用水路に人が転落して亡くなる事故が後を絶たない。警察庁によると、2022年に全国で死亡したのは68人。都道府県別では富山県が最多の16人を占める。県の集計では、この10年間で計193人もの人が命を落とした。なぜ富山で多発するのか。背景を探ると、用水路が身近にある地域ならではの厄介な落とし穴があった。
【写真】認知症の夫が跳び越えた用水路水深20センチでも「溺死」 「水の深さは20センチもなかった。でも見つけた時はもうダメだと思った」。6月14日、富山県魚津市内の農業用水路で倒れている男性(当時82歳)を発見した妻は振り返る。男性は肥料を散布する「動力噴霧器」を背中に担いだまま、自分の田んぼの脇で倒れていた。噴霧器は本体だけで十数キロあり、そのまま狭い用水路に倒れ込むと身動きが取れなくなるという。水深が浅くても倒れた体で水かさが増し、溺れる危険性が高い。男性が倒れた用水路の幅は約50センチ。死亡が確認され、県警は「溺死とみられる」と発表した。

近くで農業を営む男性によると、幅1~2メートルの用水路は危険箇所にふたが設置されている。小規模な用水路にもふたをすれば安全だが、中にたまった石や泥をさらい出す共同作業があり、ふたがあれば支障が出る。簡単な解決策はなく、亡くなった男性の妻は「用水路は危ないどころじゃない。せめて人が流された時に止めてくれる粗めの網をつけてほしい」と訴える。総延長は1万キロ超 警察庁の調べでは、全国の用水路で死亡したのは22年までの4年間で計253人。都道府県別の最多は富山の55人で、山形19人、福島17人、岡山13人と続く。 なぜ富山で突出しているのか。県が19年12月にまとめた安全対策ガイドラインによると、米どころの富山は田園地帯に農業用水路が張り巡らされ、総延長は推計1万1210キロ。扇状地が多く、勾配が急なため、他県の用水路よりも通水量が多く、流れも速いと指摘する。全国的に有名な砺波(となみ)平野など、田んぼの中に居住地が散らばって建つ「散居(さんきょ)」形態の集落が多く、用水路が日常生活に密着している。県の委託でガイドラインの作成に携わった富山県立大は散居に加え、水田が無計画に宅地転用された市街地もあると指摘し、「ふたのない用水路と住居が接していることが富山で事故が多い最大の要因」と分析する。高齢者が9割 命を落とすのはほとんどが高齢者だ。富山県によると、22年度に用水路で亡くなった11人は全員が65歳以上。10年間の集計でも高齢者の死亡は全体の9割に迫る。 どんな対策が効果的なのか。具体的には、用水路に柵や網を設置するハード面と注意喚起などのソフト面がある。ただ、国の推計で地球10周分の約40万キロあるとされる全国の農業用水路の全てにハード対策を取るのは現実的でない。地元の農家らでつくる「土地改良区」や市町村などの管理者は、国や県の補助を活用しながらハード、ソフト両面で対策を進めている。 富山県内でも地道な対策が続く。黒部市の若栗地区では10年以上前から、国の交付金や県、土地改良区の予算を活用して、取り外しのしやすい鉄筋網の敷設を進めてきた。元々は雪の塊が用水路に落ちるのを防ぐために設置したが、人の転落防止にもつながった。自治振興会長の平野宗良さん(76)は「地区の用水路の3、4割まで網がかけられた。やはり安心感がある」と語る。 県はソフト対策を重視し、各地のワークショップでは住民が危険箇所を歩いて確認している。市町村職員らを集めた研修会では、県農村整備課の渡辺大輔副主幹が「危険マップをつくった後、周知することが大事」「自分は大丈夫ではないことを分かってもらうのも大切」などと呼び掛けた。【萱原健一】
水深20センチでも「溺死」
「水の深さは20センチもなかった。でも見つけた時はもうダメだと思った」。6月14日、富山県魚津市内の農業用水路で倒れている男性(当時82歳)を発見した妻は振り返る。男性は肥料を散布する「動力噴霧器」を背中に担いだまま、自分の田んぼの脇で倒れていた。噴霧器は本体だけで十数キロあり、そのまま狭い用水路に倒れ込むと身動きが取れなくなるという。水深が浅くても倒れた体で水かさが増し、溺れる危険性が高い。男性が倒れた用水路の幅は約50センチ。死亡が確認され、県警は「溺死とみられる」と発表した。
近くで農業を営む男性によると、幅1~2メートルの用水路は危険箇所にふたが設置されている。小規模な用水路にもふたをすれば安全だが、中にたまった石や泥をさらい出す共同作業があり、ふたがあれば支障が出る。簡単な解決策はなく、亡くなった男性の妻は「用水路は危ないどころじゃない。せめて人が流された時に止めてくれる粗めの網をつけてほしい」と訴える。
総延長は1万キロ超
警察庁の調べでは、全国の用水路で死亡したのは22年までの4年間で計253人。都道府県別の最多は富山の55人で、山形19人、福島17人、岡山13人と続く。
なぜ富山で突出しているのか。県が19年12月にまとめた安全対策ガイドラインによると、米どころの富山は田園地帯に農業用水路が張り巡らされ、総延長は推計1万1210キロ。扇状地が多く、勾配が急なため、他県の用水路よりも通水量が多く、流れも速いと指摘する。全国的に有名な砺波(となみ)平野など、田んぼの中に居住地が散らばって建つ「散居(さんきょ)」形態の集落が多く、用水路が日常生活に密着している。県の委託でガイドラインの作成に携わった富山県立大は散居に加え、水田が無計画に宅地転用された市街地もあると指摘し、「ふたのない用水路と住居が接していることが富山で事故が多い最大の要因」と分析する。
高齢者が9割
命を落とすのはほとんどが高齢者だ。富山県によると、22年度に用水路で亡くなった11人は全員が65歳以上。10年間の集計でも高齢者の死亡は全体の9割に迫る。
どんな対策が効果的なのか。具体的には、用水路に柵や網を設置するハード面と注意喚起などのソフト面がある。ただ、国の推計で地球10周分の約40万キロあるとされる全国の農業用水路の全てにハード対策を取るのは現実的でない。地元の農家らでつくる「土地改良区」や市町村などの管理者は、国や県の補助を活用しながらハード、ソフト両面で対策を進めている。
富山県内でも地道な対策が続く。黒部市の若栗地区では10年以上前から、国の交付金や県、土地改良区の予算を活用して、取り外しのしやすい鉄筋網の敷設を進めてきた。元々は雪の塊が用水路に落ちるのを防ぐために設置したが、人の転落防止にもつながった。自治振興会長の平野宗良さん(76)は「地区の用水路の3、4割まで網がかけられた。やはり安心感がある」と語る。
県はソフト対策を重視し、各地のワークショップでは住民が危険箇所を歩いて確認している。市町村職員らを集めた研修会では、県農村整備課の渡辺大輔副主幹が「危険マップをつくった後、周知することが大事」「自分は大丈夫ではないことを分かってもらうのも大切」などと呼び掛けた。【萱原健一】