「日本の水は安全」、そんな神話が崩れ去ろうとしている。世界で規制が進む汚染物質が、全国の地下水や河川から検出されているのだ。その水は水道水にも使われてきたという。何が起きているのか?
分解されにくく蓄積されやすい。そして、なかなか消えない。「永遠の化学物質」と呼ばれる有機フッ素化合物(PFAS)が全国各地で検出され、さながら汚染列島の様相を呈している。
もっとも深刻なのは東京・多摩地区だ。水道水の水源として使われる地下水が汚染され、汚れた水を知らずに飲みつづけてきた住民たちの体の中に高濃度でたまっていることがわかってきた。発がん性や脂質異常などをもたらすだけに、健康への影響も懸念される。
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日本一のホットスポット(汚染地帯)を生んだ汚染源は、多摩地区中部にある米軍・横田基地とみられる。消火訓練に使われる泡消火剤にこの化学物質が大量に含まれていたからだ。
6月30日の昼前、防衛省北関東防衛局から東京都都市整備局の担当者あてにメールが届いた。
〈横田飛行場内においては、2010年から2012年までの間に3件の泡消火剤の漏出があった〉
この日の「しんぶん赤旗」朝刊に書かれた内容をなぞるものだった。
じつは、この事実は4年半前に報じられていた。
〈横田でも有害物質漏出/米軍基地 井戸から検出〉
沖縄タイムスの’18年12月10日付朝刊一面に、こんな見出しが躍った。特約通信員のジョン・ミッチェル氏が入手した米軍報告書によると、泡消火剤の漏出事故が横田基地内で3件起きており、’12年11月に発覚したケースでは、推定800ガロン(約3000L)の泡消火剤が貯蔵タンクの床の隙間などから1年以上にわたって漏れていた可能性がある、とされた。
東京都は当時、防衛省に問い合わせたものの「米軍に照会中」とされ、確認できないままになっていた。それがようやく裏づけられ、米軍基地が汚染源であるとの疑いはいよいよ色濃くなった。
ところが、前述のメールには次のような一文が添えられていた。
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〈飛行場の外へ流出したとは認識していない、との説明を米側から受けています〉
4年半にもわたってほっかむりを続けてきた米軍はようやく漏出の事実を認めた一方で、根拠も示さず影響は基地の中にとどまっている、というのだ。
有機フッ素化合物の用途は泡消火剤に限らず、多岐にわたる。水をはじき油もはじく特性から、焦げつき防止のフライパンや炊飯器、ハンバーガーの包装紙にはじまり、レインコートや防水スプレー、カーペットやキャンプ用品といった生活雑貨のほか、自動車部品や半導体の製造工程でも使われている。
その危険性が明らかになったのは、米ウエストバージニア州にある大手化学メーカー・デュポン(現ケマーズ)の工場による環境汚染だった。約5000種類とも言われるPFASのなかで代表的なPFOAが使われた工場では、女性労働者7人のうち、生まれたこども2人に奇形が見つかるなどした。また、廃棄されたPFOAが水道水の取水源だった川を汚し、流域の住民たちに不調が相次いだ。
’99年にデュポンの責任を問う裁判が起こされ、約7万人を調査した結果、六つの疾患との関連が浮かび上がった。腎臓がん、精巣がん、高コレステロール(脂質異常)、潰瘍性大腸炎、甲状腺疾患、妊娠高血圧症である。
20年前から研究を続ける原田浩二・京都大学准教授(環境衛生学)はこう説明する。
「PFOAは体内で脂質の代謝を狂わせ、その結果、肝臓や甲状腺の異常などにつながっていく。すぐに何かの病気を引き起こすのではなく、将来の循環器疾患や一部のがんなどにかかるリスクを上げる。PFASを体の中に多く取り込むほどリスクが高まるのです」
さらに、こどもへの影響についても懸念する。
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「PFASは母親から臍の緒を通じて胎児に移行することが確認されています。その結果、低体重で生まれたり、免疫やホルモンに影響を与えたりすることがわかったほか、精神の発達への影響についての研究も続けられています」
このため、原田准教授は米軍基地による汚染が疑われる沖縄や東京で、住民の体内汚染の実態解明に取り組んできた。東京では昨年秋から今年春にかけて、多摩地区の住民650人の血液中にPFASがどれくらい蓄積されているかを調べた。
ただし、日本は血中濃度についての基準がないため、アメリカの学術機関「全米アカデミーズ」の指針を参考にした。7種類のPFASの合計で血漿1ミリリットルあたり20ナノグラムを超えると、「健康への影響が懸念され、経過観察が必要」とされる。
原田准教授は、このうち日本で多く使われている4種類(PFOS、PFOA、PFHxS、PFNA)について調べたところ、合計値の平均は全体で23・4ナノグラムだった。個人別では、過半数にあたる335人が、米指針で「健康被害の恐れあり」とされるレベルを超えていた。
後編記事『「米軍基地や工場から漏出」…健康への害がヤバすぎる《有機フッ素化合物・PFAS》日本全国「汚染水マップ」【全実名114ヵ所】』につづく。
諸永・裕司(もろなが・ゆうじ)/’93年、朝日新聞社入社。週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属し、2023年3月に退社。著書に『消された水汚染』(平凡社新書)、『葬られた夏 追跡 下山事件』(朝日文庫)、『ふたつの嘘 沖縄密約[1972-2010]』(講談社)がある