第52回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞し、ノンフィクションとしては異例の21万部を突破するベストセラーとなった石井妙子氏の『女帝 小池百合子』(文藝春秋)が、11月8日(水)に文庫となって発売される。
通常は「手軽な書籍」となる文庫化だが、今回は単行本同様、小池都知事を追い詰めるのは必至だ。「カイロ大学卒業」の学歴詐称を証言したカイロ時代の「同居人」である「早川玲子」さん(現段階では仮名のまま)が実名で登場し、しかも発売後はメディアのインタビューを受けるという。
<その人はひどく怯え、絶対に自分の名が特定されないようにしてくれと、何度も私に訴えた>
『女帝』はこういう書き出しで始まる。そこまで怯えるのは、小池氏が自分の都合のいいように「なんでも作ってしまう人だから」と早川氏はいい、権力者の小池氏があらゆる手段で攻撃してくることを恐れた。
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だが、単行本発行から3年以上が経過し、小池氏の約10歳年上の早川さんは、このまま「匿名」のままでいてはならないと思ったという。小池氏は今回も、単行本発売時に都庁記者会見で行った「2種類の卒業証書の公開」などで対抗するのだろうが、早川さんは学歴の疑わしさを証明する数々の証拠を持っており、実名証言はそれをいっそう裏付ける。
都議会で学歴詐称問題を何度も取り上げ、「アラビア語での答弁」を求めて拒否されたこともある地域政党「自由を守る会」代表の上田令子都議がいう。
「カイロで2年間も同居、その時代の小池都知事を『最も知る人』が、実名で証言する意味は大きい。私は都議会でまたこの問題を取り上げ、知事にぶつけるつもりです」
小池都知事は2期8年の最終年に入っており、来年7月の都知事選で3選を狙っているという。公職選挙法違反につながる学歴詐称疑惑は、3選を阻むカベとなる。また小池氏はもうひとつやっかいな問題を抱えている。神宮外苑再開発に伴う樹木の伐採だ。
神宮外苑再開発には20年に及ぶ歴史がある。最初は大手広告代理店の電通が、「GAIEN PROJECT『21世紀の杜』」として国立競技場と秩父宮ラグビー場の建て直し、神宮球場ドーム化などのプランを立てた。
このプランは最大地権者の明治神宮と財産処分の承認権を持つ神社本庁との確執などもあって頓挫。次に五輪、ラグビーワールドカップという国家事業に絡んで企画化され、東京五輪招致決定(13年9月)を受けた「公園まちづくり制度」の創設などを経て、15年4月、東京都と明治神宮や三井不動産など権利関係者は「基本覚書」を結んだ。
従って、小池都知事誕生(16年8月)までに国立競技場の建て替えを含めて再開発プランの大枠は決まっていて、18年11月に東京都が策定した「まちづくり指針」を踏まえて三井不動産が代表となった事業4者は、20年2年、「公園まちづくり計画」の提案書を提出し、22年3月、東京都が都市計画決定を告示した。
小池氏は、築90年と老朽化した神宮球場の建て替えという名目があり、流れるように進んできた再開発計画に、さほど関心は持たなかった。再開発に伴い約1000本の樹木が伐採されることに反対の声が上がり署名運動が始まっても、耳を傾けることはなかった。
反対運動が大きなうねりを見せるのは、今年3月28日に逝去した音楽家の坂本龍一氏が、直前の3月上旬、<目の前の経済的利益のために先人が100年かけて守り育ててきた貴重な神宮の木々を犠牲にすべきではありません>という手紙を小池氏に送っていたことが判明してからだ。
ただ、この時点でも小池氏の反応は鈍かった。記者会見で手紙に関して問われ「事業者である明治神宮にもお手紙を送った方がいいのではないでしょうか」と片付けた。「(民間事業のことを)私にいわれても困る」と受け取れる言葉だ。
しかし「遺言」となったことで反対運動に弾みがついた。村上春樹氏ら異議を唱える著名人が増え、9月3日にはサザンオールスターズが新曲「Relay~杜の詩」の歌詞を公開。そこでは桑田佳祐が敬愛する坂本氏を偲んで「美しい杜」が消えることを憂いていた。また、9月7日には国連ユネスコの諮問機関であるイコモスが計画撤回を求める要請書を提出。<比類のない文化遺産の危機>と警告した。
小池氏は豹変する。東京都は9月12日、三井不動産、明治神宮などの事業者に次のような要請書を送付した。
<新ラグビー場敷地の既存樹木の伐採に着手する前までに、環境影響評価書で示された検討を行った結果として樹木の保全に関する具体的な見直し案をお示しください>
事実上の伐採延期要請である。都市計画決定に向けて準備を整え、東京都への密な連絡のもと事業を進めてきた事業者にとっては、「ちゃぶ台返し」に等しい。
だが、対応は冷静だった。事業者は9月29日、<見直し案を含め、環境影響評価審議会に変更届として報告いたします>と回答した。審議会が開かれるのは年明けなので伐採延期を受け入れ、以降も小池氏の意向を大切にするということだろう。
想起されるのは、豊洲市場への移転に難癖をつけて移転を延ばした時に小池氏が繰り返した「築地は守る・豊洲は活かす」というどっちつかずの言葉である。
伐採を許すのか止めるのか――。
小池氏の手法を知る都庁元幹部の澤章氏は、「7月の都知事選まで環境影響評価審議会の審議をダラダラと先延ばしして伐採を延期し続けるでしょう」と予測する。
澤氏は中央卸売市場次長として豊洲移転を最後まで見届け、『築地と豊洲』を上梓した。その後「反小池」の言動を問題視されて外郭団体理事長をクビになり、現在、動画配信の「都庁watchTV」で都政を監視している。
澤氏が続ける。
「坂本、イコモス、サザン桑田と反対包囲網が形成されました。焦った小池さんは、神宮外苑から都民の目をそらそうとグリーンビズなど緑を大切にする都庁の演出に乗り出しました。
しかし反対の勢いは止まらず、直接、アクションを起こさないと反対の声に抗しきれないと判断し、三井不動産などに文書で見直しを求めたのです。でも、都庁の権限を行使する気はなく、ひたすら責任を事業者に押し付けて逃げ回る。だから『審議先延ばしの伐採延期』なのです」
それでは計画に支障が生じ、事業者はたまったものではないが、三井不動産には「築地再開発」があり小池氏と一蓮托生になっているから問題はないのだという。築地市場跡地に約9000億円を投じて多目的スタジアム、ホテル、オフィス、高層住宅などを建設するのが三井不動産を中心とする企業連合のプランで、来年3月にも都が事業者を決めるが、三井不動産連合が最有力候補だ。
「小池さんは、なんとか三井不動産に反対運動を押さえ込んでもらい自分自身の火の粉を払い、同時に築地で華々しく再開発をぶち上げて7月の都知事選に弾みをつけたい。三井不動産は都内の超一等地2カ所で事業を手がけるのですから小池さんと利害は完全に一致しています。
そこに築地にジャイアンツのホームグラウンドを持って行きたい日テレ・読売グループの思惑が重なって、小池・三井・読売ががっちりスクラムを組んでいるように見えます」
有権者数約1000万人の都知事選では、風の吹いた候補が勝利を収めることを、自ら風を起こしてきた小池氏は誰よりも知る。現時点での有力な対抗馬はないが、神宮外苑再開発で小池氏が「樹木伐採にゴーサインを出した知事」ということになれば、その一点を争点にされて3選は一気に危なくなる。
加えて学歴詐称は「間違いのない証言者」の登場で、ボディブローのように効いてくるだろう。故ジャニー喜多川氏の性加害のように、「続く証言者」「新たな証拠」も考えられよう。
しかし、黙って逆風を受け入れる人ではない。小池氏はこれから選挙に向けて、学歴詐称疑惑を交わし、神宮外苑再開発を争点から外したうえで、どんなパフォーマンスを用意するのだろうか。