あっと驚く面白さ。誰でも理解できる爽快さ。
アメリカの大学で長く物理学の人気教授として活躍してきた山田克哉さんの「白熱講義」から生まれた、ブルーバックスを代表する人気企画「からくりシリーズ」に最新刊が登場!
「弱すぎる重力」はなぜ、宇宙を支配する力になりえたのか? 万有引力のふしぎを徹底的に解き明かす『重力のからくり』の刊行を記念して、「からくりシリーズ」の読みどころを抜粋してお送りします!
*本記事は、『重力のからくり 相対論と量子論はなぜ「相容れない」のか』の内容から、再編集・再構成してお送りします。
前回の記事で、質量についてお話ししました。
ところが、物理学においては、質量は簡単には定義されていないのです。ここで、「慣性質量」というものを紹介します。慣性質量を知るには、まず「慣性」について知らねばなりません。
物質も物体も、「同じ運動状態を永久に保とうとする性質」をもっています。以降は「物体」を例に話を進めますが、「物質」についても事情は同じです。
「同じ運動状態を永久に保とうとする性質」とはなんでしょうか?
具体的にいえば、「同じ速度と同じ方向を維持したまま、同じ運動を永久に保とうとする性質」です。このような運動を「等速直線運動」といいます。
あらゆる物体は、いったん動き出したら、当初の運動方向と運動速度を永久に保ちたいという“欲望”をもっており、この欲望が物体のもつ「慣性」というものです。すなわち、等速直線運動を永久に保ちたいという欲望です。
したがって物体が最も好む運動は、この等速直線運動です。
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身近な例で確認してみましょう。
一定速度で走っている車、すなわち等速直線運動をしている自動車や電車が急停車すると、車内にいる人は必ず前方につんのめりますね。なぜでしょうか。
その理由は、速度が急に落ちるのはあくまで車体だけであり、車内にいる人は車が速度を落とす前の速度を永久に保持しようとするからです。急停車するために踏み込まれたブレーキの効果が直接かかるのは車体のみで、車内にいる人には直接的にはブレーキは効きません。
人体は、人体自身がもつ慣性=「同じ運動方向と運動速度を永久に保ちたいという欲望」によってブレーキがかかる前の速度を保とうとします。その結果、車の速度が急に落ちると前方につんのめるのです。
先ほど「あらゆる物体」といったように、慣性をもつのは人間だけではありません。
車体の床に直接固定されていない物、たとえば、足元に落ちていた空き缶やテニスボール等は、車の速度が急に落ちると、それまで車体に対して静止していたのが前方に転げ出します。速度が落ちるのは車体であって、空き缶やテニスボールではないからです。空き缶やテニスボールは自らの慣性=欲望にしたがって、もとの運動=等速直線運動を続行しようとします。
あらゆる物体がもつ慣性の影響について、別の例でも確認しておきましょう。
等速直線運動をしていた車がカーブに差しかかって運動方向を変えると、車内にいる人や、床に落ちていた空き缶、テニスボールは、どうなるでしょうか。
もうおわかりですね。
もとの運動=等速直線運動を続けたいという欲望から、車が曲がる方向と逆向きに(車の床に対して)動き出します。これもまた、慣性の仕業(しわざ)です。体感的に理解できるので、わかりやすいですね。
準備が整ったところで、「慣性質量」の話に移りましょう。
あらゆる物体は等速直線運動を永久に保ちたいという欲望をもっていますが、その欲望の度合いが「慣性質量」です。この欲望の度合いの強い物体ほど慣性質量が大きく、等速直線運動を変えるのが難しくなります。
たとえば、荷物を満載した大型トラックは、カーブに沿って速度や方向を変えるのが容易ではありません。急に速度を落としてストップしたり、逆に速度を上げるのにも時間がかかります。荷物を満載した大型トラックは等速直線運動から外れるのを極度に嫌い、いつまでも同じ速度と同じ運動方向を保ちたいという欲望が強いからです。つまり、荷物を満載した大型トラックは、大きな「慣性質量」をもっていることになります。
対照的に、小型で軽い乗用車であれば、カーブで減速するのに苦労はしませんね。小型乗用車は永久に同じ速度と同じ運動方向を保つ欲望の度合いが低く、したがって速度を変えやすく、速度を落として車を止めるのは容易です。同様に、運動方向を変えるのにも苦労しません。等速直線運動を容易に変えることができる小型乗用車の慣性質量は小さいということになります。
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慣性が存在するからこそ、いったん動き出した物体は(摩擦や空気抵抗など、外部からのなんらかの“邪魔立て”が入らないかぎり)、動き出した当初と同じ速度を永久に維持しよう、すなわち、等速直線運動を続けようとするのです。
読者のみなさんもどうか、「物体のもつ慣性」というものを実感してください。そして、慣性を生み出す要因は、その物体を構成している質量(慣性質量)であるということを忘れないでください。
繰り返しますが、摩擦や空気抵抗といった外部からの邪魔立てが存在しないかぎり、ひとたび動き出した物体は、その慣性質量のために永久に一定速度で動きつづける等速直線運動を維持するのです。これが物体のもつ「慣性(inertia)」というものです。
慣性は、あらゆる物体が固有にもつ性質です。(外部からの邪魔立てが存在しないかぎり)物体が等速直線運動を永久に保とうとするのは、アイザック・ニュートン(1642~1727年)による運動の法則の一つであり、「慣性の法則」または「ニュートンの第一法則」とよばれています。
そして、この慣性の法則をめぐっては、もう一つ重要な話をお伝えしておかねばなりません。
「(外部からの邪魔立てが存在しないかぎり)静止している物体は、永久に静止状態を保とうとする」ということです。どういうことでしょうか。
物理学では、物体が静止していても、それもまた一つの運動状態であると考えます。速度ゼロの運動状態、すなわち「速度ゼロの等速直線運動」です!
ある一定の速度を有しているにせよ、あるいは速度ゼロであるにせよ、物体や物質が(外部からの邪魔立てが存在しないかぎり)、同じ運動状態(等速直線運動)を永久に保とうとするその理由は、それら物体(物質)のもつ慣性質量だけにあり、その他に要因はありません。
それにしても、いったいなぜ質量は「慣性」という性質を備えているのでしょうか?
残念ながら、その理由はわかりません。物理学には答えることのできない根源的な疑問がいくつかあり、「質量が慣性をもつ」理由もその一つです。「もっているからもっている」としか、言えないのです。
重力のからくり 相対論と量子論はなぜ「相容れない」のか
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