ。筆者は実際に地方移住を経験した夫婦にインタビューし、その実情を聞いた。関連記事「「知らない男性に下腹部を…」夫の仕事の都合で「限界集落」へ移住、妊娠した20代女性が感じた「強烈な違和感」」も参照してほしい。
総務省統計局が発表したデータによると、日本の人口は2023年7月1日現在の概算で1億2456万人。前年同月より56万人(0.45%)減少している。
これを、2023年2月1日現在の確定値で年代別に見ると、15歳未満の人口は1439万5千人、29万4千人減で前年度比は-2.0%。65歳以上の人口が3618万人で6万人減。前年度比が0.17%であることを考えると、高齢化もさることながら少子化がもはや危機的状況にあることは一目瞭然だ。
中でも地方における少子化は年々深刻さを増し、都道府県別の少子化ランキングの上位5県(秋田・青森・岩手・和歌山・北海道)では、ここ50年の間に7割~8割も減少している。
そんな少子化が進む北のある自治体に首都圏から移住したのが野原まりかさん(仮名・33歳)。夫の健太さん(仮名・28歳)の転職のためだった。妊娠が発覚した直後とあり不安は募ったが、夫の強い意気込みに移住を決意した。
居を構えた限界集落では「30年ぶりの赤ん坊」ということで盛り上がり、通りがかりの人もまりかさんのお腹を気に掛ける。のはいいのだが、見ず知らずの人にお腹を触られるのはどうもいい気がしない。
ましてや、お腹をなでるふりをしてまりかさんの下腹部付近をまさぐるような仕草をする年配の男性もおり、徐々にこの町に不信感を募らせるようになっていた。
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まりかさんは出産をむかえた。比較的安産だったものの、まりかさんは産後の肥立ちが悪く、自宅に戻ってからもほぼ寝たきり状態。遠方ゆえ、実家に頼れないまりかさんを気遣って近所の奥さん達が代わる代わる手伝いに来てくれたのだが、有難いどころか、まりかさんにとって心がざわつくことばかりだった。
「母乳が足りない時はミルクを作ってもらっていたんですけど、温度を確かめるのに哺乳瓶の口をつけて飲む人がいたかと思えば、泣き止ませるつもりなのか、自分の乳首を娘に含ませる人もいて、あまりの非常識さに眩暈がしました。
『抱き癖をつけると後々まりかさんが困るから』と泣きやまない娘を放置したり、『クーラーの風は身体に悪いから』とエアコンのスイッチを切ってしまって娘が熱中症寸前になったり、勝手に布おむつをしてお尻をかぶれさせたり…申し訳ないけど『勘弁して!』って感じでした。
娘の身を案じながらも、身体の自由がきかないまりかさんは、ひたすら耐えるしかなかった。
産褥期のメンタルがどんどん削られて行くまりかさん。その彼女をさらに追いつめたのが連日のようにやって来る見舞い客(ほぼ高齢者)の存在だった。
「まず気になったのが生まれたのが男の子でなかったことに対する落胆でした。『次は是非男の子を頼むよ』とか平気で言うんです。『産んだばっかりなのに何で次の話なの?』『女だって私の子供なのに失礼じゃない?』って悔しかったです。
他にも娘の体つきや動きを見ながら、あーでもないこーでもないと根拠のない話で盛り上がったり、娘の沐浴やおむつ替えを見ようとするおじいさんがいたり、デリカシーの無さに腹が立ちました。
あと、私は無痛分娩だったんですけど、それを批判する人が多くてつらかったです。『産みの苦しみを乗り越えてこそ、なのに』とか『痛いのがイヤなんて、今の人は根性がないねえ』とか。完全に昔の価値観なんです」
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お宮参りに始まり、お食い初めや初節句など、赤ちゃんにまつわる行事についての風習にもまりかさんは度々ショックを受ける。
「そういうお祝い事の度に近所の人が集まってくれるんですけど、お食い初めの時は『こうすると歯が丈夫になるんだよ』とどこかから拾って来た小石で娘の歯茎を叩く人がいたんです。たしかに『歯固めの儀式』というのがあるのは知っていましたけど、最近はあまりやらないと聞きますし、何より拾ってきた石って…衛生面から考えても有り得ないですよね。
1歳のお誕生日に一升餅を背負った娘をわざと転ばせた人もいました。『こうやると厄落としになるんだよ』って言われましたけど、仰向けになって苦しそうにもがいている娘を見てたいら、可哀想としか思えなくて…。伝統とかならわしだとか、わからなくもないですけど、こんな非科学的なことがまかり通る土地で娘はちゃんと育つのだろうかと考えずにはいられませんでした」
ちなみにまりかさんの娘は1月の半ばに生まれているが、「初めてのお正月を迎えていない」という理由で初節句は翌年に延期された。
「そういう地域のしきたりなんだそうです。買ったばかりのお雛さまはそのまま物置に追いやられ、実家の母が用意してくれた祝い着はサイズが合わなくて着られなくなりました。私としては『しきたりよりも親心を優先して欲しかった』という思いがあって、すごくもやもやしました」
このまりかさんの「もやもや」はその後も消えることはなく、むしろ増幅する。
「3歳の七五三の時です。お参りに行った神社では集まった地域の人と記念撮影をすることになったんですが、皆さん、まるで自分の孫かひ孫のように抱きしめたり、頬ずりをしたり、頭や顔を撫でまわしたりとスキンシップがすごい上、交代で何枚も写真を撮るんです。娘が嫌がって泣き出してもおかまいなしです。
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娘の幼稚園の入園式にも地域の方が正装して参加しちゃうし、運動会にも弁当を持って応援に来ました。散歩がてら園に娘の様子を見に来る人もいて、最初は『娘さん、地域の方に可愛がられてるんですねえ』なんて言ってくれていた園長先生も『ちょっと度が過ぎてるかもしれないですね』と心配するようになりました」
赤の他人でありながら、身内のように振舞う地域住民。まりかさんが「そこまでして頂かなくても…」と固辞しても「●●ちゃん(まりかさんの娘の名前)が可愛くてしょうがないんだよ」「●●ちゃんの成長が住民の楽しみだから」と譲らない。
もはや、周囲からの愛情と関心が負担でしかなくなった頃、事件が起きる。
「あるご夫婦が、勝手に娘を幼稚園から連れ出しちゃったんです。『一緒に動物園に行きたかった』という理由です。娘がいなくなったという連絡を受けて、こっちは死ぬほど心配したのに『●●ちゃんも楽しんでたんだからいいじゃない』と反省している素振りがない。
『勝手に連れ出すなんて非常識ですよ』と怒ると『年寄りの楽しみを奪うんじゃないよ』と逆ギレする始末。言い過ぎかも知れないですけど、他人の家の子供をペットか何かだと思っているように感じました」
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無責任な他人に、気まぐれに可愛がられてはたまらない…そう、意見が一致した野原夫妻は健太さんの仕事を口実に、集落を脱出。より都市部に移り住み、現在は平穏な生活を送っている。
少子化の原因のひとつに「核家族化による子育て負担」があげられ、「地域全体で子育てをしていた」ひと昔前の環境と比較されたりもするが、「過ぎたるは及ばざるがごとし」である。