保険適用となり、不妊治療は身近になりましたが、実は日本は以前から不妊治療の件数が非常に多い「不妊治療大国」です。その理由は、子どもを持とうと考える女性の年齢が高くなってきていることにあるというのですが–。
前回の記事『保険適用で大変身した「体外受精」…不妊治療を受ける前に「これだけは知っておくべき」こと』に引き続き、不妊治療を受けようと思ったときに、知っておくべき知識をまとめた『不妊治療を考えたら読む本〈最新版〉–科学でわかる「妊娠への近道」』(講談社ブルーバックス)より、その一部を紹介しましょう。
*本記事は『不妊治療を考えたら読む本〈最新版〉–科学でわかる「妊娠への近道」』から再編集・再構成してお届けします。
不妊治療の中でも、体外受精、顕微授精、凍結しておいた胚の移植をまとめてART(生殖補助医療/アート)と呼んでいますが、日本産科婦人科学会のARTデータブックによると、国内で採卵から開始された治療の年間実施件数は、図【体外受精、顕微授精の採卵件数は……】のように推移しています。
【体外受精、顕微授精の採卵件数は……】 日本で体外受精、顕微授精に向けて実施された採卵件数の推移 日本産科婦人科学会が2022年に発表した「ARTデータブック2020年」のデータをもとに作成
1990年代のはじめ、ARTはまだ年間約2万件しか行われていませんでしたが、やがて凍結胚の移植も増え、ARTの総数は2016年には約45万件となりました。その後は少子化のためか採卵がやや減少の傾向にありますが、それでも2020年には、凍結融解胚移植も入れるとほぼ同数の治療が行われています。
同年の、ARTによって生まれた子ども数は6万381人です。翌年の日本の全出生数をこの数で割ると、13.9人に1人となります。ですから、学校の1クラスに2~3人はART受精した子どもがいることになります。
学校の1クラスに2~3人はARTで受精した子どもがいることになる photo by iStock
国立社会保障・人口問題研究所によると、不妊治療もしくは不妊検査を受けたことがあるカップルは、5組に1組もいます。この本を手にしたあなたも、妊娠が思いのままにならないことにとまどいを覚え始めたところかもしれません。もしくは、すでに不妊治療の真っ最中なのかもしれません。
実は、日本は不妊治療の件数がとても多い「不妊治療大国」なのです。その最大の理由は、子どもを持とうとする女性の年齢が高くなってきたことにあります。
女性は加齢によって妊娠しにくくなります。男性の加齢については微妙な影響にとどまりますが、女性の加齢による“妊娠力”(妊娠する力のことを本書・本記事ではこう呼ぶことにします)の低下は早くから始まります。女性は歳を重ねていく中で、必ず妊娠できなくなります。
一方、男性は精巣内で一生精子が作られるので、パートナーとなる女性が妊娠できる状態であれば、生涯にわたって子どもをもうけることが可能なのです。
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現代の女性は「産むか、産まないか」の選択の自由を手に入れたと言われていますが、本当にそうでしょうか。不妊の世界から見れば、女性が本当に手に入れたのは「産まない自由」だけに見えます。産みたいのに産めない人がこんなに増えてしまって、「産む自由」のほうは、むしろ小さくなりました。
女性の初産年齢の全国平均を見ると30.9歳、男性が初めて子どもを持つ年齢は平均32.9歳となっています(厚生労働省人口動態統計2021年)。これは、出産年齢が長く安定していた高度経済成長期に較べると5~6歳も高くなっています。
妊娠はとても複雑なメカニズムなので、検査はたくさんありますが、検査項目は人によって変わり、医師の方針や保険適用の有無にも影響されます。
また、女性だけが受ければいいというものでもありません。卵子を育てるホルモンは正常に分泌されているのか(血液検査)、受精した卵を子宮に送る卵管が詰まったりしていないか(卵管造影検査)、また、精子は十分な数が作られてよく動いているか(精液検査)など、男女それぞれの検査があります。
ただ、これらの検査は、カップルが「私たちは不妊症かどうか」を調べる検査ではありません。不妊症とは、単に「一定期間妊娠しない状態」をそう呼ぶのです。
そして今、この最初の検査で何か異常が見つかる人の割合は多くありません。
女性が若い年齢で妊娠しようとしていた1990年代半ばくらいまでは、検査で不妊の理由を探し出して、それを補うような治療を行うことが、すなわち不妊治療でした。しかし、そうした形の治療は、現在では不妊治療全体の中で一部に過ぎません。妊娠しない理由は、卵巣にある卵子が古くなってしまっている「卵子の老化」にあることが多いのです。
卵子は、胎児期に一生分が作られてしまいます。そして、その後に新しくできることはありません。つまり、40歳女性の卵子は40年以上も卵巣で出番を待ち続けてきた卵子なので、20代女性の卵子と較べると、加齢によるさまざまな変化が起きていて妊娠しにくくなっています。
けれどそれは、「妊娠しない」という意味ではありません。メカニズムはまだよくわかっていないのですが、何らかの理由で歳を重ねてもよく保存されている卵子はあり、たまたまそれが排卵して精子と出会い、受精して、順調に育てば妊娠ができます。しかし、そのような良い状態を保ち続ける卵子は少ないので、なかなか妊娠できないということになります。
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検査で悪いところが見つかった場合は、それに対応する治療を行います。その技術は、かなり進んできました。たとえば検査で精子が少ないことがわかっても、今は顕微鏡下で精子を直接卵子に入れる「顕微授精」があるので、そんなに心配することはありません。ところが、その最先端技術を使っても、卵子が若くない場合は妊娠率が下がってしまいます。
加齢による不妊の話を聞いたら、ほとんどの人が「いったい何歳までに妊娠しなければならないのか」ということを知りたくなります。でも妊娠年齢の限界は、個人差がかなり大きいので一概に「何歳まで」とは言えません。遅くまで産める人はいるものです。
筆者の浅田のクリニックで体外受精をして、出産した方の最高齢は49歳です。この方は、48歳で3回採卵し、PGT‐A(着床前胚染色体異数性検査)を実施して1個だけできた正常胚で妊娠・出産されました。日本で最高齢の記録として論文になっています。筆者の河合が取材した女性の最高出産年齢も49歳です。歌手で俳優の白樺八青(やお)さんという方で、自然妊娠でしたし、妊娠中の経過も順調だったそうです。
その一方で、不妊治療の現場には、20代で閉経してしまう女性も訪れます。人の身体は本当にみんな違います。若いのに卵子がなくなってしまう早発閉経(早発卵巣不全)は、20代で1000人に1人、30代で100人に1人程度とされています。しかし、一般的に出産可能な年齢の限界は、閉経の9年くらい前と考えられています。閉経年齢は平均的には51~52歳前後です。そうなると、43歳くらいが標準的な境界線だということになります。
さまざまな統計から、もう少し一般的な傾向を見てみましょう。単純に年齢ごとの出生率を見ても、現代では、避妊と人工妊娠中絶という人為的なバースコントロールの手段があるので、本来の傾向は見えません。
そこで、避妊も人工妊娠中絶もほとんどない時代の歴史的統計を調べ、1986年に米国の『サイエンス』誌上で発表されたのが図【バースコントロールがない時代に見る妊娠力の自然な低下】で示したデータです。
【バースコントロールがない時代に見る妊娠力の自然な低下】避妊や人工妊娠中絶が行われていない時代の、母親の年齢別の出生率。20代から 減少が始まり、40代ではどのグループも大きく減少している。フッター派はキリ スト教の一派で、厳格に避妊を禁じていた Menken et al., Science , 1986をもとに作成
これによると、出生率は20代前半がピークで、その後は少しずつ下がっていきます。そして40代になると、まだ産む人は相当数いるものの、それまでと較べれば急激に低下していきます。40代前半の出生率は、20代前半の2分の1から4分の1程度になっています。
結婚年齢別に子どもを授からない確率を調べたデータもあります(表1‐1)。すると、20代前半に結婚して授からない確率は5.7%とごくわずかでしたが、30代後半では3人に1人となり、40代前半では半数を超えました。
ただ、この研究で使用されたデータでは、最近の女性と較べると40代女性がたくさん妊娠しています。これは、若いときから産み始めた女性たちのデータだということに気をつけて見るべきでしょう。なぜなら多産の女性は、生涯の月経回数が少なく、妊娠力が長持ちすると考えられるからです。
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月経のたびに卵管を逆流する月経血は、不妊につながる子宮内膜症の原因となります。昔の女性は妊娠や授乳のため月経が止まっている期間が長かったので、子宮内膜症はあまり見られませんでした。子宮内膜症は、妊娠すると胎盤から出る大量のプロゲステロンの作用で改善することがわかっています。つまり、妊娠自体が妊娠力の維持に役立つことなのです。
また、妊娠すると、子宮周辺の血管が太くなります。産後はまた細くなるものの、妊娠前に較べると太いままの人が多いようです。血管が太いということは、血流が良いことにつながると考えられます。推測ですが、このことも妊娠力の長持ちにつながっている可能性はあります。ですから、高齢になってから初めての妊娠をする人の状況は、もっと厳しいと考えたほうがいいかもしれません。
年齢が高くなるまでひとりも産んでいない女性がたくさんいる現代は、人類がかつて経験したことがない時代です。だから、自分が思っていたよりも早くから妊娠しにくくなっていることに、驚いている人が多いのではないでしょうか。現代の日本女性は、祖母や母親の世代より早く妊娠力を失っているのかもしれないのです。
「それでは、ピルを飲めば昔の女性と同じ状態になるのではないか」と考える人もいます。ピルは排卵を抑制するため、たしかに婦人科疾患の予防にはなりますが、妊娠で起きる変化のすべてをピルで起こすことはできません。
バースコントロールの影響なしに年齢による違いを見るもうひとつの方法は、ART(体外受精などの生殖補助医療)の年齢別の成績を見ることです。こちらは、かなり厳しい数字になっています。
日本産科婦人科学会のデータによると、ART1回あたりの出産率(子どもが生まれた率。本書では「出産率」は死産をのぞいた率とする)は、30代はじめまでは下がりません。約2割で安定しています。これが40歳になると1割を切ってしまい、45歳では1%を切ります(表【女性の結婚年齢別に見た子どもを授からない確率】)。
【女性の結婚年齢別に見た子どもを授からない確率】 Menken et al., Science , 1986をもとに作成
年齢が上がると子どもが生まれにくいのは、流産が多いためでもあります。このデータを見ても43歳では半分、40代後半ではなんと約8割が妊娠しても流産となってしまい、出産に結びついていません。
これは1回あたりの出産率です。体外受精は、何度か繰り返せば累積の出産率は上がっていきます。
また、表に示した【女性の結婚年齢別に見た子どもを授からない確率】は全国の平均値ですが、妊娠率の高い専門施設では出産できる割合はもっと高くなっています。
しかし、1回あたりの成功率があまりにも低い年齢になると、そうした差もあまりなくなってしまいます。
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不妊治療を考えたら読む本〈最新版〉–科学でわかる「妊娠への近道」