TBS日曜劇場『VIVANT』(日曜よる9時~)が好調だ。主演の堺雅人をはじめ、阿部寛、二階堂ふみなど豪華キャストがそろい踏み。2ヵ月にわたるモンゴルロケを刊行するなど、昨今の日本のドラマとしては異例のスケールを誇り、視聴率も尻上がりに伸びている。
そうした中、『VIVANT』の参考文献としていま話題になっているのが、『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』だ。
身分を偽装した自衛官が国内外でスパイ活動を行う「別班員」とは、何者なのか。前編記事《『VIVANT』で“テント”に潜入する別班…身分を偽装しスパイ活動を行う自衛隊の秘密部隊「別班員」たちの「冷徹すぎる素顔」》につづき、同書の著者・石井暁氏が、堺雅人ら演じる「別班」と比較しながら、その知られざる実体を解説する(以下、「」内は石井氏)。
「別班」は、海外では中国やヨーロッパなどにダミーの民間会社を作り、スパイ活動をしている。
「ドラマのロケ地であるモンゴルにアジトがあるという話は聞いたことがありませんが、ロシア、中国、北朝鮮、韓国の情報を取るには好立地ですね」
日本の商社の現地社員を装ったり、他省庁の職員の身分を借りて大使館に紛れ込んだりする。身元が割れると外交問題になりかねないため、自衛官の籍を外して潜入することもあるという。
「現地の協力者を買収し、軍事、政治などの情報を集めさせますが、拳銃等、武器の携行は認められていないため、ドラマのような大立ち回りを演じることはありません」
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元別班員の手記からもその活動の一端を窺い知ることができる。特に資料的価値が高いのが、’64年7月から2年間、別班長を務めた平城弘通氏が’10年に上梓した『日米秘密情報機関「影の軍隊」ムサシ機関長の告白』だ。「ムサシ機関」とは’65年まで使われていた別班の別称である。同書では、彼らの活動が次のように記述されている。
〈情報を取るといっても、スパイ映画のように派手なことは要求しない。極東ソ連の遺骨収集団や参拝団があれば、写真をできるだけ多く撮ってきてくれと頼む、そうした地道な活動だ〉
確かにドラマに比べるといささか地味な仕事に見える。しかし、その影響力は絶大だ。実は過去に別班OBが暗躍して起きた大事件がある。’73年8月8日の「金大中拉致事件」だ。韓国大統領選の野党候補・金大中氏の反政府活動を阻止するため、韓国中央情報部(KCIA)が、東京・飯田橋のホテルグランドパレスにいた金氏を拉致した。
このとき、KCIAの依頼で、拉致のための張り込みをしていたのが、「ミリオン資料サービス」のメンバーだった。同社は、金大中事件のわずか1ヵ月前の’73年7月1日に退職自衛官らが設立したばかりの興信所で、しかもその所長の元3等陸佐・坪山晃三氏が元別班のメンバーだった。
坪山氏らが金氏の居場所をKCIAに通報したことで、拉致事件が起こったのだ。石井氏は2度、坪山氏本人に取材をしたことがあるという。
「別班は民間の事務所を装ったアジトをいくつか持っていたため、ミリオン資料サービスも、別班が秘密裏に諜報活動をするためのダミー企業だったのではないかと聞きました。彼は『父親の不動産業を手伝うため』に自衛隊を辞めたことになっており、この点も不自然です。しかし、坪山氏は『仕事はあくまで会社として請けたものだ』と疑惑を否定しました」
この事件を機に報道が過熱し、別班の存在が明るみに出た。
「あまりに危ない仕事なので、坪山氏があえて自衛隊の籍を外して動いたという見立ては可能ですが、真相は藪の中です。
とはいえ、私も取材をする中で、他にも有名な事件の裏で、別班が暗躍していたという話は聞いています。ネタ元がバレてしまうため具体的には言えませんが、別班が歴史上の大事件にも関わってきたことは確かです」
劇中では乃木が、アメリカの中央情報局(CIA)の諜報員と連携して、テロリストのアジトを突き止めるシーンがある。実際の別班もCIAと密接な関係にある。
「別班は、米軍が自衛隊の情報工作員を養成する目的で始まった軍事情報特別訓練(MIST)を母体に創設された秘密組織です。そのため、CIAやアメリカ国防総省の情報機関であるDIAからたびたび工作を依頼されています」
別班員の養成を行うのが、小平駐屯地にある教育機関・情報学校(旧小平学校)の「心理戦防護課程」とされる。旧陸軍のスパイ養成所だった中野学校の後継で、その遺伝子が受け継がれている。
「心理戦防護課程の入校試験では、『先ほど行ったトイレのタイルの色は何色だったか』といった質問がされます。どんな些細なことでも記憶するという特異な才能が求められます。中野学校OBは入校試験で『いま、エレベーターに乗ってきて感じたことはないか』と聞かれたと証言しており、問題が非常に似ています」
無事、試験に合格した者は、4ヵ月の間に、情報に関する座学、追跡、張り込み、尾行などの基礎訓練を受ける。別班員になれるのは、その中でもさらに一握り。十数人いる同期中、首席になった者だけが資格を得る。
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しかし、いざ班員になっても半数近くが別班の活動に適応できずに「壊れてしまう」という。
「ドラマの乃木も精神に不調をきたし二重人格になっていますが、実際の班員にも人格破壊が起こっています。諜報のため完全に自分の感情をコントロールせねばならず、その過程で本来の自分を見失ってしまうのです」
さらに石井氏の取材によると、陸上自衛隊内では、別班と「特殊作戦群」の一体運用が構想されているという。特殊作戦群は海外での人質救出、敵地への潜入と空爆目標の偵察などの訓練を重ねてきた特殊部隊だ。
「すでに別班と特殊作戦群が都内で訓練したという証言もあります。総理も防衛大臣も把握していない組織が『海外での武力行使』に関与しかねないわけで、文民統制上きわめて問題です。ただ、今回のドラマで別班に注目が集まっているため、自衛隊も困っているのではないでしょうか」
『VIVANT』がきっかけとなり、水面下で蠢く闇組織「別班」が白日の下に晒されるかもしれない。
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さらに関連記事《『VIVANT』に出てくる「別班」経験者がはじめて明かした「本音」…別班員はなぜ「別人格」になってしまうのか?》では、別班員たちが“壊れてしまう”理由について、深掘りしています。
「週刊現代」2023年8月26日・9月2日合併号より一部改変
「週刊現代」2023年8月26日・9月2日合併号より一部改変