緊急避妊薬(アフターピル)を医師の処方箋なしで一部の薬局で購入できる試験的な取り組みが28日から始まる。
そうした中、望まない妊娠を巡り「すべて男性に責任がある」と唱えた翻訳本『射精責任』(太田出版)が日本でも注目を集めている。人工妊娠中絶を巡り対立が深まる米国社会に向けて、米国人女性の著者が一石を投じたが、「問題提起は日本社会にも当てはまる」といった共感や、「男性には耳が痛い」と敬遠する声など賛否はさまざまだ。
新しい議論のアプローチ
《望まない妊娠は、男性が無責任に射精をした場合にのみ起きるのです》
明確なメッセージを本に託した著者のガブリエル・ブレアさんは、米国における人気ブロガー。6人の子供を育てる母親だ。
本書でブレアさんは、米国で国論を二分する人工妊娠中絶について、女性だけが議論の中心に置かれていることに疑問を投げかけている。
《精子は最長5日間生き続ける》
《排卵はコントロールできないが、射精は違う》
《男性用避妊具は、驚くほど簡単に手に入る》
《女性は妊娠から途中退場できない》
生殖の仕組みや避妊方法、妊娠でもたらされる影響の度合いなど、男女の違いを示しながら、望まない妊娠を防ぐために、女性だけでなく男性も含めた新しい対話のアプローチを提案している。
大きな反響、意見は多様
日本では7月末に翻訳本が出版された。太田出版の編集担当者によると、発行部数は現在4刷9000部。電子書籍の売れ行きが好調だという。
反響の大きさは、特に刊行記念イベントで顕著だった。「通常、人気作家のイベントで50~100人ほどの集客だが、今回はオンラインを含めて400人以上の参加があった」(編集担当者)。
編集部には「学校現場の性教育で教科書として使用してほしい」といった共感の声が届いているが、気になるのは男性読者の反応だ。
SNSで話題になっているのが気になり、本を購入したという50代男性は「日本では赤ちゃんの産み落とし事件が後を絶たず、問題意識を持っていた。男性の責任を問う、こうした本を待っていた」と語る。
他方で「説教をされているように感じた」(30代男性)、「責められているようで居心地が悪かった」(20代男性)という声もあった。
男性はなぜ耳が痛いのか
一部の男性が、避妊の責任を問う主張に対して「耳が痛い」と感じてしまうのはどうしてだろう。
本書の解説を担当した、ジェンダー研究に詳しい岡山大学大学院の斎藤圭介准教授(社会学)は次のように分析する。
「これまで生殖の議論は、いわば99%が女性の問題として扱われ、男性側の問題が語られるとしても1%ほどだったといえる。ところが、この本では少なくとも『避妊』については100%男性の責任だとされ、立場が逆転することを突き付けられる。考えずに済んできたことを改めてきちんと考えるとなると、思考的な負荷や心理的な負担がかかるので、一部の男性は、そこを負担に感じるのではないか」
ただ、今回本書が大きな話題になったことには、日本社会の変化を感じると斎藤氏は指摘する。
親身に向き合う?新しい男性?の後押しを
斎藤氏によると、日本の研究者の間では約25年前にも、望まない妊娠に対する男性側の責任を問う議論はあった。ただ、当時は社会的な議論にまでは発展しなかったという。
斎藤氏は、令和の今、注目を集めた背景の一つに「高齢出産の増加と生殖技術の発展と普及がある」と語る。
「不妊治療が一般化する中で、不妊の原因の半分は男性に由来することも知られるようになってきた。自分の精子の状態を観察できるキットも市販されているように、生殖が女性だけの問題ではないことが徐々にではあるが、社会に浸透しつつある」(斎藤氏)
SNS上では、本書に対する強い反発の声も目立った。だが、望まない妊娠の責任を巡って、対立する議論だけに焦点があたることには違和感があるという。
斎藤氏は「すべての男性が本書に反発しているわけではない。若い世代の男性には生殖に当事者として親身に向き合っている人もいる。生殖に当事者意識を持つ男性を社会として、さらにいっそう後押ししていくことも必要ではないか」と指摘する。